第2話 久保田彩と黒川圭子
朝6時に目が覚めた。軽く汗ばんでいる。起き上がり、キッチンに向かう。冷蔵庫からキウイ、ブルーベリー、小松菜、アーモンドミルクを取り出し、ハチミツを少し加えてミキサーにかける。スマホで仕事のメールをチェックしながら、スムージーを飲み干す。ミキサーとグラスを洗い、スポーツウェアに着替えて外に出た。朝日が夏の鋭さを帯びていて、心地良い。軽くストレッチをして、走り出した。30分ほど近場を走り、帰宅してシャワー。スキンケアをしながら、先ほどチェックしたメールの返信を考えていた。
仕事のメールを数件返し、明日のプレゼン資料の見直しをした。修正箇所はなさそうだ。プレゼンのリハーサルを兼ねて音読してみた。
「休みの日にも仕事なんて」と彼氏や友人からはあきれられるが、今の仕事のやりがいを見出しているので、特に苦にならない。時計は9時を指している。そろそろ彼氏が起きるころだろうか。ちょうどスマホにメールの着信があった。「雄介」と表示されている。
「今起きたー」と一言。
「おはよ」と返信する。
「今夜そっち行くね」と彼。
「はーい。何食べたい?」と送信するとすぐに「なんでもいい」と返ってきた。なんでもいい、が一番困るんだよなあ。昨日テレビでカレー特集をやっていたので、カレーにしよう。
読書をしていると、約束の時間が近くなったので、準備をして出かけた。こないだ買ったばかりの白いワンピースを着た。
心身ともに健康的で、自信に満ちた毎日を過ごしている、と思う。ちゃんとしてるね、と母親に言われたことがある。母とは違う人生を送ろうと決心したからうれしかったが、どこか寂しかった。
電車を20分ほどで下り、駅から少し歩くと、レストラン前に黒川圭子が待っていた。彩に気がつくと、手を振る。
「圭ちゃん、この色すごく好き」圭子が着ているブラウスのピンク色に癒される。
「でしょ!こないだ思い切って買っちゃった。ピンクなんてめったに着ないのに、これは一目ぼれした」
2人とも本日のパスタをオーダーする。海鮮とトマトソースのパスタだった。ソースがはねないように食べるのは緊張感があったが、2人でずっと爆笑していた。圭子の笑顔は安心する。1人じゃないと実感できる、貴重な存在だ。
「で、彩ちゃんはもう彼氏とは別れるの?」恋愛話になり、圭子が切り出した。
「うーん。なんとも。こんなときはどうするのが正解?」
「わかんない。それなりに付き合ったら好きかどうかわからなくなるもん。その人との未来が想像できるかどうか、とか?」 圭子は大きな口でパスタを食べる。
「うーん」彩はしばらく雄介との今後、家族になったときのことを考えてみたが、心を動かされることはなかった。「幸せとか幸せじゃないとか、わからなくなってきた」
もちろんこの「普通な日常」が恵まれているのが前提だろうが、彩はどこか空虚さを抱いていた。 普通の日常で、あと何回彼の「なんでもいい」を聞くんだろう。
「彩ちゃん、やりたいこと、やろ! 何したい? 何食べたい?」
「圭ちゃん、まだお腹空いてる?」
「うん! デザート食べに行こう! 」
圭子と楽しく過ごし、解散するころには日が傾きかけていた。スーパーでカレーの食材を買い、帰宅すると道岡雄介が部屋着でくつろいでいた。彼の服が着実に彩の部屋に増えてきている。
「おかえりー」
「ただいま。お腹空いた?」
「うん!ご飯セットしといた」テレビを見ながら炊飯器を指さす。
彩は手を洗い、鶏肉と野菜を手早く切って水と一緒に鍋に入れ、火にかける。ある程度煮立ったらルーを加え、フタをして弱火。
「ちょっとシャワー浴びてくるね。火、見といて」 と彩がリビングから出て行こうとすると、
「え、ちょっと待ってよ。一緒に風呂入ろうよ」
「また今度ね」と言い、彩はリビングのドアを閉めた。
食事中、雄介は少し不機嫌そうだったが、洗い物をしたあと「カレー美味しかった。ありがとう」と言って帰っていった。
明日仕事でよかった。1人になって少し安心する。彼の部屋着がソファに置いてある。洗濯はまた今度でいいや。
寝るまで少し時間があるので、ハーブティーを飲みながらドラマを見た。仕事の準備を少しして、彩は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます