第18話 道岡雄介

 時計を見るとすでに0時を過ぎている。デスクの上にはドリンク剤の空き瓶が何本かと、おにぎりの包みが無造作に置いてある。

 体力はとっくに尽きていた。だが任されていることが多い。今頑張らないでいつ頑張るというのだ。

 雄介の顔を見るたびにニヤリとする上司。そのニヤリ顔をもっと見たいぜ!

 人生でこんなに期待されることなんて初めてだ。家族にも友人にも恋人にも。

 俺は頑張る。ここで花開かせてやる!そしたら結婚するぞ。仕事も彩も、全部俺のもんだ。

 彩。

 最後に会ったのはいつだっけか。

 スマホが震える。雄介はすぐに画面を開いたが、和田祥平からのメールだった。

「相談したいことがある」と一文を見ただけで、すぐに閉じた。

 彩からは何も来ない。こんなに好きなのに、なんでだよ。

 俺には仕事だけか?

 彩に電話をかける。だが出ない。

 何度もかける。呼び出し音が虚しく響くだけだ。

 俺の電話に出ろ!

 スマホをデスクに叩きつける。静かなオフィスに鈍い音が響いた。

 目の前には仕事が山積みだ。こいつらが俺を待っている。

 だがもう限界だった。眠い。めまいがする。

「今日はもう帰るか」と独り言を残して、雄介は会社を出た。

 駅へと向かう途中、コンビニで缶ビールを2本空けた。めまいがさらにひどくなった。雄介は、それが心地いいと感じていた。


 肩に衝撃が走る。雄介は思わず転ぶ。

「いてーな! 」目が回ってよくわからないが、誰かとぶつかったようだ。

「お前からぶつかってきたんだろうが」やけに体格の良い若者たちが雄介を睨んでいる。香水の匂いがきつく、雄介はその場で吐いた。

「おい!俺の靴にかけんな!汚ねえ」若者が雄介を蹴る。

期待を背負った会社員に何するんだ!舌が回らない。

「何言ってんだかわかんねえよ」さらに蹴りが腹に入る。

雄介は吐き続ける。

「汚ねえおっさんだな」若者たちが去ろうとした。雄介は近く転がっていた自分のスマホを握りしめ、若者に投げつけた。ちょうど1人の頭に当たった。彼が雄介を睨み、追いかけてくる。


 雄介はもつれる足を必死に動かし、逃げようとした。

 方向感覚はなかった。

 気がつくと、車道に出ていた。

 すぐそばにトラックが迫っていた。

 急ブレーキとクラクションの音。

 直後に衝撃音。そして人間の鈍い音。

 しばらくすると遠くからサイレンが聞こえてくる。

 

 急激に遠ざかる意識の中、雄介が最後に思ったことは、上司のニヤリ顔と、かすみがかっている彩の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る