そういえばどうしてた?

 






 私はエトワール・ライアン。

 平民街で生まれ育ち、そしてある日、男爵家に引き取られた女の子。


 引き取られる前の記憶は、無い。


 でもそんな記憶無くて良いの。

 平民の生活なんて思い出しても仕方ないもの。

 それよりも私が、大好きだった物語の主人公に転生してた事の方が重要だと思わない?


 記憶喪失の女の子が、男爵令嬢として学園に通って、出会った素敵な王子様と恋に落ちる少女漫画。

 なんて素敵なシンデレラストーリー。

 タイトルは何故か思い出せないけど、そんな事はどうでもいいの。


 だって私はエトワール・ライアン。

 少女漫画の主人公で、全ての人に大事にされる事が決まってるの。

 虐められたりとか少し辛いこともあるけど、漫画のストーリーで予習してるから何も怖くない。

 展開的にも盛り上がりが必要だし、必要な事よ。


 イジメの事で怒ったりすると主人公らしくないから、私はいつでもニコニコするの。

 優しくて、少し天然な、ドジっ子。


 怒る時は、正道から外れたような人を見た時だけ。

 私は優しいから、怒りながら泣いてしまうの。


 王子だからって、貴族だからって、どうしてそんなに頑張る必要があるの? って。


 皆そんな私に恋に落ちるのよ。


 王子の周りには素敵な人がいっぱい居るから、私は目移りしちゃいそうになるけど、でも私は王子と結婚する事が決まってるの。

 でも、私は優しいから、皆を大切にするのよ。


 そうすると、ほら、皆私を大事にしてくれるの。

 王子は私が大好きなの。

 皆も、私が大好きなの。


 あぁ、素敵。なんて素敵な世界。


 でも王子と結婚するには、障害があるの。

 権力を使って王子の婚約者になった、クロエリーシャ・フォルトゥナイト。

 小さい頃に私の王子を好きになってから、身勝手に付き纏ってるストーカーみたいな女。

 パーティでいつも王子の隣にいようとして、王子から拒否されても構わず付き纏ってるの。


 王子に贈り物したり媚び売ったり、権力やお金を使って私の王子に擦り寄るの。

 大きな胸を強調した色仕掛けしたりするのよ。本当にみっともないわよね。

 そんな事したって、王子は私の事が好きなのに。


 私が王子に好かれてるのが気に食わないからって、酷いことを平気で言ってくるような女が王子に好かれる訳がないのよ。

 王子に近付かないで、とか、皆を侍らせてるとか、何も知らない癖に何言ってるのかしらね。


 あなたのせいで王子は女性に対して嫌悪感を抱いたりしてたのよ。

 ラン君とライ君だって、あなたには見分けが付かないでしょ?

 ルディ君も、勉強しか興味なかったのよ。

 ジャス君も、鍛錬と王子の警護しかしなかったの。

 セン君だって、魔法ばっかりで他の人と交流なんてしないままなのよ。


 ほら、私は皆から必要とされてるの。

 そう思ってたのに。


 どうして?

 王子からの婚約だったなんて知らないわ。


 あの女は、権力を使って王子の婚約者になったのよね?

 だから、王子からならそんなのすぐに破棄出来る筈だったのよ。

 だって王子は、次の王様なんだもの。

 出来ない訳がないのに、どうして王子は連れて行かれたの?

 どうして皆、王子を助けないの?


 知らない事がいっぱい出てくる。

 漫画にはこんなの無かったのに。



 あの女が、いきなり病気のフリした所からどんどん話が変わって行った。

 前世返りだなんて聞いた事もないし、漫画でも出て来なかったのに。


 あぁ、分かったわ。

 これも全部あの女の策略なのね。


 漫画とは違うけど、きっとなんとかなるわ。


 だって私はエトワール・ライアン。

 皆から愛されてる主人公ヒロインなんだもの!






 ********






 昔から気に入らなかった。


 何をするにも先を行く婚約者が嫌いだった。

 勉強も、ダンスも、政治や統治の事だって、王子である俺よりも才能があるのが気に食わなかった。


 傲慢で高飛車で、プライドの塊みたいな女。

 キツイ眼差しも、女という性の代表であると言わんばかりの高圧な態度も、何もかもが嫌いだった。

 新しいドレスだの、ブローチだの、ペンダントだの、香水だの、果ては口紅の自慢ばかりの、何をするにも付いてくる鬱陶しい女。

 こんなのが婚約者だなんて、父上は一体何を考えているのだろうと、いつも思っていた。


 だから、その当てつけのつもりで、生徒会専用の中庭に迷い込んだ、婚約者とは正反対の少女を構うようになった。


 初めは田舎臭いお節介娘としか思わなかったその言動に、だんだんと癒されていった。

 そんな俺に気付いた時、穏やかで優しいその笑みに、暖かいその心根に、どうしようもなく惹かれた。

 人を心から思って流れるその涙は綺麗で、そして純粋そのものだった。


 貴族令嬢らしくない彼女は学園で浮いていたけれど、彼女まであの女のようになってしまうのは耐えられそうになかった。


 そんな彼女が、あの女から嫌がらせを受けているという事実に、憤らない訳がなかった。

 困ったように笑いながら、それでもあの女を許す彼女の優しさに、また惹かれた。


 誰よりも優しく、誰よりも美しい心を持った彼女が愛しかった。

 いつの間にか、彼女は俺にとって大事な存在となっていた。

 だからこそ、そんな彼女を陥れようとしたあの女を許せる訳がなかった。


 卒業パーティで婚約破棄を突き付けたのは、堂々と彼女と結婚する為の布石だった。

 あの女に辛酸を舐めさせ、己の愚かさを自覚させる為の手段でもあった。


 それが何故、こんな事になったんだろう。


 確かに愛しいエトワールと婚約する事は出来た。

 だが、会えるのは月に一度だけ。

 俺は軟禁された上に王位継承権が剥奪され、代わりにあの女の王位継承権が復活したらしいと父上から知らされた。


 訳が分からなかった。


 俺があの女との婚約を望んだ記憶なんて無い。


 一切だ。


 きっと父上は、あの女に弱味でも握られているんだろう。

 そうでなければ、あの時あんな酷い事を実の息子である俺に言う訳が無い。


 こんな風に、軟禁する訳が無い。

 こんな事態になっている訳が無い。


 前世返りについても教えられたが、きっとこれもあの女の策略だ。

 だからこそ誰に何を言われようが、信用出来なかった。


 このままでは、この国はあの女によってめちゃくちゃにされてしまう。


 俺が、なんとかしなければ。

 次期国王である、このアレクサンドルフ・ロストシュヴァイトが。


 ぐっと拳を握り、俺は虚空を睨み付けたのだった。




 

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