そういや双子は?


 



 瓜二つのよく似た双子は、互いに見詰め合いながら、静かに口を開いた。


「ねぇラン、殿下達と公爵令嬢と、どっちが正しかったと思う?」

「どっちが正しいとかじゃないと思うよ、ライ」


 テーブルを挟んで、まるで鏡合わせのような位置取りの少年達は、冷静そのものだった。


「正しいと思ったから、僕らは殿下達を信じてついて行った、それだけだよ」

「確かにそうだね……」


 この面会は少年達に贈られた王からの温情だった。

 血を分けたこの双子の兄弟は、今後余程の事が無い限り自由に面会する事が出来ない。

 それ故に、これは『二人』で己の罪を再認識させる為の最後の場だった。


「一番ダメだったのは、確かめもせずに行動しちゃった事じゃないの?」

「……うん、そうだね」


 元々彼等は頭の回転も早く、間違いを反省し、次回に生かす事の出来る真っ直ぐな心と思考を持っていた。

 故に王子とは違う、きちんと順序立てて考える事が出来る、余裕のある思考回路があった。


「自分達で情報を集められる環境にあったのに、自分達の都合のいい情報だけを鵜呑みにしちゃった」

「バカだね」

「うん、バカだね」


 彼らの母親は、他の貴族に陥れられ心を病んでいる。

 だからこそ、知っている筈だった。

 理解している筈だった。


「情報を軽んじる者がどうなるか、知ってた筈なのにね」

「ね、自業自得だね」


 くすくす、と自嘲するように笑い合う鏡合わせの双子の姿は、なんとも痛々しい。

 後悔と慚悔の念に囚われた双子は、悲しく笑っていた。


「エトワールちゃんに魅せられてたのかな」

「あの子のせいにするのは良くないよ、ラン」

「そうだね、あの子は殿下一筋だもんね」

「だからこそ惹かれたんだろうけどね」


 今はもう戻らない、キラキラした綺麗な過去に思いを馳せる。

 無邪気に笑う美しい少女と、幸せそうに笑う、仕えるべき主だった青年の姿が、瞼の裏に焼き付いたように離れなかった。


「ねぇ、ライ、あのさ」


 ふと、片方の少年が何かを思い出したように口を開いた。


「どうしたの、ラン」

「思ったんだけど、エトワールちゃんってどうして殿下の名前を呼ばないのかな?」

「それは、元平民だから遠慮してるんじゃないの?」


「二人きりの時も?」


「えっ?」


 それは、予想外の返答だった。


「恋人なのにどうして呼ばないんだろうって、前に殿下から相談されたんだ」

「そうだったんだ」

「その時はさっきのランと同じ事を殿下に答えたんだけど、今考えると色々とおかしいと思って」

「どういう事?」


 ステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光の中、少年達は考える。

 真剣に、そして、誠実に。


「エトワールちゃんは、僕達の愛称、躊躇いなく呼んでたよね?」

「いや、でも相手は王子殿下なんだよ? 無理じゃない?」


 相手の立場や地位を考えると確かに、名前で呼ぶなど恐れ多い事だ。

 しかし少年は緩く首を振った後、真っ直ぐに己の片割れを見詰め返した。


「良く考えてよ、ラン。エトワールちゃんは『殿下』じゃなくて『王子』って呼んでたんだよ」

「えっ? あっ」


 それは、恋人という関係を鑑みても有り得ない事だった。


「恋人を『兵士』って呼ぶみたいな事、ずっとしてるんだよ、あの子」

「…………どういう事だろう」


「分からない、けど、認識を改める必要はあると思う」


 少年達は考える。

 自分達の未来の為と、己の罪を理解する為に。


「そう、だね。同じ轍は踏まないように、どんな情報でも収集しよう」

「うん、修道院じゃ出来る事は限られてるけど、二人が離れてる分、情報はそんなに被らないと思う」


 互いに見詰め合いながら、少年達は決意した。


「じゃあ、まずは人心掌握からかな」

「そうだね、次にいつ会えるか分からないから、秘密の言葉で手紙を書くよ」

「懐かしいな、小さい頃やってたやつだよね?」


 くすくす、と、今度は嘲りも敵意も自嘲もない、純粋でスッキリとした顔で笑い合う。


「うん、覚えてるでしょ?」

「もちろんだよ、あ、そろそろ時間みたい……、じゃあ、またね」


「うん、またね」


 ちらりと二人の視界の端に姿を見せた修道士の存在で面会の終了を悟った少年達は、来た時とは違う、決意に満ちた瞳でそれぞれの場所へと帰っていった。


 次に再会した時、お互いが成長していますように。

 そんな思いを胸に抱きながら。




 

 ********





「クロと喋りたい」


 ぴたりと手を止め、俺は呟く。


「なんですかいきなり、それはあなたのお仕事でしょうに」


 するとリィーンさんからは冷静な言葉が返ってきた。


「それはそうなんですが、猫語翻訳が全然上手くいかないので参ってるんです」


 本当にどうしたらいいのか分からないんだよなあ。

 人間の気持ちを読む魔法をもっと完璧にした上で、他国の言語違う人にも通じるようにしてから、猫語翻訳に挑戦するべきなのかもしれない。すげえめんどくさいな手順が。

 まあ、クロの為なら頑張りますけどね。


 頑張れば俺でギリギリ使えるくらいの魔法が出来ると思う。


 実用化?

