第15話 和田祥平と黒川健司

 今日はコーヒーを飲むだけぞと和田祥平は言い聞かせていた。でもそれだけでは終わらない予感もしている。

 なんとなく下半身に熱を帯び、触れた。

 川野晶の憂いと色気のある横顔が浮かび、その次には黒川健司のワイシャツを腕まくりした姿と、そこから見える弾けるような肌が浮かんだ。

 生徒相手に何考えてんだ俺。急に罪悪感が押し寄せ、ベッドから起き上がる。


 朝、晶からメールがあった。「ごめん。今仕事が立て込んでてしばらく会えそうにない」

 すぐに返信した。「大丈夫か?何かあったら相談してくれ」

 それから5分後「大丈夫だよ。仕事のことだから祥平にはわかんないよw」と返ってきた。

 晶を支えたい気持ちはあるのに、それを出そうとすると急に遠ざかる。

 よくわからなかった。

 人の気持ちを理解することにある程度自信があったが、生徒とはまた違う複雑さを感じた。

 自分の善意がなんとなく恥ずかしく思い、同時に苛立ちも覚える。


 祥平は着替えを済ませ、外に出る。日差しは強いが、休みのためか心地良く感じる。

 待ち合わせ場所へ向かうと、すでに健司が待っていた。

 私服だと大人びて見える。白いTシャツがよく似合う。健司がこちらを見る。照れ臭そうに片手を上げる。

「先生、休みの日もポロシャツですか」

「休みとはいえ、生徒と会うわけだからな」

「そんなこと気にしなくていいっすよ」


 すぐそばにある喫茶店に入ることにした。なんとなく周りを見渡したが、人はまばらだったので祥平は少し安心した。

「黒川は何飲む? 」

「コーヒーで」

「おお。コーヒー飲むのか。俺もコーヒーで」

オーダーを済ませ、健司に向き合う。「で、最近どうだ? 」

雑談と言っても、何を話していいのかわからないので、面談のように接しようと思っていた。

「学校と部活だけですよ。先生も知ってるじゃないですか」と健司が笑う。

「彼女とかはいないのか? 」セクハラかな?と思ったが、健司は特に気にする素振りもなく「いないっす」と答えた。

「先生は、その、好きな人とかいないんですか」

 返答に迷った。晶のことを答えるべきか、あまりプライベートなことは言わない方がいいのか。

「俺は生徒のことが大好きだ」

「そんな真面目な答えはいいですよ」

「正直、それ以外考えてる余裕はないかな」

「先生、熱血っすね」

「まあな。俺の人生より、お前の今後を考えちゃうな」

「俺の今後って」

「将来どんなふうに生きてきたいのか、とかかな」

「先生っぽいなあ」

「先生だぞ」

「そうだった」2人が笑う。祥平はリラックスしていた。いつも生徒として接する感覚とは違う。

 アイスコーヒーに手を伸ばすと、健司の手が触れた。咄嗟に手を引っ込める。

 健司の手がそれを追いかけ、祥平の腕をつかむ。祥平は健司の顔を見る。

 健司は祥平の目を見ている。

「先生、好きです」

なんて言っていいのかわからない。好きと言われて嫌な気はしなかったが、これは毅然とした態度で…‥。

「先生のこと見ると、辛いです。生徒として見ないでください」

「だめだ」

生徒に告白されたときの対処法を先輩から聞いたが、忘れてしまった。

あまり強く断るのも傷付けてしまうから、とかなんとか。どうするのが正解か。

「先生を困らせないでくれ」祥平は健司の手を取り、自分の腕から離した。

「ごめんなさい」健司が下を向く。長いまつ毛が震えている。日に焼けた肌に汗が流れ落ちる。


 一瞬、祥平の中に黒い何かが湧き出た。

(この純粋さを、めちゃくちゃにしたい)


「先生? 」健司が不思議そうに見ている。

 祥平は微笑んでいた。

 テーブルの下で互いの足が触れた。正確には祥平がわざと健司に触れるようにした。熱が伝わる。2人とも微動だにしない。


「黒川、行こうか」どこへ、とは言わなかった。

 健司は戸惑いながらもなんとなくわかっているようだ。

 店を出て、祥平は無言で歩き始める。健司は少し後ろから追いかける。

 いつの間にか繁華街から離れていた。ホテルの前に立つ。健司は不安そうな表情をしながらも、祥平の手を握ってくる。かわいい。


 ふと、背後に気配を感じた。

 祥平は振り向こうとしたが、顔を見られないよう、すぐにホテルに入った。


 罪悪感が無いといえば嘘になる。しかし、健司の程よく汗ばんだ肌が手に触れた瞬間、理性が吹き飛んだ。

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