そりゃそうなるわ

  



 薬を盛り、始末する。


 王妃からの勅命は、たったそれだけだ。

 それは簡単なようでいて、とてつもなく難しい。

 だがしかし、それでも王家を支える影の者である男にとっては、もはや慣れた仕事だ。


 王妃の為に用意された薬はいつも同じ物で、そして、それは貴族の間でも有名である。

 だからこそ誰が何の為にやったのか、すぐに分かる。

 それは王家に仇なす者だ、と判断されたのだと知らしめる為だ。

 この毒を盛られた家の者は、ただそれだけで大人しくなる。


 誰だって国から目を付けられていると分かっているのに、叛逆する為の行動を取ろうなどするはずも無い。


 王妃から目を付けられただけの哀れな女性ばかりが標的となっていたのは、王妃の影響力が弱くなる事を避ける為にも、必要な事だと思われる。

 逆らえば殺されると分かっていて、王妃を止めようとする者など、この国には居なかった。


 最近はめっきりその数が減っていたが、それでもきっと、これも必要な事なのだろうと男は己に言い聞かせた。


 そして男は、公爵家の天井裏に忍び込む。

 公爵令嬢の私室は既に手に入れた屋敷の見取り図から把握していた。


 難無く侵入を果たした男がする行動は、ひとつだけだ。

 厨房に入り込み、公爵令嬢専用の食事を把握した後、それに毒を仕込む。


 たったそれだけの行動で、沢山の女性達が犠牲となって来た。


 何の障害もなく、むしろ拍子抜けしてしまう程の簡単さで作業を終えた男は、恙無く任務が終わった事を確認する為に、その食事がきちんと公爵令嬢に運ばれたのを見届ける。

 あとは、公爵令嬢が無事に毒殺出来た事を確認するだけとなった。


 天井裏から人知れず、食事を出された公爵令嬢と、付き添いの青年の姿を確認。

 銀色のスプーンで掬われたそれを公爵令嬢の口に運ぶ青年の姿を、男は冷静に見詰めた。


 しかし。


 確認するように一度だけ匂いを嗅いだ公爵令嬢が、次の瞬間飛び上がった。


『フシャアアアア!!』


 公爵令嬢の足が当たったのか、テーブルごと用意された食事がひっくり返る。

 余りの予想外の出来事に、男の時が止まった。


 何せあの毒は無味無臭だ。

 一体何が起きたのか、さっぱり分からない。


『あぁ、お気に召さなかったのかな、他の物を用意して貰わなきゃ』


 青年が困ったように眉根を寄せるのを見て、そういえば公爵令嬢は猫の演技をしている、のだったかと思い至る。

 本当に前世返りしているのかもしれないが、結局は始末しなければならない事には変わりないので、男はどちらでも良いと思っていた。


 方法を変えなければ。


 冷静に判断した男が天井裏から姿を消したのと、青年が天井を見上げたのはほぼ同時。


 青年は誰も居なくなった天井を見上げたまま、小さく口の端を上げ、獰猛な笑みを浮かべた。



 








 公爵令嬢は、猫のような行動をしている。

 だがしかし、人間の姿で出来る事など、たかが知れている筈だ。


 黒ずくめの男は考える。


 試しに何度か食事にあの薬を混ぜたものの、公爵令嬢は威嚇のような行動をとってはテーブルをひっくり返してしまい、経口摂取は難しいようだった。

 一体どうやって把握しているのかは分からないが、薬が混入している事を理解しているかのようなその行動に、男は首を傾げた。


 バレる筈の無い物が何故かバレている。

 だがしかし、それならそれで仕方がなかった。


 ならば、次はどうするか。


 小手調べに男は、何本かの縫い針を用意した。

 薬を塗ったそれを寝室のベッドやクッションに仕込み、寝転がった瞬間等に体のどこかに刺さるように、罠を仕掛けたのである。


 座ったり飛んだり跳ねたり忙しなく動いたかと思いきや、突然糸が切れたかのように寝息を立て始める公爵令嬢。

 そんな動きをしていれば、確実にどこかには針が刺さる筈である。


 用意された薬は無味無臭であり、そして遅効性でもある。

 それは、影の者が屋敷から逃げる為の時間稼ぎになるように、という理由で付けられた付加効果ではあるのだが、男には余り必要な機能では無かった。

 だが、この薬を使わないという選択肢は男には無く、仕方なく男は針に塗り込んだ。


 普段と同じように、忙しなく動き回る公爵令嬢を確認した男は、天井裏からじっと観察する。

 令嬢の傍らには、いつも甲斐甲斐しく世話を焼く銀髪の青年が、令嬢の散らかした諸々を片付けていた。

 特に普段とは変わりがない呑気な彼等に、男は天井裏に潜みながら馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


 これから死ぬとも知らず、良い気なもんだ。


 だがしかし、どれだけ時が経とうと一向に苦しむ気配を見せない公爵令嬢の姿に、男は首を傾げざるを得なくなった。


 仕方なく男は、湯浴みか何かで誰も居なくなった隙に、ベッドやクッションに仕込んだ針を確認する。


 すると、驚愕の事実が判明した。


 針の先が、釣り針のようにぐんにゃりと曲がっていたのである。


 これでは、刺さる物も刺さらない。


 一体何が起きたのか分からないが、こうなってくるとまた他の方法を探す必要があった。

 男は次の行動を考えながら、仕込んでいた針を仕舞うと、誰かが戻って来る前に姿を消したのだった。


 ほぼ同時に姿を現したのは、銀髪の青年である。

 何でもない事のように誰も居ない筈の天井を見上げた彼は、懐から銀色に光る小さな何かを取り出した。

 それは、男が用意した縫い針だった。


 これ見よがしにそれを掲げた彼は、鼻で笑ったあと小さく呟いた。


「こんなのが刺さる程防御力低く無いよ、俺のクロは」


 それは、今世紀稀に見る程の、とてつもなく腹黒い笑みだった。




 

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