そうに決まっとるやん
男は考える。
食事に混ぜる方法も、針も駄目だった。
ならば次はもう直接的に狙うしかない。
思い付いた方法は、使用人として入り込み、食べ物を使う以外の方法で毒殺する機会を伺うというものだった。
可能な手段は限られてくるが、任務を遂行出来ない事の方が問題である為、苦渋の決断と言っても過言ではない。
本来ならば既に終え、今頃は帰路に着いているはずなのに、と薄ら嘆きながら、男は行動を開始した。
小綺麗な衣装に身を包み、人好きするような優しい笑みを貼り付けた顔で、偽造した身分証を持って飛び込みの使用人面接を受けたのである。
そんな男の前に現れたのは、標的である公爵令嬢の、側仕えの青年だ。
さすがは高位貴族の使用人といったところか、顔の良い者ばかりが目に付く。
その中でも目の前の青年は、群を抜いて素晴らしい顔面をしていた。
「それで、当家の使用人になりたいというのは君かい?」
「はい、フォルトゥナイト公爵家は清廉で使用人をとても大事にしている素晴らしいお家だと巷で評判でして、お恥ずかしながらその点に惹かれて面接を受けようと思った次第です」
男は淀みなく、むしろ若干饒舌にすら答えながら、目の前の青年を観察する。
「なるほど」
にっこりと笑った青年は、腹が立って来る程綺麗な顔で頷いた後に、堂々と言い放った。
「論外ですね」
「は?」
予想外過ぎるその返答に、男は一瞬、時が止まったかのような錯覚を受けた。
「不採用です」
「な、何故です!?」
驚愕からか、声を荒らげかけてしまう程の大声を発してしまったが、不作法などよりも意味不明さが勝ってしまった結果なので、これは仕方ないのかもしれない。
「ふむ、分かりませんか」
「分かりませんとも! 人手は不足していると聞きました!」
実際、求人情報のきちんとした正規の募集から応募したので、それは間違っていない筈である。
「確かに当家は万年人手不足です」
「ならば何故!? やはり顔ですか!?」
「それも一応ありますが」
「あるんですか!?」
あるのかよ! と同じ内容のツッコミを心に思いながらの、男の返答は、なんとも実感が篭っていた。
「ええ、顔の良くない使用人が居るだけで清潔感が不足しますから。
ですが、それは要因の一つというだけであって、本題はそちらではありません」
「一体なんなんですか」
堂々たる態度で言い放つ青年を視界に捉えつつ、男はげんなりと、投げやりな心境で問い掛ける。
すると目の前の青年は、変わらぬ表情で口を開いた。
「愛が足りません」
「は?」
もしここに自分以外の応募者が居ても、同じような反応を返した事だろう。
余りにも意味不明なその言葉に、男は心なしか偏頭痛に似た痛みを感じた。
この男は一体何を言っているのだろうか。
すると青年は、軽く居住まいを正したあと、真剣な表情で男に向けて問い掛けた。
「大貴族の使用人として過ごすにあたって、何が必要かご存知ですか?」
「……技術と、正確さ、でしょう」
「はぁ、これだからニワカは」
「ニワカ!?」
内心でする筈だったツッコミを、ついついそのまま口に出してしまった男は、慌てたように己の口を塞ぐ。
「……先程も言いましたが、必要なのは愛ですよ」
「あの……何を仰りたいのか分かりません」
男のツッコミを意に介した様子も無く、むしろ何故これが分からないのかとばかりに不思議そうな表情を見せる青年に、男は薄ら寒い物を感じてしまった。
「使用人とは、家人と長く時を共に過ごす事になるんですよ? 愛が無くて勤まるとでも?」
「……お言葉ですが、愛とは家族や恋人と育むものですよね?」
そんな男の問い掛けに、青年は、それが分かっていて何故理解していないのか、と言いたげに眉根を寄せた後、溜め息混じりに説明を始めた。
「当家は大貴族ですよ? 暗殺者が現れた際、身を呈して家人を守るのが使用人です。
己が身よりも、家人の為に生きなければなりません、故にその覚悟の無いあなたは不採用なのです」
「そんな! それでは、昔からいる使用人しか雇わないって事じゃないですか!」
「違いますよ、愛は育むものですから」
「なら私だって!」
「無理ですね」
「何故!?」
「だってあなた、そんなに顔が良くないですし」
「結局顔じゃねぇか!!」
そんな男の声が、最早エコーさえ掛かりそうな程に響き渡ったのは言うまでもなかったのだった。
顔で面接を落とされそうになった可哀想な男はその後、試験期間を設けて貰うことによって、なんとか使用人見習いとして雇って貰えることとなった。
男としては公爵令嬢を始末する事さえ出来れば良いだけなので、見習いだろうとなんだろうと、雇われてしまえばこっちのものである。
機会を狙うのが一番大変ではあるのだが、そこはベテランの暗殺者故に、何の問題もない、……筈である。
少し自信が無くなって来ているが、それは公爵令嬢が予想よりも野生みたっぷりで、最早人間と呼んでいいのか怪しくなっているせいだった。
遠くから見ているだけでは分からなかったが、近くで見ていれば、公爵令嬢の行動は完全に猫だった。
人間特有の理性的な思考が一切無く、気紛れに花瓶を倒し、ソファを噛みちぎり、クッションの中身を全て出し、壁を駆け登りシャンデリアに乗る。
近寄れば警戒され、事ある毎に威嚇され、早い話が毒を盛る隙が一切無いのである。
吹き矢も試したが全く当たらず、むしろ喧嘩を売っていると思われたのかこちらまで来て引っ掻かれる始末。
段々と自信が無くなって来るのも仕方の無い事かもしれなかった。
これが本当に全て演技なら、標的の公爵令嬢は恐ろしい程の策士だろう。
故に男は一切の油断なく、神経という神経をすり減らしながら日々を過ごしていた。
そんな男にもある日ようやくチャンスが訪れた。
たまたま窓の外に見えた蝶を追った令嬢が、ベランダの縁ギリギリまで身を乗り出していたのである。
「お嬢様! そこは危険です! 降りて下さい!」
「んぐるにゃ」
顔色を真っ青にしながら必死に傍まで駆け寄る。
そして、引き上げるように見せ掛けて、令嬢をベランダから突き落とした。
(アンタに罪は無いかもしれんが、王族を怒らせたのが運の尽きだ、悪く思うなよ)
キョトンとした顔で落ちていく令嬢を叫ぶように呼びながら、必死に手を伸ばすような仕草で眺める男の内心は、これでようやく仕事が終われる歓喜に満ちていた。
もしこれで死なずとも、この高さを後ろ向きに落ちれば大怪我は確実だ。
そうなれば、人間というのは面白いもので、熱を出して寝込む。
そして、その期間はどう足掻いても無防備となるのだ。
(そっちは面倒だから、出来ればここで消えてくれ)
絶望に表情を歪める演技を顔面に貼り付けながら、男は令嬢の最期を眺めようとしていた。
しかしここでまたしても、男にとって予想外の事が起こる。
むしろ、起こらないことの方が有り得ないような気がするが、結局の所この男には予想外なので問題は無いだろう。
さて、では一体何が起きたのか。
令嬢は地面にぶつかる直前で、くるりと宙を舞うように身を翻し、しゅたっ! という音を立てながら綺麗な四足の着地をしたのだ。
ちょっと考えればこうなるだろう事は分かる筈だったのだが、どうやら過度のストレスは彼の思考能力を奪って行ったらしい。
カシカシと、まるで本物の猫のように毛繕いをする令嬢に、男はあんぐりと口を開けたまま、硬直する事しか出来なかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます