第6話 黒川圭子と黒川健司

 黒川圭子は菓子パンの袋を開け大きな口でかぶりつく。喉につまりそうになり、慌てて牛乳で流し込む。

「高校生かよ」と弟に朝からあきれられる。

「朝はパン。これは譲れないわ」最後の一口を放り込む。スマホが振動する。「彩からだ」

 久保田彩から週末どこか遊びに行こうという誘いだった。

「姉ちゃん、付き合う友達考えなよ」

「え、なんで? 」

「彩って人、確実にセレブじゃん。一緒にいて楽しい? 」

 彩は自分に厳しく、好奇心旺盛で美への探求心も強い。圭子は週末はひたすら寝ていたいし、好きなものを好きなタイミングで食べるタイプだ。運動もほとんどしていない。だからこそ彩に対しては憧れのようなものがある。

「楽しいよ。刺激があるのよねー。私の人生には縁がないものをいっぱい知ってるし」

「へー。そういうもんか」

「そういうもんよ」

「じゃあそろそろ行ってくる」健司が玄関へと向かう。

「あ、学校から帰ったら洗濯機回しといてね! 」

「わかったー」扉が閉まる音。

 さて、私もそろそろ行かなきゃ。

 電車に揺られている間、職場近くに新しく開店したパン屋のことを考えていた。帰りに寄ろう。それが今日のモチベーションだ。職場の更衣室で制服に着替え、受付へと向かう。

「おはようございます」と同僚に声をかけ、仕事開始。早速来客があった。口角を上げ、お辞儀をした。既に少しお腹が空いていた。


 17時になると同時に「お疲れ様でした」と同僚たちが帰っていく。さて、私もパン屋に行かなきゃ。私服に着替え、化粧を少し整えて会社を出た。駅の方に歩いて5分ほどのところに「まるやまベーカリー」と看板を掲げた店がある。会社帰りの人で少し混んでいた。コッペパンが主な商品で、あらゆる種類が棚にならんでいた。

「え、全部食べたい」大まかに10種類ほど選択したが、さすがに買いすぎかと思い、その中から6種類にしぼった。健司もきっと食べるだろうし。少し大きめな紙袋を抱えて店を出た。ずっしりとした重さが幸せだ。

 最寄り駅で下り、歩きながら一つ食べることにした。店で手作りという濃厚で粒の食感があるピーナッツクリームとふんわりしたコッペパンがとても相性が良い。幸せだ。しばらく通いつめそうだ。帰宅すると、健司が洗濯物を干していた。

 「ありがとう。お土産あるよ」

 健司は紙袋の中をのぞきこみ「うまそう! 」と言った。

 「でしょ~」圭子もニヤニヤが止まらない。「好きなの選んで」圭子は友人たちにパンの写真と店名を送った。美味しいものを発見するとすぐ健司や友達に紹介したくなる。でも彩はパンとか食べないだろうと思い、連絡しなかった。

 健司とパンを完食し、「で、晩御飯何にする?」と言ったときはさすがに健司にあきれられた。

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