第22話 待ち遠しくて夜もぐっすりですわ

 本日の学園は、武芸大会実行委員を決めたら終わりだった。

 帰り支度を終えたものから、教室を出ていく。

 ルナリアは本日もいつも通り、ゆっくりと帰り支度をしている。


 ちらりと、訓練場を見る。

 あそこに攻略対象の誰か。

 あるいはリーリエ・ソルアが出てきたら、教室を出る。


 その流れにしてから1か月が経過した。

 まだ1度も、リーリエ・ソルアと鉢合わせの危機に陥ったことはない。


 こんな素晴らしい作戦を思い付くなんて、流石ですわ。


 ルナリアは、自分の作戦が成功していることを誇らしく感じる。

 

 もしもリーリエ・ソルアの持ち物が無くなったり、壊されたりしたら。

 教室を一番最後に出る自分が疑われるのではないか。

 そういう懸念がずっとあった。

 しかし今のところ、そういった事件は起きていない。


 まあ、いじめの筆頭だった私が大人しくしておりますしねぇ。


 名だたる殿方に馴れ馴れしいことや、貴族の風習に疎いこと。

 それ故にあの女を疎ましく感じる女生徒は多い。


 しかし、殿下の婚約者であるルナリア・エスルガルテが静観を決め込んでいる。


 そんな中で動きを見せようという女生徒は、この学園にはいなかった。

 ルナリアとしては、嬉しい限りである。


 大きなイベントのない日は、この作戦で乗り切れますわね。


 窓の外、訓練場を見る。

 そこでは、レーヘルン・バルムヘルテが女生徒に囲まれながら笑っていた。


 訓練場を何だと思っているのかしら。


 ルナリアは、思わず半眼になる。

 しかし、彼がどこで何をしていようと関係ないことだ。

 少々気分が悪いものを見せられたが、置いておこう。


 ルナリアは、鞄を持って席を立つ。

 教室を出れば、廊下にはもう誰もいない。

 静まり返った校舎を歩くことも、すっかり慣れてきた。


 階段を降りて、下駄箱まで行く。

 靴を履き替えて外に出れば、そこにはまだ人が残っていた。


 ベンチに座って雑談している方々。

 図書室から出て来て帰ろうとしている方。

 訓練場へ向かおうとしている方。

 ティーポッドを持っている学園メイドもいる。


 それでも、リーリエ・ソルアだけは絶対にいない。

 あの女は今頃、イベントスポットの何処かにいる。

 攻略対象と親密度を上げているかもしれない。

 1人で能力値を上げているかもしれない。


 詳細はわからないけれど、絶対に鉢合わせることはない。


 本日も逃げ切ってみせましたわよ!


