それはアカン

 



 腹立つわー、マジ腹立つ。

 コイツの中では前世返りなんて存在してないからの言動なんだろうけど、腹立つ以外の感情が出て来ない。


 そりゃ、貴族女性な上に嫉妬深くて我儘、ってマイナスかもしれんけどさ、良いじゃんモテてるんだから。

 もっと酷い奴なんて世の中には腐るほど居るからね?


 いや、確かにさ、嫁にするんならそういう人が嫌だと思うのはしゃーないけども。

 それは分かるけども、だとしても何をナメた事を言ってんだと。


 だって王族だよ?

 一挙手一投足が国を左右させる王族の、しかも王位継承権第一位だよ?


 望んだ結婚が出来ると思ってんのバカ過ぎない?


 バカだよね? バカ以外のなんでもないよね?

 愛の無い結婚が嫌で、ちゃんと恋愛結婚がしたいとしても、側室持ち放題の王族が何を訳の分からん事を言ってるんですか?


 それより何より!!


 モテてない俺からすれば羨ましいにも程があるんだよ!! マジ腹立つ!!

 なんで俺こんなにモテないんだろうね!! 顔面偏差値めっちゃ高いのにね!!

 あーもー腹立つわー、毛根一つ一つを爆破して二度と毛が生えてこないようにしてやろうかなマジで。


「やめろと言っているのが分からぬか、いい加減にせよ!」

「くっ……ですが、父上!」

「お前は一体、何をしている? 余の許可無く勝手に婚約破棄など、出来ると思うのか」


 そーだそーだ! もっと言ってやって王様!


「政略結婚の為の、無理矢理な婚約を破棄して、何がいけないんですか!」

「お前は、まさか、この婚約をそのように思っていたのか?」


 王子の言葉に、王様はショックを受けたような、やるせない顔を見せた。

 演技とかでもなく、本気のそれに辺りの観客達ギャラリーの空気がざわりと揺らぐ。

 だが、そんな王様の様子も気付いていない王子は、不満をぶつけるかのように声を荒らげた。


「それ以外、一体何があると言うのですか!」


 そんな王子の言葉を受けた王様は、失望したような、何かを諦めたかのような表情を浮かべて、呟いた。


「そうか、幼いお前の、唯一の我儘を叶えたのは間違いだったか……」


「え?」

「え?」


 予想外過ぎる王様の言葉に、ポカーンと王様を見詰める各々の姿は、きっとめちゃくちゃ間抜けだっただろう。

 眼鏡も双子もエトワール嬢も、転がされている赤毛君も、王子も、俺でさえも、目が点である。


 そして王様はシンとしてしまったこの会場内に、特大の爆弾のような発言を投下した。


「クロエと婚約したい、そう言ったのは貴様だ。

 余はそれを叶えたに過ぎぬ」



「………え?」



 はあああ?


 はああああああ??


 はああああああああああ???



「くぼぁ!? セン! 何をする!?」

「いや、だって、はあああ? いやいや、はああああああ?」


 はああああああああああああぁぁぁああ??


 えっ、だってそれ、はああああああああああああああああああぁぁぁあ???


 王子もといクソ男がなんか言ってるけど、そっと丁寧にクロを横に降ろしてから、襟首を掴んで殴る。

 ガッスガス殴る。


「ぐへっ、ちょ、痛い! セン! やめ! へぶっ!」


 周りの人達の目も冷め切り、もはや絶対零度のブリザードである。仕方ないね。


 自分が望んでて忘れてるとか最低すぎひん? そんなん出来ひんやん普通、ゆっといてや出来るんやったら。いや別に言わなくて良いけど。

 あ、でもやっぱり言っといて欲しいか。

 だってこんな無能だと分かってたら第二王子か第三王女に乗り換えられたもん。

 完全に今まで王子に費やした時間無駄にしたよ。


「王子殿下、いくらなんでもそれは、無いと思います」

「さすがにちょっと、うん、最低かな」

「ちょっとびっくりしたけど、うん、やっぱり最低だね」


 眼鏡と双子もさすがに反論出来なかったらしい。仕方ないね。ドン引きだよね。


「……で、でも、それだけ私の事を好きになってくれたって事なんですよね」


 エトワール嬢が頑張ってフォローに回ったけど、顔が引きつってるのは仕方ないかもしれない。


「ぐふっ、貴様ら! ぶほっ、いい加減に、がふっ、やめさせ、おぶっ」


 あ、やべ、余りの腹立たしさに殴り続けてたわ。やっべー、まじやっべー、俺死んだかな?

 しっかし美麗な顔面が腫れて台無しだね、プスー。


「リクドウインの倅、そろそろ」

「はっ、申し訳ございません」


 王様に止められたので、しぶしぶ手を離す。

 すると、どべしゃ、と音が聞こえたので王子が床に落ちたんだと思う。

 俺は礼儀正しく王様の足元にひざまずいてるので見えなくて当たり前である。


「……よい、殴られる程に酷い仕打ちをしたのだ、少しは頭が冷えただろう」

「……手を出した私が全面的に悪いのです、この罪は如何様にして頂いて構いません」

「不問とする、余も殴りたいと思った所だ」


 王族を殴るという暴挙を仕出かしたにも関わらずに、王様はめっちゃ心の広い事を言ってくれた。

 本当なら投獄されて処刑されても仕方ない位にはヤバい事なのに、と考えた所で、ふと気付く。

 なるほど、俺の行動を咎めると王家に対する不信感が沸くからか、と。


 結局の所、公爵令嬢が前世返りした事で今回の件は冤罪の可能性しか見えなくなった。

 貴族の代表とも呼べる令嬢がここまでコケにされて、キレない貴族は居ないだろう。

 王家は貴族を大事にしません、って言ってるのと同義だもんな。


 まあ、今回俺が動く事で俺の実家はちょっと面倒な事になったかもしれないけど、仕方ないじゃん殴りたかったんだもん。

 それに俺が殴らなかったらこのままだときっと反乱起きてただろうしな。

 王家としてはもうここで王子を切り捨てて、俺と公爵令嬢の味方になった方が安全だと判断したのかもしれない。

 仕方ないね。



 

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