そうだね知ってた

 


 時は暫し遡る。

 それはフォルトゥナイト公爵令嬢、つまり俺の・・クロに暗殺者が送られる前日の事だ。

 俺はフォルトゥナイト公爵家の客室でのんびりと紅茶をかっくらいながら、訪問者の話を聞いていた。


「そんな訳なので、此方がもしもの為の解毒剤です」

「うわあマジかあ」


 顔面が引き攣ったせいで微妙な笑顔になっている事を自覚しつつ、テーブルの上に差し出された小瓶を手に取る。


「いやーマジなんですよ、申し訳ない」

「何となくそんな気はしてましたが、本当にこうなるとは」


 訪問者である彼がバツが悪そうに苦笑しつつポリポリと頬を掻く仕草をしているのを眺めながら、俺は小瓶をじっと見つめた。


 しかし、王子が何かしら手を打って来るとは思ってたけど、実の母親使うほどのお子ちゃまとは思わなかった。

 マジなんであんなのが王子やってたんだよ……、誰だよ育てたの……。


「陛下もさすがに参ってました」

「ですよねー」


 全力の同意をする俺に、その人は何とも言えない苦笑を返すだけだ。


 いや、俺も放置してたから多少の原因の内の一人である自覚はある。

 何せ頑張れば軌道修正出来る筈だったろうに、結局何もして来なかったんだから。

 こんな国滅んで良いとか思ってたしな、仕方ないね。自業自得だ。


 なんか俺に対するごうが深過ぎな気がしないでもないけど、今更どうしようもないから置いとこう。

 今はやれる事をやるだけだ。


 小瓶をそっとポケットに忍ばせながら、目の前で優雅に紅茶を飲んでいる彼に視線を戻すと、それを待っていたらしいその人が口を開いた。


「此方でも出来る事は致しますが、万が一もあるかと思いますので、どうか警戒を怠らないよう」

「来た奴はぶっ殺しても良いんですか?」


 多分、物凄く期待に満ちたキラキラした目を彼に向けてしまったんだろう。

 なんか、可哀想な人見るみたいな顔をされた。解せぬ。


「いや、出来れば捕まえて、こちらに引き渡して頂きたいんですが」

「チッ」

「舌打ちしないで」

「だってクロの命を狙ってるんですよね? 死んでも仕方ないですよ」


 会心のドヤ顔をしてしまったが、仕方ないと思います。

 もう一度言おう、仕方ないと思います。


 だってクロが一番大事だもの。

 俺の天使をどうにかしようだなんて万死に値する。

 全力でぶっ潰されても文句言えないと思う。


「うん、でも、死んだら証拠も消えちゃうんで、そこは気を付けて頂きたいです」

「……分かりました、善処します」


 死んだら消える証拠とか、ヤワすぎませんか?

 なんだよそれ、人体消える毒とか魔法があるって事かよ。

 はあー、めんどくせぇなオイ。やる事増えちゃったじゃん。まったくもう。


「ほんとですか?」

「善処します」

「なんか別の意味含んでる気しかしないんですけど」

「キノセイデスヨー」


 胡乱げな眼差しで俺を見つめる彼に、堂々とカタコトで返しながら俺は笑った。


 色々調べたいだろうし、そうなると生け捕りが一番なんだろう。うん、めんどくせぇな。


「まあ良いでしょう、その小瓶は好きにして下さい」

「えっ、解析して量産してもいいって事です?」

「そんな事する気なんですか」

「ダメだったら遠慮します」

「…………いえ、むしろどんどんやっちゃって下さい、一回痛い目見て欲しいので」

「やったー」


 子供のように両手を上げて態とらしく喜んでみせれば、何故か盛大な溜息を返されてしまった。なんでや。


「では、くれぐれも証拠を消さないで下さいね」

「はーい」


 良い子のお返事を返しながら、訪問者である彼が部屋から出て行くのを見送る。

 バタン、という音を立てて扉が閉まるのを確認した俺は、口の端を上げて笑った。


 死んだら証拠が消えるんなら、生きてれば良いって事。


 つまり、生きてれば何しても良いって事ですよね!


 よぉーし、頑張るぞぉー!


 その日はそんな感じで、俺は気合いを入れたのでした。


 それでは時を現在へ戻すとしよう。


 公爵令嬢が『にゃんぱらり』とベランダから地面へと降り立ったあと、一体何が起きたのか。

 まず、公爵令嬢が敷地内とはいえ外に出てしまったので、それを室内へと返す為に使用人達は大慌てで令嬢を追い掛けていた。


「お嬢様! どこですか!? お嬢様!!」

「お嬢様ァァァ!」


 心が猫になった令嬢が、外に出て何をするかというと、逃走以外には無いのではないだろうか。


「見たか!?」

「いや! こっちは居なかった!」

「くそっ、お嬢様ァァァ!!」


 半泣きで駆け回る執事、後程枯れてしまいそうな程の大声で呼び掛けるメイド、顔面蒼白で隠れられそうなスペースを見て回る使用人。


「このまま見付からなかったら、お嬢様はどうなってしまうの……!!」

「きっと怖くて泣いてらっしゃるわ!」

「あぁ、なんてこと! おいたわしやお嬢様……!」


 ハッキリ言おう。


 大惨事である。 


「それもこれも全部何もかもあの王子のせいよ!」

「そうよ! 我が国の華とまで謳われたお嬢様に何してくれやがるのかしら!」

「ホントよね!」


 一方で、王子に対する株が最早過去最高に下落しまくっていた。

 自業自得とはいえ完全なとばっちりではあるのだが、まあいいということにしておこう。


 さて、そんな大惨事を目の当たりにしてしまった暗殺者の男は、これ幸いと令嬢探しに奔走していた。

 もしこれで一番に見付けられたら、サクッとトドメを刺してやろうという魂胆である。

 追加で、令嬢の行方を皆と同様、必死に探していたという事実は、それなりに男の立場を助けてくれる事だろう。


 そんなこんなで、色々と打算や計算やその他もろもろによる男の行動ではあるのだが。


(全て俺には筒抜けなんだよなぁ)


 隠密スニーク、そして人間の体温、呼吸、心音、それらを察知出来る読心ダイブという魔法を同時発動している俺に死角は無かった。


 何となくで目標の人物が何を考えているのか察せるこの読心ダイブという魔法だが、これはクロと話せるようになる為に研究していて出来た副産物の魔法なので、使えるのは俺だけである。

 これが上手く行けばクロと話せると思ったんだけど、猫にはそんなん通用しなかったですちくしょう。悲しい。


 ちなみに現在クロがどこにいるかというと。


「んなぁん?」

「ん? どうしたのクロちゃん? 撫でたらいい? 撫でたらいいの? そうなの?」

「なぅ」


 嬉しそうに目を細めて、俺の掌に頭を押し付けてくるクロ。


 はぁああああ!! ぎゃわいいんん!!


 悶えて転がり回らなかった俺を誰か褒めてくれてもいいのよ。

 いやここには俺とクロ以外誰も居ないんだけどね。うん。


 なにこの天国?


 爽やかな風のそよぐ木陰で、遠くに使用人達の阿鼻叫喚を聴きながら、俺はクロとの至福の時間を楽しんだのだった。




 

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