そうなるかぁ?

 

 



 タカユキが拗ねた。

 なんか、物凄く拗ねた。


 たまにこんな風になる事もあったけど、そのたびにめんどくさいので正直やめてほしい。


「もうさぁー、猫語翻訳魔法なんて無理なんだってぇー、俺にそんな知識ねぇんだもんよォー」

「なぁん」


 とりあえずで返事をすると、タカユキがビタンビタンと寝床を叩く。


 ちょっと、埃飛ぶからやめて。


 そう言ってみるけど、タカユキには分からないらしい。

 頭の悪い子だから仕方ない。


「だってさぁー、クロが“ごはん”しか言ってない訳ないじゃぁん、あんだけうにゃうにゃ喋ってくれてるのにさぁー」

「なぁーう」


 なんか色々言ってるみたいだけど、どうやら頑張って作ってたあの輪っかが、気に入らなかったらしい。

 ならなんで作ってたのか分かんないけど、上手く出来なかったのかもしれない。


 一体何がしたかったんだろう。


「でしょー!? 絶対なんかおかしいよねー、なんなのもぉー」

「なぅなー」


 そんなに落ち込まなくても、輪っかなんかまた作ればいいじゃない。


「はぁーもうやだぁ、なんもしたくなぁい」

「なぁーん?」


 やだ、ちょっと泣いてない?

 ホントに世話が焼けるんだからこの子。


「クロぉー、慰めてぇええ……」

「んなぉん」


 はいはい、仕方ないわねぇ。


「はぁー、クロめっちゃいい匂いする……」


 ぎゅうっとアタシに引っ付きながらスンスンと匂いを嗅ぐタカユキ。


 それで気付いたんだけど、タカユキ、少し縮んでない?

 それともアタシが成長したのかな。


「ギンセンカ様!! お嬢様に何をしてらっしゃるんですか!!」


 突然の大きな声に、つい飛び上がってしまう。


「フシャアアア!!」


 威嚇すると、茶色の毛並みのそいつは、なんかグダグダと言い始めた。


「あぁ、黒薔薇とまで謳われたお嬢様が、なんておいたわしい……」


 アタシこいつ嫌い。


 この間こいつにお湯に入れられた事や、タカユキに怒ったりしてる事、忘れてないんだからね。


 アタシ濡れるの嫌いなの。

 タカユキでも嫌だと思ったりする事もあるのに、なんでこんなやつにされないといけないのよ。


「……………リィーンさん、彼女は今猫ちゃんなんです、大声出すと嫌われますよ」

「嫁入り前のお嬢様に抱きつきながら仰らないで下さいませんか!? 嫁入り前なんですよ! よ め い り ま え!!」


 うるさいなぁこいつ、静かに出来ないなら出てってよ、何しに来たの。


「大体、何故伯爵子息風情が、大事な大事なお嬢様と同じ屋根の下、同棲なんてしないといけないのよ!!」


 ホント嫌いこいつ。

 タカユキもタカユキよ、もっと反抗しなさいよ、何野放しにしてんのよこんなやつ。


「王命なんですから、仕方ないでしょうに」

「陛下も一体何を考えてらっしゃるの、こんな、こんな男……!!」


 なんかよく分かんないけど、イライラする。

 なんかよく分かんないけど、タカユキが悪く言われてる気がする。


「大丈夫だよ、クロ」


 安心するような声で頭を撫でるタカユキに、ちょっと冷静になった。 


 優しく頭を撫でてくれるタカユキの手が心地良い。

 逆立っていた気持ちが、ゆっくりと治まっていく。


 タカユキの手は魔法の手だ。


 暖かくて、優しくて、だからアタシは、タカユキに撫でられるのが大好きなんだ。


 そうよ、こんなやつ気にする必要ない。

 だってタカユキが傍に居るんだもん。


「リィーンさん、お気持ちは分かりますが、受け入れて頂かないと何も変わりません」

「私の何が分かるっていうの!?」


 ふと、大きな鳴き声に、どこかで感じた事のある感情が混ざった。


「大事に! 凄く大事にお仕えして来たお嬢様を、なんであんたなんかに任せなきゃいけないのよ!?」


 何かを言ったかと思ったら、大嫌いな茶色の子が、物凄くいきなり泣き出した。

 ボロボロと大粒の水を目から零しながら顔を真っ赤にして泣いている。


「わ、私のお嬢様を、返してよぉ……!!」


 何言ってるか分からない。

 分からないけど、なんか、凄く悲しんでる事だけは、分かる。


 辛くて悲しくて寂しくて、どうしようもない時の鳴き声。


 嫌いな奴だけど、それでもこんな目の前で泣かれると、やっぱりどうしたらいいか分からない。

 ちらっとタカユキを見ると、ゆっくりと目を細めてくれた。


 きっとこれは、任せてくれって事だ。

 こういう時のタカユキはとても頼りになる。

 毛色は変わってしまったけど、タカユキはタカユキだから、きっと大丈夫。


 タカユキは、茶色の子に声をかける。


「リィーンさん、クロが心配してますよ」

「……へっ?」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの間抜けな顔で、茶色の子がアタシを見る。

 なんだか分からないけど、居心地が悪い。


「彼女の心は今、完全に前世のものです。

 ですが、本質は何も変わりません。

 気高く、美しく、優しい、あなたの良く知る、クロエリーシャ・フォルトゥナイト公爵令嬢のままです」

「………でも、私はいつも、威嚇されて……」


 えぐえぐと涙を零しながら、茶色の子が何かを言い返した。

 やっぱり何言ってるのか分からないけど、それでも少し、空気は変わったような気がする。


「それはあなたが、猫ちゃんの嫌う行動ばかりするからですね、一度本などで調べて下さい」


 タカユキが何か言うと、茶色の子は間の抜けた、ぽかんと口の開いた顔でタカユキを見る。

 タカユキのお陰でか、どうやら涙は止まったらしい。


「……えっ?教えて下さらないんですか?」

「そこまでの義理はありません」


 ねぇタカユキ、なんかよく分かんないけど、話が纏まったんならなんかくれない?

 オヤツが良いなアタシ。ほら、ちゅーるとか。


 そんな意味を込めて前足でタカユキにアピールすると、真剣だった顔が緩んだ。


「なんでちゅかクロちゃん! 構って貰えなくてちゃみちくなっちゃったんでちゅか! きゃわいいなぁもう! クロちゃんきゃわいい!」


 わしゃわしゃと撫でられるけど、うん。


 伝わってない気しかしないわね、本当に頭の悪い子なんだから。


「……やっぱりあんたなんか嫌い…!」


 そんなアタシ達を見て茶色の子がなんか言ってたみたいだけど、気にしない事にした。




 

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