第20話 黒川健司と校長先生
校長先生と見知らぬ女性が教室に入ってきた。騒がしかった教室が静かになる。
「今日からしばらく担当することになりました、小林です。よろしくお願いします」
佐々木久美子が健司に目配せする。「和田先生は?」と物語っている。
健司も混乱した。風邪で休むでもなく、「しばらく」とはどういうことだろう。
また戻ってくるのか、それとも。健司が混乱していると、久美子が「和田先生はどうしたんですか?」と質問する。
校長先生が「和田先生はご実家の事情により、この学校を辞めました」と端的に言う。
「ご実家の事情ってなんですか?」と久美子が詰めるも「それはプライベートなことなので」と流される。
健司は机の下で和田にメールを送った。
「先生、どこ?」
「なんで辞めちゃったの?」
「実家の事情ってなに?」
健司はその日何も手につかないまま過ごした。部活にも出る気がせず、帰ろうとしたところ久美子に声をかけられた。
「先生から返事きた?」
「いや」
「デートしたんでしょ?あれと関係ある?」
「知らねーよ」
「誰かに見られて校長にちくったのかな」
「うるせーよ!」机を叩く。
「ご、めん」
「い、いや。俺こそごめん。いや、別になんもないよ」
健司は嘘をついたことに後ろめたさを感じつつ、あの日のことは絶対に言わないようにしなければと強く思った。
「校長に聞きに行こうか」と久美子が行こうとするので、止めた。
問題が大きくなりそうだし、何かを知ったところで不安が増えそうな気がしたからだ。
黒川圭子は校長室でコーヒーを飲んでいた。色のついたお湯、というのが正解かもしれない。
廊下や外から聞こえてくる音が懐かしい。エネルギーと未来に満ち溢れている場だ。
扉が開き、校長が入ってくる。
「お待たせしてすみません」
「いえいえ。いつも弟がお世話になっております」圭子がお辞儀をする。
「この度は、教師による迷惑行為、大変申し訳ございません」校長も深々と頭を下げる。
「先ほど生徒たちには和田の退職を連絡しました」校長もコーヒーをすする。渋いカップだ。
「そうですか。みんな混乱していたでしょう」
「そうですね。だが仕方ない」
「仕方ないですよねえ」圭子が微笑む。「私は弟の恋愛を応援したかったんですが、誠実な人ではなさそうで、残念でした」
「はい。申し訳ございません」校長が再度頭を下げようとするのを制する圭子。
「学校としても、今回のご決断は良かったのではないでしょうか」
「左様でございますな」校長がニヤリとする。
「私どもも、素敵な人材を提供いただきまして、大変ありがたく思っております」
「和田は、その、貢献できているのでしょうか」
「はい。過去の不祥事を鑑みて、格安で女性のみなさまにサービスさせていただき、好評を得てますよ」
「そ、そうですか」
「むしろ天職だと思いますよ。体力はありますし、不特定多数を相手にするのは慣れていらっしゃるようですので」
あははは。
圭子は気がつくと笑っていた。校長がハンカチで汗を拭う。
「校長先生、罪悪感なんて抱かなくても大丈夫です。これが最適解ですので」
「ありがとうございます」校長が頭を下げる。「こちらをお受け取りください」校長は封筒を差し出す。
圭子は封筒の中身を確かめ「頭金、確かに受け取りました」
圭子は校長室を出て、職員玄関から外に出た。自分も昔毎日通っていた校門から出て、学校を振り返る。
今日もがんばれよ、健司。
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