ヒロインをいじめるは一時の勝ち、ヒロインから逃げるは一生の勝ち~破滅エンドしかない悪役令嬢ですが、ヒロインと一切顔を合わせずに生き抜いてみせますわ~
森ノ宮はくと
第1話 すべて夢ならよかったのに
「ああ、ついにこの日が来てしまいました」
始業式へ向かう馬車の中、ルナリア・エスルガルテは溜息をつく。
今日からフォリステール学園へ通う最後の一年が始まる。
そんな大切な日、本当なら早めに教室へ行って、気を引き締めたい。
しかし、ルナリアはまだこうして馬車の中にいる。
学園の門が見える位置で止めさせた馬車から降りず、窓に張り付いている。
窓の端からこっそりと、学園の門をくぐっていく生徒一人一人の姿を見つめる。
はしたない。
そんなことはルナリアもわかっている。
それでも、今は礼節よりも大切なのだ。
なにせ、命がかかっている。
「絶対に、あの子を見つけなくてはなりませんわ」
桃色の髪の少女を。
今日『平民の身でこの学園に転入してくるヒロイン』を。
ルナリアが死ぬ原因となる少女を。
乙女ゲーム『夢色のコンチェルト』ヒロインのリーリエ・ソルアを。
絶対に、見つけなくてはいけないのだ。
*
「……私の名前って、もしかしなくてもルナリア・エスルガルテですわよね?」
「もしかしなくてもそうですけど……まさか、お風邪で頭が……!?」
「失礼すぎませんこと!?」
ルナリアは腕で目を覆い、溜息をつく。
「いえ、ちょっと夢見が悪かっただけですわ。もう下がってよろしくてよ」
ルナリアは春休みのとある三日間、流行り風邪にかかり高熱を出した。
その熱にうなされる間に、とある夢を見た。
夢の中のルナリアは、日本という国で会社勤めをしている女性だった。
休日の楽しみは、乙女ゲームをすること。
その中でも印象的だったのが、『夢色のコンチェルト』略して『夢コン』だ。
『夢コン』とは、魔法学園を舞台にした乙女向けゲームだ。
ヒロインは桃色の髪の平民の少女。
しかし、千年に一度生まれるという光魔法の使い手『光の巫女』であることが判明する。
そのため急遽、貴族の子息たちが通う魔法学園『フォリステール学園』に転入することになる。
ゲームでは、転入してから卒業までの一年間を描く。
魔法の訓練をしてレベルを上げたり、攻略対象との親密度を上げたり。
そしてゲーム最終日、卒業パーティーに出てくる悪を光魔法で倒す。
倒した後、一番親密度の高いキャラから告白され、エンディングを迎えるのだ。
そして、そんな一年間に幾度も立ちはだかる悪役令嬢の名前。
それが、ルナリア・エスルガルテである。
「私と同じ名前、ですわよね」
しかも、同じなのは名前だけではない。
夢に出て来た学園の名前も、登場人物たちの名前も、ルナリアが知っているものと全く一緒だ。
それになによりも、ゲームの中にいた悪役令嬢の銀髪も紫の瞳も、毎日鏡で見ているものだった。
「わたくしが、あくやくれいじょう……?」
王子の婚約者である悪役令嬢は、ヒロインに数々の嫌がらせをする。
しかしその嫌がらせは、卒業パーティーで白日の下にさらされる。
更にはそれを理由に、王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。
それに怒り狂った悪役令嬢は、その心を『闇の帝王』へと捧げ、『闇の巫女』となる。
『闇の帝王』とは、世界滅亡を目論んで千年前に封印された敵のことだ。
そんな『闇の帝王』を、『闇の巫女』となった悪役令嬢は復活させてしまう。
そして『闇の帝王』の力で、世界は闇に覆われる。
しかし、ヒロインの光魔法で『闇の帝王』と『闇の巫女』は倒される。
世界は『光の巫女』のおかげで、光と平和を取り戻すのでした。
めでたし、めでたし。
「いや、めでたくないですわよね、これ」
だってルナリアは、卒業パーティーの日に婚約破棄される。
そうして大衆の笑いものにされた挙句に、ヒロインの魔法を受けて死ぬというのだ。
「そんなこと、ありえますの!?」
がばりと、勢いを付けてベッドから起き上がり、頭を抱えた。
とてもじゃないが、信じられない。
いや、違う。
そんな未来、信じたくない。
だって私は、エスルガルテ公爵家のひとり娘、ルナリア。
将来このライズルド王国を治めるリヒャルト王太子殿下の、婚約者。
殿下の隣に立っても恥ずかしくないように。
将来の王妃として相応しくあるように。
婚約が決まった八歳の頃から、そのためだけに十年間、毎日。
毎日毎日毎日、礼儀作法に魔法鍛錬に政治学に多国語にと様々な努力を重ねてきた。
それなのに、婚約を破棄された上に、世界を滅ぼす悪役として惨めに死ぬと?
