そうなったかぁ
「ギンセンカ君?」
目の前の男性の様子に身体が硬直した。
「はい、どうされましたか、フォルトゥナイト公爵」
「どうもこうもないよね? クロエと婚約したいって本気かい?」
優しく俺に微笑むその目は、薄く開いた瞬間から明らかな敵意に満ちているのがありありと感じられる。
クロード・ヴァン・フォルトゥナイト公爵。
今世のクロの実の父親で、子煩悩なパパとして世間では有名だ。
その優しそうな顔面からは考えられない筋肉を纏った、大柄な体躯。
若過ぎず老け過ぎず、一言で言うならナイスミドルという褒め言葉だろうか。
正直ナイスミドルが年齢的にどの辺りの言葉なのか分からないので、褒め言葉として使うことにする。
……褒め言葉だよね?
俺が知らない間に違う意味とかになってないよね?
頼むからマジでやめてよそういうの。お願いします。
それはともかく。
そんなご当主様と俺はノリノリな奥様に応接間で引き合わされ、対峙する事になってしまっていた。
ソファーで向かい合って座っている訳なのだが、めちゃくちゃ怖い。
クロが小さい時に、もしかしたら目を見たら怖がるんじゃないかっていうネガティブな予想をしてしまった公爵は、常日頃からなるべく目を閉じているそうだ。
その目が、今はうっすら開いている。
クロと同じ黒髪と、血のように赤い目。
しかし、それはクロの虹彩の奥にあった赤と同じ色で、何故だか少しだけ嬉しくなってしまった。
それでも怖いもんは怖いんですけどね!!
なお、現在クロはお部屋でお留守番である。
お昼寝してる所を抜け出して来たので後で機嫌が悪くなってそうでこれも地味に怖い。
「私が彼女に不釣り合いである事は自覚しております」
「うん」
意を決して捻り出した言葉は、直ぐ様同意されてしまった。
ですよねしか言えない。
しかもピリピリとした殺意を感じる。
正直めっちゃ怖い。怖いオブ怖い。
「んもぅ~、駄目よそんなに脅しちゃ、アナタだってあんな王子に任せるよりはマシだって言ってらしたでしょう~?」
「それとこれとは話が別なんだよ、僕の
「まったく、頑固なんだから~……」
奥様の言葉で一瞬甘い空気になったけど、俺に視線が戻った途端に猛烈激寒ブリザードである。怖い。
ていうかさ、なんでいきなり『娘さんを僕に下さい!』みたいな状態になってんの?
俺まだ何もしてないんだけど。
いや確かに奥様の言葉に同意はしたよ?
でもこんなトントン拍子に事が進んでこんな状態にまでなるなんて思わないっていうか、思いたくないじゃん。
若干嫌な予感はしてたけどさ、こんなんなるなんて思いたくないじゃん。ごめん二回言った。
マジでなんでこんなハードモードみたいになってんの?
なんかの呪い?
……だけど、俺がいつまでもクロの世話役になんて居られる訳が無い事は理解している。
クロは賢い子だから、きっとどんどん知識を吸収して、いつかは俺の助けなんて不必要になるだろう。
だがしかしクロを誰か他の奴に嫁に出すなんて一切許せない訳で、そうなったら俺が憤死する未来しか見えない。
可愛い可愛いクロが、何処の馬の骨とも知れない輩と結婚なんて事になったら、駄目だ無理絶対無理俺マジ襲撃して潰しに行きそう。
俺が認められない男なんて許さない。
つまり、ご当主様もそんな感じに俺を見ているのだ。分かる。すげえ分かる。
では何をすべきかと言うと、それはきっと一つだけだ。
覚悟を決めて大きく息を吸った俺は、真剣にご当主様と向き合うように佇まいを正しながら、深呼吸するように、息を吸って、吐く。
目の前の男性を改めてじっと見詰め、声を上げた。
「公爵様」
「なんだい?」
口元だけの笑顔が、非常に怖い。
目が一切笑ってないから本当に怖い。
だけど気持ちを伝えるのはとても大事な事だから、もう一度だけ目を閉じて、開く。
「私は、知らない男と彼女が結婚する事を許せそうにありません」
「そうだね」
同意するように頷いたご当主様の目は、やっぱり全然笑ってないし俺に対する殺意しかない。
それでも必死に食らいつくように、言葉を口にした。
「しかし、だからと言って私が彼女の伴侶になるなど烏滸がましく、そして自分自身も許せません」
「ふむ、何故だか聞いても?」
ぐっと言葉が詰まってしまった。
何も言葉が出て来なくて、口を開いたり閉じたりを繰り返してしまう。
それでも何か答えなければ、と無理矢理思考を捏ねくり回し、ようやく出て来た言葉は、何とも陳腐なセリフだった。
「それは……、分かりません」
何も分からない。
何か理由はある筈なんだけど。
でも何一つ出てこない。
「私は、彼女には相応しくない、それだけは断言できます」
こんなにも色々と欠如している人間が、彼女に相応しい訳がない。
人としての当たり前にある筈の、必要な色々が足りてない事は理解している。
だけど。
「しかし彼女は公爵令嬢です、結婚も婚約も、しない訳にはいきません。
ですから、彼女が本当に誰かを好きになるまで、防波堤くらいにはなりたいと思ったんです」
本当は凄く嫌だし、その相手が俺であってくれればどれほどマシだろうとは思う。
いや陰キャの童貞で愛猫一筋の前世を考えると、それはそれで嬉しいのだが、それでもやっぱり困る訳で。
けど、それくらいしてあげたいのは、嘘偽りのない本心だ。
「そうかい……」
「はい」
どこかしら若干含みのある言葉に、キッパリと返事をする。
ふと、ご当主様は目を細めてにっこりと笑った。
「では、それはそれとして」
「はい?」
なんか嫌な予感がするんですけど。
そう考えた次の瞬間、無情にもその予感は的中してしまった。
「一回、本気で戦り合おうか」
は?
え、ちょ、待って待って待って。
「…………あの、何故ですか?」
「婚約するにしろしないにしろ、君がクロエを任せて良い人間かどうか、親として知っておくべきだよね?」
有無を言わさない確認の取り方にしか感じられないのだが、気のせいだろうか。
「本来ならこの家に来た当初に戦りたかったけれど、その時はそれどころではなかったし、今ならちょうどいいよね?」
「……えっと」
いや、うん、ちょうどいいかな?
これちょうどいいのかな?
「君は確かに、この世の中で誰よりもマシな男だよ?
だけどね、親としては、技量や人間性、その他もろもろを見定めてから、娘に近付いて良いかどうか考えたいんだよ」
「分かります」
むしろ分かりみしかない俺は真顔で頷く事しか出来ない。
振り子人形くらいには勢い良く頷けてしまいそうだ。
「じゃあ、戦ろうか」
「かしこまりました」
そしてそのままの勢いで同意してしまったが、もはや胸中には納得しかない。
しかし、疑問というか、納得出来るけどしたくないというか。
えっと。
うん。
どうしてこうなった。
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