第21話 この日を待ち望んでおりましたわ

 あれから、1か月が経過した。

 マグノリアの花はすべて散り、ウィステリアの花が見頃を迎えていた。

 ルナリアは、どことなく親近感の湧くその花が好きだった。


 もちろん屋敷の庭にも植えてある。

 しかし学園の中庭にあるその花を見ながら食べる昼食は、格別だった。


 今年は我慢するしかないですわね。


 今日もべったりと殿下に引っ付いて教室を出たという情報を聞いた。

 リーリエ・ソルアは相も変わらず、殿下に付きまとっているらしい。

 本当に身の程をわきまえない女である。


 己が他者の目にどう映っているのかを考える頭がないのだろうか。

 それを気にする常識があまりにも欠如しているのだろうか。

 平民の文化なのか、あの女が特殊なのか。

 はたしてどちらなのだろうか。


 ルナリアはそんな疑問を抱く。

 しかしリーリエ・ソルア以外の平民を知らない。

 比較対象がいないので、どちらなのかわからない。


 リーリエ・ソルアが特殊である気もするが。

 いわゆるヒロイン補正というやつに当たる気がする。

 それにしても、やりすぎではないだろうか。

 もう少しだけでも、どうにかできなかったのだろうか。


 まあ、言っていても仕方ないですわね。


 あの女はどうにもできないものだとは思おう。

 そもそも、ルナリアにはどうにもできない。

 どうにかしようという気もない。

 ルナリアは、のんびりと穏やかに過ごすのみである。

 

 殿下が気疲れしていないと良いのですけれども。


 それだけが心配である。

 しかし週末定例のお茶会で話を聞く限り、疲れは見られない。


 リーリエ・ソルアが、学園生活を楽しんでいる。

 そのことが嬉しく、誇らしいと話していた。

 大変なことも多いだろうが、彼女には笑顔で学園を卒業してほしい。

 そのようなことを、目を輝かせて仰っていた。

 殿下はどこまでも転入生に甘く、そして優しい。


 あの時の殿下のご尊顔は、あまりの眩しさに目を開けていられませんでしたわね……。


 明るい表情を見られたことはとても嬉しい。

 その発端があの女というのは、とても憎らしいが。


 まったく、あれだけ殿下に良くしていただいているんですもの。

 もし仮に学園生活を楽しめていないなどと、戯言を仰ってみなさいな。

 子々孫々に至るまで、この私が呪って差し上げますからね。


 ルナリアに人の呪い方などわからないのだが。

 そんなことを考える。

 『闇の帝王』ならば呪いなども使えるのだろうか。


 そのために闇落ちなどしようものなら、本末転倒というものですわ……。


 まあ、全ては仮定の話である。

 リーリエ・ソルアは、分不相応にも学園生活を楽しんでいるらしい。


 殿下自らが面倒を見ているのである。

 当然といえば、当然だ。


 まあ、そろそろ殿下が解放される時期なのでございますけれどもね!


 前世の記憶があるルナリアは『識って』いる。

 もうすぐ、ゲームにとっても学園にとっても大きなイベントがあることを。

 そして、その関係で殿下とリーリエ・ソルアが共に昼を過ごさなくなることを。


 ほほほっ! 好き勝手できるのもここまでですわよ~!


