第19話 場違いなドラゴンと休憩

 結局、全員でアイスドラゴンの解体を終えた時には、俺の腹時計は深夜になっていた。

「はぁ、終わりました」

 ミントが疲れ切った様子で、俺に向けて笑みを浮かべた。

「お疲れだな。集めた臓器や骨などは空間ポケットにしまっておけばいい。ある程度保存が出来るし、このままでは持ち帰りは難しいだろう」

 俺が笑みを浮かべると、ミントが頷いた。

「分かりました。みなさんに混ざって作業します」

 ミントがみんなで手際よく解体している現場に向かっていき、作業の輪に加わった。

「…しかし、二層のこんな場所にアイスドラゴンか。実例はあるが、それにしても腑に落ちないな。何かが起きている。まあ、考えても栓が開かないか」

 俺は小さく笑った。


 そろそろ休憩すべきだったが、なるべく遠くに離れた、行き止まりの通路の入り口付近にテントを張った。

「あの、なぜこの場なのしょうか?」

 ミントが問いかけてきた。

「なに、簡単な理由だ。ある程度回収が出来たが、アイスドラゴンの痕跡までは消えない。そのニオイに引きつけられて集まった魔物どもに、夜中に奇襲されてはかなわん」

 俺は小さく笑った。

「あっ、そうですね。考えが回りませんでした」

 ミントが苦笑した。

「このくらい気づいて欲しいな。まあ、慣れるまではこんなものだろう」

 俺は苦笑した。

 特に急ぐ事もないので、俺はノンビリと野外用コンロでメシの支度をしている様子を見ていた。

 そのうち腹が減ってきたので、ミントの近寄っていった。

「あっ、シュナウザーさん。ご飯ですね」

 ミントが空間ポケットに入っていた猫缶を取りだし、プルトップを開けて俺の前においた。

「うむ、やはり迷宮で食うメシは美味い。そっちはどうだ?」

 俺はミントたちに問いかけた。

「はい、完成しています。今は全員に配っています」

 ミントは笑った、

「それならいい。食ったら急いでテントを張って欲しい。もうそろそろ、夜の時刻だろう」 俺が指摘すると、ミントが腕時計を見て悲鳴を上げた。

「しまった。急がないと魔物の群れが…。急がないと!」

 ミントが慌てた様子で、空間ポケットから折り畳んであったテントを取り出して、設営をはじめた。

「よし、俺たちも行こう」

 食事を終えたようで、カイルの声にウレリックも床から腰を上げ、苦戦している様子のミントに加勢した。

「よし、私たちもやろう。なるべく速くね!」

 パーレットがサーシャとバイオレットを連れて、大きめのテント設営をはじめた。

「よし、私は火起こしでもやるか。基本だからな」

 アリスが笑って、空間ポケットから薪を取り出して床に組み上げて置き、器用に火をおこした。

「さすがに手慣れているな。俺はいつもの結界を張る。外からは見えないアレな」

 俺は笑って、心の内で呪文を唱えた。

 バキッと音が聞こえ、周囲が青白く光りはじめた。

「防御レベルは最大値だ。内から触る分には平気だが、外からは絶対にな。蒸発してしまうぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「ああ、これが噂の…。分かった、周知しておくよ」

