第10話 久保田彩と道岡雄介

 目が覚め、彩はいつものようにスムージーを作り、飲みながら昨日のことを思い出す。

「勇気持って踏み込んでみたら」なんて、偉そうなこと言っちゃった。しかも知らない人に。踏み込めてないのは私だわ。

 とはいえ雄介に踏み込むってどんなことだろう。今後のことを話し合う、とか?今後ってなんだ。結婚かしら。

「結婚」という文字を思い浮かべても心が動かない。憧れもときめきもない。嫌悪感は少々。

「1回結婚してみれば?」と母が言っていた。

「なんで?何がいいの?」と返事をすると、母は何も言わず困惑しながらほほ笑んでいた。

 どうして父と結婚して私を産んだんだろう。

 私の父はどんな顔をしてるのだろう。

 どんな声をしてるんだろう。

 どんな気持ちで、母と私の元を去ったのだろう。

 母は何も教えてくれない。いつか探し出して、この手でぶん殴ってやろうと思ったけど、そんな興味もなくなった。

 雄介は、私の態度を敏感に感じ取っている。明るくふるまっているが、たまに不安げな顔をする。

 私なんかほっといて、他の人の元に行けばいい、と思ったこともある。

 本当に浮気されたら冷静でいられるかわからないけど。

 健全な生活送ってるはずなのに、思考は不健全なのかな、私。

 スムージーを飲み干し、グラスを洗う。着替えた瞬間、仕事に気持ちが切り替わった。雄介からメールが来たが、ランチの時に返事しよう。玄関の扉を閉め、駅に向かって大股に歩き始めた。


 打ち合わせを5つこなし、報告書や企画書を作成した。気が付くと夜になっていた。月曜日から頑張りすぎると後がもたない。区切りをつけて帰宅した。 コンビニで買ったサラダを食べ、風呂上りにハーブティーでリラックス。雄介に返信していないことを思い出す。「今夜そっち行っていい?」とメールが来ていた。

「ごめん、今気が付いた」と返信した。そのあとの言葉が続かない。

「忙しかったんだね」とすぐ返事が来る。優しい。優しさに甘えられる女だったら、と思う。

 しかしその先に母の姿が浮かび上がるので、すぐに思考を止めようとしたが無駄だった。

 幸せとは、なんて答えの出ない問いが頭の中を反芻し始めたので、憧れの女性ヨガインストラクターの動画を見ることにした。

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