「そんなの、嫌。絶対に嫌ですわ!」
ぽふんっ、と枕を叩く。
信じられない。
信じたくない。
今までの私が全て無駄だったなんて、信じられるわけがない。
でも、夢と片付けるにはあまりにも鮮明すぎる。
目が覚めてから随分経つのに、ゲームのプレイ画面はいつまでも頭から消えない。
これは前世の記憶だ。
そう、告げられている気がする。
「どうすればいいんですの……」
いや、少し冷静になろう。
そもそも、本当にあのゲームのようになるのだろうか。
本当に、これは前世の記憶だなのだろうか。
というか。
「転入生なんて、本当に来るのかしら」
そうだ。
ますはそこからだ。
ヒロインが転入して来ないならば、あれはただの夢。
なんの心配をする必要もない。
殿下を取られる心配も。
私が死ぬ心配も。
「すべては、始業式の日に確かめればいいのですわ!!」
こうして私は「門前張り付き計画」を立てたのだった。
*
「絶対に絶対に、あの子を見つけなくてはなりませんわ」
始業時間が近付くにつれ、緊張が高まっていく。
まだ、桃色の髪の少女は現れない。
いつ現れるのだろうかという不安。
やはりいないのではないかという期待。
その二つの感情が、どんどんと膨らんでいく。
膨らんで、膨らんで。
破裂させたのは、ドアをノックする音だった。
「ひゃあっ!?」
「お嬢様、失礼いたします」
馬車の外から、御者が話しかけてくる。
素っ頓狂な声は聞こえなかったのだろう。
ばくばくと鳴り響く心臓を止めるため、深呼吸する。
「なんでしょうか」
「リヒャルト王太子殿下がお見えになっております」
「殿下が!?」
ルナリアは慌てて身だしなみが崩れていないかを確認すると、御者に扉を開けるよう伝えた。
「ごきげんよう、リヒャルト殿下。高いところから失礼いたします」
「おはよう、ルナリア。気にしなくていいよ」
失礼に当たるとは承知しつつ、馬車の中から挨拶をする。
リヒャルト殿下は、どんな楽器よりも美しい御声で、挨拶を返してくださる。
寛大であらせられる殿下は、私の無礼をお許しくださった。
しかも、私の名まで呼んでくださった。
婚約者となってから何度も名前は呼ばれている。
それでも呼ばれる度に、くすぐったい心地になる。
顔を上げて、恐れ多くも殿下を拝見する。
黄金の髪は、太陽の光を受けて更に輝きを増している。
その名に相応しい輝きに縁どられた御尊顔は、今日も変わらず柔らかな微笑みを浮かべていらした。
この世の全てを魅了するだろう優しい甘さに、酔ってしまいそう。
しかしその優しい甘さの中には、そう、まるで一粒のスパイスを落としたかのような。
殿下ご自身の意志の強さを感じさせる理知的な藍色の瞳が、はめ込まれている。
どんな宝石よりも緻密に輝くその瞳に見つめられる度に、私は溶けてしまいそう。
ああ、本日もいと麗しき殿下。
朝からお会いできるなんて、今日の運を使い果たしてしまったかしら。
はたまた、今日は良きことに恵まれる一日となるのかしら。
ええ、ええ、実はわたくし『夢コン』の推しはリヒャルト王子で…………。
はっ、とルナリアは我に返る。
そうでした。
殿下にお会いできた喜びに全てを忘れかけておりましたが、そうでした。
私には、一世一代を掛けた大勝負が待っているのでした。
「朝からお会いできるなんて大変光栄ではありますが、なにかご用件が?」
沢山、話したいことがある。
お隣を並んで、歩きたい。
共に学園の門を、くぐりたい。
しかしルナリアはその気持ちを抑えて、広げた扇で口元を隠す。
「ああいや、見知った馬車が長いこと停まっていたからね。困りごとでもあったのかと」
まあああ、なんとお優しい。
ルナリアは、そこに崩れ落ちたい気持ちをぐっと堪える。
既に政務に携わっている中での学園生活は、相当な負荷となっているだろう。
それにも関わらず、素通りせずに声を掛けてくれた。
なんと、優しいことか。
なんと、嬉しいことか。
感涙を零しそうになりながら、ルナリアは首を振る。
「いえ、少々馬車に酔ってしまっただけですの。少し緊張しているのかもしれませんわ」
「はは、淑女の鏡と名高い君でも緊張してしまうのなら、同級生たちは皆、息の仕方を忘れている頃かもしれない」
「お褒めの言葉、大変光栄ですわ」
淑女の鏡だなんて。
王太子殿下の婚約者として当然のことだと、ルナリアは鼻が高くなる。
ええ、でも。
「もう少し休んでから登校いたしますので。どうぞ殿下は、ご予定通りに」
「そうかい? 無理だけはしないようにね」
ああ、なんて優しい方なのでしょう。
ええ、でも。
でも、桃色の髪のヒロインが現れたら。
そうしたら、貴方様は心変わりされてしまうのでしょう?
そう思うと、ルナリアは言葉を真っ直ぐに受け止めることはできなかった。
リヒャルト殿下が学園へと向かっていく後ろ姿を、ルナリアは見つめる。
本当に、ヒロインは現れるのだろうか。
あのお方は、心変わりされるのだろうか。
あれは前世でもなんでもなくて。
ここはゲームの世界ではなくて。
すべて、流行り病が見せた幻だったのではないか。
そう、すべては、ただの悪夢で。
婚約者を信じなくてどうするのですかと、ルナリアが己を叱責した。
その時だった。
「ひゃああんっ!」
学園の門の方から、気の抜ける悲鳴が聞こえた。
そんなはしたない声を出したのは一体どこの誰かと、ルナリアが声の出所を見る。
そして、自分の目を疑った。
学園の門の前には、転んだのであろう桃色の髪の少女がいた。
まさか。
まさか、まさか。
「君、怪我はないかい」
リヒャルト殿下が、転んだ少女に手を差し伸べる。
汚れた手を彼の手に重ねるなど、貴族の感覚を持ち合わせる子女には到底できない。
「すみません、ありがとうございます」
しかしその少女はなんの躊躇いもなくその手を取り、立ち上がった。
ああ、その少女の顔は。
高熱にうなされる中で見た悪夢で、リヒャルト殿下の隣に並び立っていた少女。
リーリエ・ソルア、その顔であった。
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