 ルナリアは、その日が近付いてきていると思うと気分が良かった。

 とはいっても、リーリエ・ソルアは一年ずっと中庭で昼食を取る。

 あの女が他に場所を知らないというのもあるが。

 そのため、ルナリアが中庭で昼食を取れる日はもう来ないのだ。


 そう考えると寂しいですわね……。


 お気に入りの場所が使えなくなるというのは、寂しい。

 しかもあの女のせいで、というのはかなり腹立たしい。

 しかし、将来のためには仕方ない。

 闇落ちルートから逃れるためには、あの女から逃げ続けるしかないのだ。


 もう中庭を使えないことは寂しい。

 寂しいし、腹立たしい。

 しかし、殿下が解放される日が近付いていると思うと気分は晴れやかだ。


 ついに、武芸大会が来月に迫ってまいりましたわ。


 武芸大会とは。

 学年内でトーナメントを作成し、剣術や魔法を用いて競い合う催しである。


 この催しは全員参加だ。

 そして、この催しのための委員会が臨時で発足する。

 大会運営の主力も、生徒である。


 この学園は、生徒の自主性を重んじている。

 というよりも、運営能力がなければ、今後家督を継いでも家を没落させるだけである。

 貴族の子息女が通うこの学園では、先生方はサポート要員だ。

 教えることは教えるから、自分たちでやってみろということだ。

 自主性を育てるための良い学園だと、ルナリアは感じている。


 我々には必要なことでございますしね。


 そう考えてみると、リーリエ・ソルアの奇行も自主性と言えなくもないのだろうか。

 まさか、その範囲であると思われて先生方はあの女を止めないのだろうか。

 それとも、王家すらも気にする大事な『光の巫女』だから、止められないのだろうか。


 後者だとしたら、先生方の苦労に泣けてきますわね。


 学園の平和やしきたりを乱す生徒を、注意することすらできないだなんて。

 きっと先生方の心の中も苦しいことだろう。


 ゲームの中で、先生方というのは存在感がほぼない。

 出て来てもいわゆるモブ扱いだ。

 背景と言っても遜色ない。


 先生方の無念を晴らして差し上げたいですけれども。


 ルナリアは、頬に片手を当てて溜息をつく。

 とても残念な気持ちでいっぱいなのだ。


 私もリーリエ・ソルアには注意できませんのよ……。


 それどころか、近付かないように立ち回っている。

 先生の無念を晴らす日は来ないだろう。

 先生方が無念に思っているかどうかは、知りようがないが。


 ルナリアがそんなことを考えていると、先生が教室に入ってきた。

 本日の授業はすべて終わっている。

 今は、帰る前に担任が連絡事項を伝える時間なのだ。

 前世の知識でいうところの帰りの会、HRといったところである。


 「来月に武芸大会が予定されているのは、皆さまご存知ですね」


 先生の発言に、ルナリアの目が輝く。

 待ち望んでいた時が来たのだ。


 「本日は、武芸大会の実行委員を決めたいと思います」


 ルナリアは、この話題が出る日を心待ちにしていたのだ。

 すっと、ルナリアが真っ直ぐに手を上げる。


 「私が、立候補いたしますわ」


 各クラスから1人、選出される実行委員。

 リヒャルト殿下は、これに立候補する。


 生徒会長でもある殿下には、仕事が集中しすぎるのではないか。

 当然、懸念する声は上がる。

 しかし、殿下にはどうしても実行委員になりたい理由があった。


 殿下は、武芸大会に出場できないのである。


 王族であるリヒャルト殿下を前に、全力で戦える者はそういない。

 いたとして、それは命を狙っている可能性がぐんと上がる。

 勿論、純粋な武芸を競いたい者もいるだろう。

 殿下は魔法にも剣術にも秀でた人だ。


 しかし、そんな純粋な人はかなり少ないだろう。

 また、間違いが起こってからでは遅い。

 取り返しのつかない、尊い血筋なのだ。


 貴族の子息女が通う学園である。

 勿論、再起不能になるような怪我を負わないような結界は張られている。

 しかし、王族を狙えるチャンスを与えて良い理由にはならない。

 貴族と王族は、違うものだ。


 そういう理由で、リヒャルト殿下だけは出場権がない。

 全校生徒が出場する武芸大会において、王族だけが例外として出場してはならない。


 リヒャルト殿下は、それを指を加えたまま見ているような人ではない。


 せめて実行委員としてだけでも関わらせてほしい。

 全校を上げた催しなのだから。


 そう言って、実行委員に立候補するのだ。

 殿下にそこまで言われて、断れるものなどこの世にはいない。


 そうして殿下は、武芸大会の実行委員となる。


 これは、ゲームのシナリオだ。


 そうして忙しくなった殿下は、昼休みの時間も使うようになる。

 そもそも、実行委員の集まりが昼休みに食事を取りながらということもある。


 こうして、リヒャルト殿下とリーリエ・ソルアが昼に会うことはなくなるのだ。


 ルナリアは、ゲーム知識でこの情報を知っていた。

 リヒャルト殿下が実行委員になることを知っていた。


 ならば。


 私が立候補しない理由は、ございませんわよね!


 ゲームでのルナリアがどうしていたかは、わからない。

 シナリオ進行に関係がないため、描写されなかった。


 もしかしたら、リヒャルト殿下の性格を読んで立候補していたかもしれない。

 もしかしたら、面倒くさがって立候補していないかもしれない。


 それは、今のルナリアにはわからないことだ。


 しかし、ゲームの知識を持っているルナリアは違う。


 リーリエ・ソルアと顔を合わせずにすみ、リヒャルト殿下と会える。

 そんなチャンスを、逃すわけがないのだ。


 「ルナリア様以外に、立候補したい方はいらっしゃいますか?」


 先生が全体に問い掛けるが、返事をするものはいない。


 それも当然だ。

 公爵令嬢が手を上げているのに、ここで否を唱えられるものはいない。


 これがルール決めなどの、もっと重い採決であったのならば。

 あるいは、声を上げる者が居たかもしれない。


 しかし、学校の催しの実行委員である。

 その程度といっては、学園に申し訳ないが。

 だがその程度で、ルナリアの機嫌を損ねようと思う者はいない。


 「それでは、ルナリア・エスルガルテ様。よろしくお願い致しますね」

 「お任せください。立派に務め上げてご覧に入れますわ!」


 こうして、ルナリアは希望通りに武芸大会実行委員の座を手に入れたのである。


 これでやっと、やっと、学園内で殿下とお会いできますわ……!


 週に一度は必ず会える。

 それは分かっている。


 しかし、殿下と会う時間は1秒だって多い方がいい。

 それをこの1か月、ルナリアは我慢していたのである。


 勿論、自分が決めたことだ。

 将来の自分のために選んだことだ。


 学友と過ごす昼休みというものも、楽しかった。

 あまり女生徒と交流してこなかったルナリアにとっては、新鮮な時間だった。

 そんな時間を得られたことは、ルナリアの良い思い出となることだろう。


 だが。

 しかし、である。


 それでも寂しいと感じることは止められない。


 いつだって、ルナリアの最優先事項はリヒャルト殿下である。


 学園という特別な空間で会いたい。

 そう願っても、何もおかしくないだろう。


 ふふふ、待っていてくださいね、リヒャルト殿下!


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