第16話 川野晶と【?】

 今朝、祥平にメールを送った。文面が少しそっけなくなってしまった。

 今週末は仕事で手一杯だ。祥平に会いたい気持ちもあるが、仕事のせいで気が乗らない。


 副社長に指定された場所へと向かう。住所だけでも不穏な雰囲気を察知した。

 渡されたアタッシュケースを届けるだけだ。相手はよく知らないし、知らなくてもいいと副社長が言っていた。

 中身は金か薬物か、なんなのかわからないが、従順な晶の性格をうまく利用しているのだろう。

 こういう仕事はいつか辞められるのだろうか。辞めると言った瞬間の周囲の反応が恐ろしい。命に関わるかもしれない。副社長は社長の息子だ。社員からすごく嫌われていて、晶も近くで見ていて納得している。だが誰も逆らえない。


 休日の勤務だがスーツを着ていた。ワイシャツはすでに汗で湿っている。

 タクシーを使えばよかった。駅から結構歩いた。指定の場所に到着したが、誰もいない。

 昼間のホテル街は閑散としている。

 

「ライター持ってますか? 」

背後から声をかけられ、晶はビクッとした。振り返らずとも、誰だかわかった。

「マッチなら持ってます」と答える。

晶の足元に、黒いリュックが置かれる。晶は咄嗟にアタッシュケースをその隣に置くと、すぐに背後の男が回収した。

「中身確認しなくてもいいの? 」と男が言う。

「見るな、と言われているので」晶もリュックを持つ。意外と軽かった。

「お兄さん、そんなに緊張しなくてもいいよ」と男が晶の肩に手を置いた。「悪いことしてるわけじゃないんだからさ」


 晶の体はさらに硬直した。視線の先に、見覚えのある後ろ姿を捉えた。

 咄嗟に目をそらす。だがすでに遅い。目に焼き付いていた。彼と、明らかに未成年と思われる男がホテルの前に立っていた。あれは。

「お兄さん、俺らなんかより、ああいう奴が一番悪いんだよ。良い人そうなのによ、明らかに犯罪だよな」

男の笑い声が遠ざかる。

何分たっただろうか。振り返ると誰もいない。再びホテル街に人の気配がなくなった。

 何もかも忘れたい。

 見て見ぬふりをして、平穏に過ごせたらどんなに楽か。

 しかし、あの後ろ姿と、男の笑い声が晶の頭の中を反芻していた。小走りで駅へと向かう。大通りの混雑が、晶の心を少し癒した。

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