第17話 久保田彩と黒川圭子

 彩は週末は誰とも会わずに過ごした。私にとって健全な時間の過ごし方って何?と金曜日に考えてしまったからだ。

 雄介から一度も連絡がなかった。彩からも送ることはなかった。なんとなく、このままでいいような気がしてしまった。

 他の人とデートしてたりして。そんな冗談を思いついても、彩の心は乱されることがない。

 本格的にやばいかも。1人で生きていける気がする。

 とはいえ、いつもマメに連絡をよこす雄介が沈黙を貫いていると、別の心配が湧き出てくる。生きてる?残業が多そうだが、過労死とかしてないだろうか。でもあの雄介に限って、ねえ。


 彩は思考を止め、淡々とタスクをこなした。月曜はなるべくリラックスして仕事をしないと、後々疲れてしまう。

 

 定時になり、ノートパソコンを閉じる。周囲が珍しそうに見るが、お構いなしに帰ることにした。

 今日はパンでも買って帰ろう。圭子が「まるやまベーカリーおいしいよ」と言っていたので気になっていたが、遠回りしないといけないので別のパン屋に寄った。


「あれ、彩ちゃん」

振り向くと、黒川圭子がトレイとトングを持って立っていた。すでにトレイにはぎっちりパンが乗っかっている。

「圭ちゃん!仕事帰り? 」

「うん!ここも気になって来ちゃった。彩ちゃんの職場この辺だよね」

「うん。本当はまるやまベーカリー行きたかったけど、今日はここにしようと思って」

 彩は不思議に思った。圭子の職場と家の間でもない場所に、わざわざ来るだろうか。しかも月曜日から。そんな彩の表情を察したのか、

「ここさ、SNSでおすすめしてる人多くて、ずっと来たいって思ってたんだよね。しかも平日しかやってないし」

「そうなんだ。来れてラッキー。圭ちゃん、荷物多いけど大丈夫? 」

圭子は普段の鞄以外にも重たそうな紙袋を持っていた。

「大丈夫大丈夫。ちょうど筋トレにもなるし、これでチャラよ」と笑う。彩もつられて笑う。


 月曜から圭子に会えてラッキーだ。

 彩もいくつかパンを選んで会計を済ました。店内は閑散としていて、時間帯によっては混雑するのかな、と彩は思った。


 圭子とは駅前で解散し、彩は電車に乗って帰った。

 スマホが鳴る。雄介からだ。着信を止めると、すぐにメールが来た。

「急に電話ごめん。声聞きたくなって」

「ごめんね。今電車なんだ。まだ仕事? 」

「うん。色々任されてさ。頑張るよ」

「そっか。無理しないでね」メールはここで途切れた。


 雄介からは、もう一生メールが来ることはなかった。


 彩は帰宅すると早速パンを頬張る。おいしいじゃん!さすが圭ちゃん。たまにはこういうチートデーも必要だ。心の栄養。

 にしても圭ちゃん、いつもと雰囲気違ったけど、仕事のときはあんな感じなのかなあ。

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