そういや王子は?
「くそっ、なんなんだ、何故だ……!」
怒りに任せて、拳を机に打ち付ける。
魔力が高い俺の拳は、常に纏っている魔力が体を守るので無傷だ。
机に穴が空いてしまったが、そんな事はどうでも良かった。
あちこちに手紙を出した。
だが、何処からも、誰からも返信が無いのが問題だった。
ただの一つも、無いのだ。
事故か故意かそれとも別の何かなのか、そんな事を考える必要もなく、どうせ原因はたった一つだけだ。
それに、こんな事が出来るのはこの国では奴だけだろう。
フォルトゥナイト公爵令嬢、クロエリーシャ。
きっと俺の両親の弱味を握るだけでは飽き足らず、己の両親の弱味さえも握って、事を起こしたに違いない。
あの女にはそれくらいの事なんて殊更簡単に出来るだろう。
他人なんて下僕、そしてそれは実の家族でさえも同じ、そんな女だ。
どれだけの悪意があればそんな事が出来るのか。
エトワールが、彼女が一体、お前に何をしたというのだ。
彼女がお前をどれだけ許していたのか、どれだけ心配されていたのか、どれだけ気にかけられていたのか、知りもしないくせに。
少し嫌な思いをしたからといってここまでの事をするなど、一体どこまで心が狭いんだ。
俺がエトワールを好きになったのは、お前がそんな奴だからなのに。
どうしてお前はいつもそうやって俺の邪魔をするんだ?
卑劣で残酷で卑怯で怠惰なお前が、何故そんなに大事にされているんだ。
王子であるこの俺よりも、慕われ、敬われ、優しくされて、恵まれている。
この差はなんだ?
俺に何が足りないというんだ?
俺が一体何をしたっていうんだ。
訳が分からなくて頭を掻きむしる。
どれだけ考えても分からない。
返信は来ない。
あの女に出した手紙の返信さえもだ。
全てあの女の手の内なのだから、それは当然なのだろう。
……だとすれば、エトワールとの約束が果たされる。
───一度手紙を書いてみよう。もし、これであの女がどうしようもない人間だと分かったら、後は俺に任せて欲しい───
エトワールは俺のその言葉に頷いてくれた。
あの女は、俺達の厚意を
それならもう、遠慮なんてしなくていい。
折角のチャンスを捨てたのだ。
「ふは、はははは……!」
俺は笑う。
それは、馬鹿に向ける嘲笑だ。
俺の通信手段が手紙だけだと思っていたら大間違いなのだ。
こちらには、今後稀代の魔術師と呼ばれても可笑しくない実力のある男、ギンセンカ・リクドウインが、過去に発明した魔道具がある。
例え奴が俺を裏切っていたとしても、あの女と奴が知り合う前の作品がどうこうされている訳が無い。
俺は、使用人達が机を片付けにうろうろしている隙を付き用を足しに行くと告げ、備え付けの個室へ篭った。
「おい、聞こえるか、おい!」
外に漏れない程度の小声でネクタイピン型の魔道具に呼び掛ける。
すると少しの間があった後に、聞き慣れた声が聞こえて来た。
『……王子? いえ、殿下、どうされました?』
それは、俺の腹心であり頭脳でもある、モルディクト・ロンスーンの声だった。
口の端を上げて笑う。
俺には真の仲間が居るのだ。
あの女は周囲の人々を利用する事にしか能がない。
それにひきかえ俺には信頼出来る者からの人望がある。
「ルディ、無事か? 怪我は?」
『ありがとうございます、お陰様で傷一つございません』
気遣う言葉を掛ければ、ホッとしたような安堵した声が返ってきた。
しかしなるほど、それは重畳。
あの女の毒牙は奴に届かなかったらしい。
「そうか、動けるか、なら助けに来い」
『は?』
素っ頓狂な声だった。
「聞こえなかったのか? 助けに来いと言ったのだ」
『……殿下、あの、何を仰っているのですか』
奴の要領を得ない意味の分からない返事に、眉間へと皺が寄る。
「お前こそ何を言っている? 主君が助けを求めているのだぞ」
『…………殿下』
聞き慣れない、落ち込んだようなこの男の珍しい様子の声音に、首を傾げる。
いつもと違う様子に不信感が募った。
『僕は、貴方様を助けられるのならば、既に助けに行っております』
「どういう事だ?」
『僕はもう、貴方様のお役に立つ事を許されていないのです』
訳が分からなかった。
「何を言う!? 一体誰が許さないというのだ、この俺の命令だぞ!?」
『陛下の温情により、僕は跡継ぎから外されるだけで済みました。
双子達はそれぞれ別の修道院に送られ、ジャスは一兵卒として働いているそうです、そんな中、僕が殿下に何を出来るというのでしょう』
一体何に嘆いているのかさっぱり分からない。
五体が欠けている訳でも、勘当された訳でもない。
俺と同じように、ただ廃嫡を宣言されただけだ。
「権力に屈したとでも言いたいのか?
一体何年俺の傍に居たんだ、あの女の策略に、何度嵌められれば気が済む!?」
何もかも全てあの女が立てたシナリオ通り進んでしまった。
だからこそ俺達はそれに抗わなければならないというのに。
「何を気弱になっているんだ! 家督なら後からでも取り返せる! だがこのままではこの国は破滅してしまうんだぞ!?」
『殿下、あぁ殿下、どうしてあなたはそうまで真っ直ぐなのですか?』
「当然だろう、俺はエトワールの為に……」
『どうしてそう、真っ直ぐに馬鹿なんですか』
「なんだと?」
突然何を言い出すんだこの眼鏡は?
お前は俺の部下で、俺はこの国の王子だぞ?
それを、馬鹿だと?
いかん、落ち着け。
王子たるもの常に堂々と、余裕を持っていなければならない。
俺は何度も何度もあの女に嵌められ、辛酸を舐めさせられてきた。
しかしこの眼鏡にはこれが初めての挫折だったのだ。
だからこそこんなにも意味の分からない事を言うのだろう。
そんな時の部下の言葉くらい聞いてやらねば。
『貴方はご自分のされた事を理解しておられない、そして、それを理解するつもりなど微塵もないのでしょう』
「何を当たり前の事を、やってもいない事を認めてたまるものか」
『それがどれだけ殿下の御首を締めているのか、ご理解下さいませ』
「ふざけるな! お前まで俺が悪いと言うのか!」
『違います殿下、このままでは殿下は……』
「もういい!」
やはり駄目だ。
主の危機に立ち向かえないような男をどうして信頼出来る?
何かがあった時にこんな男が何の役に立つ?
こんな弱気な部下など要らない。
「お前には失望した。もっと信念を持った男だと思っていたのに、残念だ」
『殿下! お待ちください殿下!』
「うるさい!」
俺は苛立ちのままに、この通信を切断したのだった。
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