 バーレットが笑い、さっそくテント設営中の仲間全てに話して回った。

「さて、ついでだ。結界の中を区切って…」

 俺は魔法で不透明の弱い結界壁を張り、小部屋を作って簡易的なトイレを作った。

「これで、多少はマシだろう。後は、適当に穴を掘って…」

 俺は掘削の魔法を使って、数メートルの縦穴を掘った。

「…ついでに花でも飾っておくか」

 なかなか無機質な環境だったので、俺は空間ポケットから本来は薬に使う花を、そっと床においた。

「うむ、これが俺に出来る範囲だな。これで、シャワーまで作ったら喜ばれそうだな。まあ、水の制限があるからやらないが」

 俺は一人笑ってトイレから出て、一応全員に伝えた」

「そ、そうなんですか。ありがたいです」

 まず、ミントがトイレに飛びこみ、その後に女性陣が並んでしまった。

「まずいな。もう一つ作るか。その前に男性用を作るか…。よし、これだ」

 俺は同じ要領で少し狭いスペースを作り、その横に女性用トイレを作った。

「よし、終わった。これで、問題ないだろう」

 俺は少し満足して、手伝い出来ないテントの設営作業を見守った。


 テントの設営が終わり、本格的な野営の態勢が整った。

 俺が作ったトイレは好評で、まあ働いた価値はあったようだった。

「おう、猫。たまにはいい事するじゃん!」

 バーレットが笑った。

「そうか、気まぐれだからな。あとで埋めて処理するから、問題ない」

 俺は小さく笑った。

「なんだ、変に謙遜するな。これで、シャワーがあればね。まあ、これ以上は贅沢だね」

 バーレットが笑みを浮かべた。

「水があればとも考えたが、これは迷宮探索ごっこじゃないからな。トイレは必須と感じたが、これでも甘い方だ」

 俺は苦笑した。

「そうかな。花まで添えて、お洒落にも気を遣ってね。さて、メシでも作るか!」

 パーレットが笑いながら、メシを作っているコンロの方に向かっていった。

「まあ、作った甲斐があったな」

 俺は満足して、ミントたちが設営したテントに向かった。

「うむ、中も光らせるか」

 俺は呪文を唱え、テント内を淡い緑色の光で包んだ。

「こんなものか。真っ暗よりマシだろう」

 俺は笑みを浮かべ、今度はパーレットがわのテントに同じ事をした。

「さて、暇つぶしは終わった。見張りの順番を考えねばな」

 俺は空間ポケットを開いてポケット缶を取りだし、蓋を開けて中のマタタビ酒を一口飲んだ。

 大人数で迷宮探索をする。これ自体がガイドとしての訓練だった。


 結局、見張りは俺とアリスが組みになり、これが初仕事になるサーシャとバイオレットが第二陣、ミント、ウレリック、カイルが組んで見張りになった。

 今回、パーレットは切り札として、テントの中で待機して貰っている。

「さて、最初は俺とアリスでやる。この結界がある限り問題はないと思うが、念のために気を付けておいてくれ」

 俺は笑みを浮かべ、バディのアリスと共に、時折テントの周囲を歩いてから再び前に戻るという事を繰り返した。

「なあ、シュナウザー。こんな噂を知っているか?」

 アリスが小さく笑みを浮かべた。

「なんだ?」

 意図がよく分からなかったので、俺は素直に聞き返した。

「迷宮村で細々と聞く噂だ。なんでも、この遺跡の最奥部に到達した者がいる。まあ、どこでもある話しだ」

 アリスが小さく笑った。

「俺はそんな噂なんて知らないぞ。よくある与太話だろう」

 実はオヤジと俺で到達したことがある。だが、かなり危険な場所なので、誰にもいえない話しだ。

「私もそう思っているが、たった三層で終わる迷宮とは思えない。たから、躍起になっている冒険者たちがいる。まあ、そういう手合いは迷宮から帰ってこないがな」

 アリスが苦笑した。

「まあ、三層の最奥部には、それなりに価値があるオーブがあるからな。ここでやめておく方が賢明だし、さらに下となると三層全てを探索しなければ出てこないだろう。あの極悪な魔物を退けてな。あるかもしれない四層への階段なりなんなり探すのは、経験を積んだベテランパーティでも死者を覚悟しないとダメだ」

 俺は笑みを浮かべた。

 前に語ったかもしれないが、四層以降に迷宮が続いていることは、オヤジに無理矢理俺をガイドにしたいという思いで、ひたすら迷宮を駆け回っていた時に、偶然その入り口をみつけた事にある。

 これは混乱を招く恐れがあるので、オヤジと俺の秘密といる。

 まあ、こういう事に鼻が利くアリスは薄々気が付いているかもしれない。

 でなければ、アリスがこんな質問をするような事はないので、いつかバレてしまうかもしれない。

「そうだな。四層を探すためには、まず三層を綺麗にしてからだ。まだ、誰も完全踏破していないしな」

 アリスが笑った。

「そういう事だ。一番乗りになりたい気持ちは分かるが、死んでしまっては意味がない。それを案内するのがガイドの仕事だ」

 俺は笑みを浮かべた。

 そのままアリスと雑談をしていると、テントからモソモソとミントたちが出てきた。

「交代の時間です。お疲れ様でした」

 ミントが笑顔で声をかけてきた。

「ああ、頼んだ。平和なもので肩肘を張る事はないと思うが、大事な役目だということは忘れないように」

 俺は小さく笑って、テントの中に入った。

 以前は寝たふりをして、外で待機していたものだが、これは実践形式の訓練だ。

 それ故に俺は広々としたテントの中に収まり、落ち着ける壁際に寄って、静かに目を閉じた。

 無論、眠くないのに寝たりはしないが、俺は軽く目を閉じた。


 いかほど時間が経った頃だろうか。

 見張りの交代が終わったようで、ミントたちがテントに入ってきた。

「あれ、起きていましたか」

 起き上がるついでに伸びをしてから、俺は立ちあがって笑みを浮かべた。

「なんとなく眠れなくてな。ゆっくり休むといい」

 俺がいる場所は、床に敷かれた寝袋の圏外だ。

 ここなら、邪魔にならないだろう。

「そういえば、この明かりはシュナウザーさんの魔法ですね。今度、教えて下さい」

 ミントが笑った。

「うむ、ワシもじゃ。これはいいわい」

 ミントとウレリックが笑った。

「分かった。そう大したものではないぞ。明かりの魔法を使った応用形だ」

 俺は笑った。

「明かりの魔法か…。なるほど、大体分かったぞ」

 ウレリックが笑った。

「えっ!?」

 ミントが素っ頓狂な声をあげ、ウレリックが笑った。

「まあ、便利に使ってくれ。隠すような事ではない」

 俺は笑った。

「そうか。では、試しにやってみよう」

 ウレリックは呪文を唱え、カイルに両手の平を押しつけた。

 すると、カイルの全身が淡く緑色に光りはじめた。

「こら、俺を光らせてどうする!?」

 慌てて明かりを消そうとしたのか、カイルが全身をパタパタ払ったが、無論それで消えるわけではない。

「別に痛くはないじゃろ。気にせず眠るがいい。ワシは寝る」

 ウレリックは早々に自分の寝袋に潜って、静かな寝息を立てはじめた。

「あ、あのなぁ…」

 カイルが苦笑して、自分の寝袋に潜った。

「では、みんなも寝付いたので、私も寝ます。お休みなさい」

 ミントが笑みを浮かべ、自分の寝袋に潜った。

「さて、この大休止の後はどうするか。全員のコンディションをみて、今回はここで帰還するか、先に進むか…だな。その辺りはミントたちにやってもらうか。俺がサポートすればいいだろう」

 俺は満足して今度こそ眠ろうと、ゆっくり目を閉じたのだった。

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