あちらの悪役令嬢は前世が猫だったようです。

藤 都斗(旧藤原都斗)

はじまりはじまり

 





「クロエリーシャ・フォルトゥナイト! まさか貴様がエトワールに嫌がらせをしていた首謀者とはな……、そんな女に王太子妃など言語道断! 今日をもって、貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 高らかに言い放たれた言の葉は、卒業パーティの会場に響き渡った。

 その美麗な声の主は、ロストシュヴァイト王国第一王子であり、聖ロクサーヌ学園生徒会長でもある、アレクサンドルフ・ロストシュヴァイト、18歳。

 金糸のような鮮やかな金髪ブロンドヘア青石サファイアのような碧眼の美青年は、その完璧な顔面を怒りに歪めながら、目の前の一人の令嬢を睨み付けていた。


「………………」


 王子に相対するその令嬢は無言のままに、じっと王子を見詰めている。


 癖のある黒髪に猫のような金色の吊り目、赤い唇は薔薇の花弁のようですらある。

 出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるナイスバディの、気の強そうな美少女。

 例えるならば、気位の高い黒いペルシャ猫のような彼女は、その黒髪が映える真紅の薔薇のようなパーティードレスを身にまとっていた。

 国で三番目の家格である公爵家の唯一の娘であり、貴族令嬢の代表とすらされる彼女にはその通りの気品が溢れ、王子に相応しい婚約者として学園に君臨していた。


 だが、学園では黒薔薇の君とすら揶揄される彼女は、王子の言に反論すらしない。

 無言を貫く彼女に、痺れを切らした王子が追撃の言葉を発した。


「貴様、謝罪くらいしたらどうなんだ! 心優しいエトワールが、一体どれほど傷付いたと思っている!?」

「やめてください王子! こんな事ダメです!! クロエリーシャさんにもきっと何か理由があるんです! そんな事するような人じゃ……!」


 王子の言葉のすぐ後、人混みから突然出て来たのは、どうやらくだんのエトワール・ライアン男爵令嬢らしい。

 ピンクゴールドのストレートの髪と、同色の瞳を涙で潤ませた彼女は、確かに美少女だった。


 その身に纏う白に近いピンクのドレスは、令嬢の外見とも合ってまるで白百合のような美しさだ。

 だが、王子に用意して貰ったドレスにも関わらず、黒薔薇の君と比べてしまうと体格的にどうしても負けている部分が多い。

 が、補って余りある程には可憐な令嬢である。


 だがしかし、言動から察するに、貴族らしさという物は一切持ち合わせていないようだ。

 その証拠に、彼女の家の家格は男爵であるにも関わらず、公爵令嬢である黒薔薇の君に対して、堂々とさん付である。

 元々、男爵が平民街で見付けた己の隠し子だというのだから、貴族社会に馴染めていないのは当たり前、のつもりなのだろう。

 卒業パーティを迎える今日まで、誰がなんと言おうが直そうとしない事から、学園の生徒先生達からは諦めの感情しか向けられていない令嬢である。


「あぁ、エトワール、君はこんな時でも優しいんだね……、でも、今はその優しさはあだになってしまうよ」

「そんな、王子……!」

「大丈夫だよ、俺がきっと君を助けてみせるから」


 甘ったるい空気を発し始める王子とエトワール嬢に困惑したのは、それを見守っていた観客ギャラリーである。

 突然の茶番劇に、呆気に取られているものが大半であった。


 頬を染め、見つめ合う二人に水を刺したのは、王子の側近であるこの国の次期宰相、モルディクト・ロンスーン侯爵子息。

 濃い緑色の長髪の美青年である。

 彼は、神経質そうな表情のままに眼鏡をくいっと上げ堂々と進言した。


「王子、そこまでに致しましょう、まずはその悪女を断罪しなくてはなりません」


 その彼に続くように姿を見せたのは、これまた王子の側近である次期王国騎士団長、ジャスパー・ロードライト。

 背の高い赤髪の寡黙な美青年である。

 それから、王子の側近で次期王族補佐官の、まるで美少女のような顔をした、水色の髪の鏡合わせのようなサイドテール以外は見分けの付かない、双子。

 グランディ・ディズパブール、ディエライト・ディズパブールが現れ、冷たくわらう。


「そうだよ王子、黒薔薇の君とか呼ばれて調子乗り過ぎな馬鹿女を何とかしないと、ねぇライ」

「そうそう、エトワールちゃん虐めて、王子の気を引きたかったんだろうけど、無駄骨だったよね、ラン」


 クスクス、アハハ、とバカにしたような下卑た笑顔で可愛らしい顔を歪めながら、そっくりな双子は嘲笑った。


 次に現れたのは、なんでこんな事に巻き込まれてるのかさっぱり分からないまま、登場させられてしまった俺。


 ギンセンカ・リクドウイン伯爵子息。

 漢字で書いて読ませるなら、六道院 銀盞花だろう。

 ギンセンカとかいう花マイナー過ぎて聞いた事ないけど、この世界・・・・では東の国で有名らしい。知らんけど。


 膝裏まであるストレートな白金髪プラチナブロンドに、ひと房差し色として入る紫紺しこん色のメッシュを一緒くたに三つ編みにしてブランブランさせているんだが、このメッシュはとある精霊と契約したら生えてきただけで、俺の趣味ではない。

 一応、次期王国魔術師団長という地位を約束されているので、王子の側近であるのは決定事項らしい。

 正直めちゃくちゃ帰りたい。


 何が楽しくてこんな訳の分からない茶番に付き合わされなければならんのか。

 俺は今日学園を卒業したら家に帰って思う存分魔法の研究したかったんですけど。なにこれめっちゃ面倒臭い帰りたい。



 

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