第7話 川野昌

 仕事の忙しさに耐えながらなんとか金曜日を迎えた。明日はやっと休みだという安堵と同時にまたすぐ月曜日が来るという絶望感が朝から身に付きまとう。動悸が激しいので、朝の薬を2錠飲み、ため息に近い深呼吸を繰り返す。

 出社し秘書室の自席に座ると、早速社長から呼び出しがあった。社長室に入ると社長とその息子の副社長が対面していた。副社長が足元のアタッシュケースをに差し出す。

「これ、頼むよ」

「はい」晶は受け取る。そんなに大きくないケースはずっしりと重く、何かが詰まっているようだ。きっと札束だろう。

「君のこと、信用しているからな」社長が晶の肩に手を置く。

「はい」口の中が乾いていた。詳細は知らないし、知りたくもない。犯罪まがいのことではなかろうか、見つかったら僕が捕まるんじゃないか。そんな不安を訴えたくても、相談できる雰囲気ではない。

「さっさと行ってこい」副社長が無表情で晶に言う。

「はい。失礼いたします」と晶は社長室から出た。背中にびっしょりと汗をかいていた。すぐに支度し、指示された場所にアタッシュケースを渡しに行く。


 現場は細い路地。黒い車が停まっている。ナンバーを確認し、そばに行くと車の窓が開いた。

「秘書さんか?」サングラスをした男性が言う。明らかにカタギではない。

「はい。秘書の川野です。こちら、社長から」アタッシュケースを渡すと、男性はこちらに見えないようにケースを開け、すぐに閉じた。

「確かに。じゃ」と言い、車は去っていった。しばらく誰かが監視しているようで、動けなかった。呼吸が浅い。ジャケットの内ポケットから薬を取り出し、唾で飲み込む。しばらくたたずんでいると副社長から電話があった。

「遅い。終わったのか」

「はい。今から社に戻ります」

 タクシーを拾い、会社に戻ると血相を変えた副社長が怒鳴り込んできた。

「遅いんだよ!渡したらさっさと連絡しろって言ったろ」

「申し訳ございません」心臓がギュウとなる。

「何ぼんやりしてんだ。緊張感持って仕事しろ」

「はい。大変申し訳ございませんでした」謝ることしかできない自分に不甲斐なさを感じる。


 お茶を淹れ、社長室に運ぶ。社長はにこやかにねぎらった。

「ありがとう。君は頼りになる」一口お茶を飲む。「彼がああいう言い方するのも、君に期待しているからなんだよ。わかってくれ」

「はい。承知しました」一礼し、社長室を出る。


 指先が冷え切っていている。食欲がなく昼食を抜いて事務作業をしていた。今日はもう外出の予定はないが、頭が回転しないので仕事が進まない。薬を1錠飲む。少し気分が落ち着き、ある程度仕事を終わらせ、帰宅することにした。


 コンビニでパンや惣菜を買ったが、食欲がなく、すべて冷蔵庫に入れて寝ることにした。明日は休みだ。気兼ねなく寝よう。しかし、目が冴えて眠れない。仕方なく睡眠導入剤を数錠飲み、やっと眠りにつけた。

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