そんなんアカンわ
「王子!」
「エトワール!」
それはまるで、長い間会えなかった恋人同士の、感動の再会であるかのようだった。
目に涙をいっぱいに溜めた可憐な少女と、美麗な王子の姿は、御伽噺にすら語られてしまいそうな程の美しさだ。
「あぁ、会いたかったわ、わたしの王子様……!」
「俺もだよ、可愛いお姫様……」
ひしっ! と抱き合う二人に、見張りの兵士と侍女が冷めた目を向けた。
それもその筈、脳内お花畑な二人は、月に一度の面会を、月初めに早速使ってしまっているのである。
「ねぇ王子、目の下にクマが出来てるわ……、あまり眠れていないのね?」
「ふふっ、エトワールには隠し事が出来ないな、……でも、君も少し痩せたんじゃないか?」
「もう! 王子ったら、女の子に体型の話は失礼よ!」
「ふふ、ごめんごめん、君はいつも綺麗だよ」
「王子……」
控えている兵士と侍女をまるで居ないものであるかのようにイチャイチャと乳繰り合い始める二人は、恐ろしい程に鈍感なのだろう。
ぽっと頬を染めながら、王子を見詰める少女は、ほんのりと色付いた己の唇と王子のそれが重なるのを待っているようだった。
いわゆる、キス待ち顔である。
そんな中、侍女と兵士はそっと距離を詰め、室内の二人に聞こえない音量で話し始める。
「ねぇ、あの方達自分のした事覚えてないの?」
「どれだけ説明しても理解されなかったらしい、もう終わりだな」
「え……どれだけお花畑なの……」
「廃嫡されたからには、二人とも二度と子宝に恵まれない体にされるだろうに、呑気なもんだ」
それは至極当たり前の事だった。
廃嫡されたとはいえ、王族は王族。
もし子供でも出来ようものなら、王位継承権が発生してしまう。
例え親がどれだけ無能でも、子供だけを保護し、相応の教育をすればそれなりの人間にはなる。
そうなれば、国家転覆等の旗頭にされたりなど、余計な火種となるだろう。
例え王子と子供の血が繋がっていなくとも、母親が王子の妻であったのならば、血筋などどうとでも捏造が出来るのが、この世の嫌な所だ。
王子が考えを改め、反省し、罪を償う姿勢を見せれば、回避出来るかもしれない未来ではあったのだが、このままではその可能性はゼロである。
現在のこの状況が、王子を見極める為の時間だと気付く事が出来れば状況は変わるかもしれないが、それを親切に教えてくれるような人間は、もはや誰も居ない。
かつては、王子に巻き込まれ、子を望めない体にされる予定の少女に憐憫の気持ちを持っていた侍女ですら、この少女の言動から察するに、全て自業自得なのだと気付いてからは冷たい視線しか送る事が出来なくなっていた。
むしろ、嫌悪感しか感じられないのである。
身から出た錆、という言葉がピッタリだった。
誰から見ても完全に詰んだ状況にも関わらず、一切気付いていない愚かな王子は、己の大事な少女に心配そうな顔を向けながら、愛を囁いた。
「でも、本当に心配なんだ。
あの女の策略で、君にまた辛い思いをさせてしまっている……。
俺がなんとかしてみせると言いながら、何も出来ていない……」
なんとかしようとして空回りしまくった結果がこれとか笑い話にもなってないですけど。
頭の中で冷静なツッコミをしている侍女の目が、物凄く冷たい。
今回の件は、ともすれば内乱になってしまう可能性があった事を知っているからだ。
「いいえ王子、辛くなんてないわ、だって、わたしには王子が居るんだもの。
それにね、好きな人が頑張ってると、何倍も頑張れるのよ」
「エトワール……、本当にすまない、俺が不甲斐ないばかりに……」
いや、不甲斐ないとか以前の問題ですけど。
心の中でツッコミを入れる侍女と兵士の目が、死んだ。
他人の、しかも腹の立つ人間のイチャラブなど害悪でしかなかった。
「もう! そんなに自分を責めちゃダメよ王子。
王子は凄い人よ、学園だって首席で卒業したし、あんなにバラバラだった生徒会をまとめていたじゃない」
「ありがとう、エトワール……、だけど、俺はそれだけじゃダメなんだ……この国の王子だからね……」
「王子……」
それが分かっててどうしてこうなってんのこの王子。
もっと考えなきゃいけない事沢山あったと思うんだけど。
そんな言葉を口にしてしまわないよう、侍女も兵士も口をへの字にして必死に耐える。
「王子だからこそ、この国の為にも、あの女をなんとかしなきゃいけない……」
遠い目をして窓の外の景色を見詰めながら告げられた王子の言葉は、真剣そのものでありながら、決意に満ちていた。
そんな王子に、少女は慌てたような、何処か必死な顔で制止をする。
「王子……、ダメよそんなの、きっと理由がある筈だわ! それも聞かずに、なんてダメ!」
「……君は本当に、誰よりも優しく美しい人だ……。
だけど、理由があるからと言って、何をしていい訳では無い、それは分かるね?」
「でも、話し合えばきっと、どんな人とでも分かり合える筈なのよ」
王子は、腕の中で必死に告げる愛しい少女を眩しそうに見詰めた。
「エトワール………分かったよ、一度、手紙を書いてみよう。
もし、これであの女がどうしようもない人間だと分かったら、後は俺に任せて欲しい」
「王子……うん、分かった」
完全に地球に存在するチベットスナギツネのような顔になってしまった兵士と侍女は思う。
そんな手紙絶対届かねぇぞ、と。
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