第11話 和田祥平と黒川健司

 授業の準備がはかどらない。「もっと知りたい」なんて言いすぎたかな。ドン引きされたかもしれない。晶が戸惑っていたように見えた。

 でも夜メール来たし、また会おうって言ってくれたし。いや、あいつ優しいから、俺のこと傷つけないように言ってくれたのかな。

「うーーーん」思わず声が出てしまった。隣の教員が「和田先生、何か問題ですか?」と気遣ってくれた。「いえいえ、たいしたことないです」と慌てて言った。

こういうときは、恋愛慣れしてそうな雄介に聞いてみるか。早速メールを打つ。

「好きな人がなかなか心を開いてくれないとき、雄介ならどうする?」相手が誰だとか、細かく事情を聞かれるだろうか。雄介からすぐ返信があった。

「こっちから心を開いて、歩み寄る。正直な気持ちが伝われば、相手も何かリアクションしてくれるはず。それがうまくいかなかったら、それまでの相性だってこと」といつもと違う雰囲気だ。「これネットの受け売り。俺が言えることじゃないけど、でも納得はいった」と追加で来た。

 教職に就いたばかりのとき、先輩から言われたことに似ている。

 生徒に向き合うことの大切さを、今一度認識しなさい。

 人に向き合うって結構大変なことだな~と改めて天を仰ぐ。そこまで晶が心を捉える理由はなんだろう。俺は晶とどうなりたいのか、ぼんやりとしたイメージしかない。


「先生」黒川健司が目の前に立っていた。

「ちょっと相談が」

「どうした」椅子をすすめたが「ここではちょっと」と言う。人目がないところで生徒と2人きりを避けたいので、職員室から校庭に面している扉から外に出た。サッカーに勤しむ生徒たちが見える。

 お互い立っていると、黒川の背の高さを思い知る。祥平は少し見上げて健司の目をみる。

「今度、遊びに行きませんか」

 普段なら断るが、健司の憂いのある表情が心配だったので「いいよ」と思わず答えていた。健司が驚く。

「え、マジで」

「おお。いいぞ。まあ、コーヒー飲むくらいだな。それでもいいか」

「うん!もちろん」やったーと軽くガッツポーズの健司。かわいい生徒だ。祥平の目の高さにある健司の喉仏が、大人の体であることを思い出させる。健司の引き締まった腕に生える毛を見て、少し胸が苦しくなる。もちろんすぐに気のせいだと自分に言い聞かせた。一瞬にして笑顔になった健司が眩しい。


 夜、晶にメールしたが、その日は返ってくることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る