 知らんよそんなん。


「いいから今は魔力を動かしてください、お嬢様のドレスが完成しないじゃないですか」

「分かってるんですが、飽きました」


 さすがに一定の魔力出しながらずっと同じような動きだけしてたら飽きるよ。

 他の事考えちゃうよ。疲れたよ。


「飽きないでください、そのドレスを着たお嬢様が見たいんでしょう?」

「なんだかもう、妄想で良いかなって思えてきました」

「思わないでください」


 だって飽きたんだもん。


「そういうリィーンさんは私がめっちゃ頑張ってる中何をしてるんですか」

「もちろんお嬢様の御髪おぐしを整えているんです」


 ドヤ顔で言ってる所悪いけど、あの。


「ブラシめっちゃ食われてますけど」

「きっと歯磨き用と間違えておられるんです」


 いや歯ブラシそんなデカくないよね?


「めっちゃ噛んでませんか」

「食感が面白いのかもしれません」


 確かにガシガシしてるけど、後で口の中血だらけにならないか心配……ってあれぇー。


はたいて飛ばしてませんか」

「虫か何かいたのかもしれません」


 うん、あのさ。


「そろそろ『髪をかそうとしたら嫌がられた挙句ブラシが猫じゃらしと間違えられた』という現実を認めませんか」

「どうしてこうなったの……!!」


 崩れ落ちるようにうずくまるリィーンさんは、悲壮感に満ちていた。

 オーバーリアクションだなぁ。


「ブラシはまだ早かったですねぇ」

「大人しく寝てたから行けると思ったのに……!!」

「ネコちゃんは気配に敏感ですからね」


 壁にブラシが当たって、ガッ、とか音を立てながら跳ね返った後、それをクロが叩き飛ばしたり、カジカジしたりなんかそんな感じにエンドレスリピートしてる状態を微笑ましく眺める。


 あァ~、クロちゃん可愛すぎなんじゃぁ~。


「……ところであのブラシは何の毛を使ってるんですか?」

「馬の毛です」


 お馬さんの毛なら歯ブラシにもなるね。


「歯が綺麗になりそうですね」

「そうですわね……」

「……止めないんですか?」

「むしろどうやったら止まるんですの?」


 あ、なるほど、そういえばこういう時どうすればいいのかとか分からんよね、お猫様の下僕界隈じゃないんだし。


「簡単ですよ、こう言えば良いんです。クロ! ちゅーるあるよ!」

「ぅぐるなぁん!?」


 物凄く嬉しそうな顔と鳴き声で勢い良く俺を見るクロがめちゃくちゃ可愛いですありがとうございます。


「よーしよしよしよしよしよしよし、クロちゃんいい子だねぇー」

「なぅな! んなぁ! なぅんな!」


 よっぽどちゅーるが食べたいのか、めちゃくちゃ可愛い声で喋ってくれます可愛い。

 アピールと圧が凄いそして可愛い。

 めちゃくちゃ叩いてくるけど可愛いので許す可愛い。


「よしよしよしよし、はいコレ、俺特製ちゅーるっぽいやつだよー」


 さすがにあの素晴らしき猫ちゃん用アルミニウムパウチ(外装パック)は作れなかったので、お皿で失礼させて頂きます。

 どうやって持ってたかっていうと、そこら辺は企業秘密なのでスルーでお願いします。


「ぅな……? うにゃあん!」


 始めは不思議そうに見ていたが、匂いを一嗅ぎした瞬間嬉しそうに、なんかにゃぐにゃぐ言いながら食べ始めてくれました可愛い。

 しかもブラシへの理不尽な暴力は無くなりましたよ、素晴らしいね。


 だがしかし、リィーンさんは納得してくれなかったらしい。


「食べ物で釣るなんて卑怯です!!」

「そうは言っても、ネコちゃんとはそういうものなんですよ」

「くぅっ……!!」


 悔しそうに表情を歪めながら打ちひしがれるリィーンさんを横目に、俺はクロの可愛すぎる姿をガン見していたのだった。


 なんか忘れてる気がするけど、クロが可愛いのでOKです。



 

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