 ルナリアは、意気揚々と門までの道を歩く。

 そうして馬車に乗れば、もうリーリエ・ソルアを気にする必要はない。

 安らぎの時間が待っている。


 本日は無事、武芸大会の実行委員にもなれましたし。


 馬車がゆっくりと走り出す。

 問題なく1日を終えられたことに、ルナリアは安堵するのだった。





 「それで、何を持っていくのがよろしいと思いまして?」

 「実行委員の話し合いをする場なのですよね?」

 「そんなことはわかっておりますわよ!」


 ルナリアは、実行委員で集まる日のためにベルーナに相談をしている。

 お茶菓子か何かを持参した方が良いのか。

 するならば何が良いか。

 実行委員会が終わった後に、殿下とお茶をする時間があるか。

 あるならば何を用意した方が良いか。


 そういったことを、一気に相談した。

 ベルーナは、表情を変えずにルナリアを見ていた。


 「ああ、久しぶりに殿下と学園でお話できる日が楽しみですわ!」


 ベルーナには、リーリエ・ソルアのことを伝えている。


 流石に前世の記憶でここがゲームの世界だと知った話だとか。

 己が婚約破棄されて闇落ちして『闇の巫女』となり『闇の帝王』を復活させるだとか。

 『闇の帝王』もろともリーリエ・ソルアに倒されるだとか。

 そういった話はしていない。


 話したのは、現在起きていることだけだ。

 光魔法を使う平民の転入生が来たこと。

 殿下が王太子としても生徒会長としても転入生を気に掛けていること。

 そのせいで、リーリエ・ソルアが殿下にべったりとくっついていること。

 その様子を目にしたら何をするかわかったものじゃないから、近付かないようにしてること。

 そのため、学園で殿下とお会いできる時間が少なくなったこと。


 そういったことを伝えている。


 仮に伝えていなかったとしても、お茶会の様子で察していただろう。

 ベルーナはそれくらい聡い侍女である。

 ルナリアは、それでも彼女に知っていてほしくて伝えた。

 愚痴を言う相手が欲しかっただけ、と言ってしまえばそれまでだが。


 「委員会で発言される殿下はきっと、凛々しいのでしょうね……」


 今から楽しみだとルナリアがうっとりする。

 ベルーナから、ついにため息が漏れた。


 「ちょっと、失礼ですわよ」

 「いえ、お嬢様が実行委員に立候補するなど意外でしたので」

 「……まあ、殿下に会えておりましたら絶対やりませんでしたわね」


 学園の行事に時間を割こうなどと、ルナリアは今まで考えてこなかった。

 それよりも、将来の王太子妃に相応しくあれるように。

 学べることは今の内にとことん学んでおきたい。

 そのように考えて、屋敷に戻ってからも勉学の時間に当てている。


 今だって、それは変わっていない。


 ただ、少しだけ帰りの時間が遅くなった。

 人が居なくなってから帰るからだ。

 もちろん、その分教室で読書をしている。

 それでも、昨年までと比べれば勉学に充てている時間は少し減っている。


 学園でも殿下とお会いしたくて、つい立候補してしまった。

 しかし、もっと勉学に時間を充てるべきだったろうか。

 ベルーナのため息は、そういうことなのだろうか。


 ルナリアは、自分の決定が間違いだったのかと不安になる。

 しかし、その不安は次のベルーナの一言で吹き飛ばされた。


 「今まで実行委員などされてきたことがありませんのに、お役目をこなせるのかと……」

 「あなた、私をなんだと思ってますのよ!」


 想像していたよりも失礼なことを言われた。


 「将来、リヒャルト殿下のお隣に立つ私が、実行委員の1つや2つ出来ないわけがありませんでしょう!」

 「ですが、お嬢様の頭の中は殿下のことで手一杯のようですし」

 「それが何か!?」

 「殿下に見惚れて、会議の話を聞いてないなどあってはいけませんよ?」

 「それは……」


 確かにちょっとありそうではある。


 「いえ、いくらなんでもきちんと話は聞きますわよ」


 いくらなんでも、切り替えるべきところは切り替えられる。

 現に、会いに行きたくても我慢できているのだから。


 「その割には、差し入れや殿下のことばかり気にされておいでですので、つい気になってしまいました」

 「まだ顔合わせもしていない委員会で話す内容を考えたって、情報が足りませんわよ」

 「本心は?」

 「殿下と会うために立候補したのですもの、最低限しかやりませんわ」


 正直、実行委員そのものには興味がない。


 「って、何言わせますのよ!」

 「お嬢様らしくて安心いたしました」

 「お待ちになって! 安心しないでくださいまし!」

 「ルナリアお嬢様はこうでなくては……」

 「私をなんだと思ってますのよー!」


 ベルーナが、ルナリアの全身を拭きあげる。

 寝間着を着せられ、部屋の鏡台の前へと移動した。


 「お嬢様は、美しく聡明でいらっしゃいます」


 美容液を綿に浸み込ませながら、ベルーナが言う。


 「そして、大変愛情深い御方でいらっしゃいます」


 美容液がたっぷり浸み込んだ綿が、ルナリアの肌の上をすべっていく。


 「私は、そのように思っておりますよ」

 「ベル……」


 鏡越しに、目が合う。


 「あなた、面白がっているでしょう」

 「はい、それはもう」


 無表情のまま、ベルーナが頷いた。


 「正直に言えばいいってもんじゃありませんわよ!」

 「え、そうなのですか?」

 「無駄なすっとぼけはやめてくださいます!?」


 ベルーナが、香油を手に取る。


 「色々言いましたが、お嬢様のことですからしっかりお役目をこなせると思っておりますよ」


 ルナリアの髪にしっかりと馴染ませていく。


 「お嬢様は、お役目のために一生懸命になれる御方ですからね」


 寝支度が整った。


 「それでは、私は下がらせていただきますね」

 「ええ、おやすみなさい、ベル」

 「はい、おやすみなさいませ、ルナリアお嬢様」


 ルナリアの部屋から、ベルーナが出ていく。


 「殿下に盲目なところが玉に瑕ですが」


 ドアが閉まる直前、そんな台詞が聞こえた気がした。

 まあ、気のせいだろう。

 そう思い、ルナリアはベッドに入る。


 いつから委員会が始まるのか。

 いつから殿下と沢山お会いできるのか。


 それが待ち遠しくて。

 楽しみで仕方がない。


 そう思いながら、眠りに入った。





 「そういうわけで、招集されるようになったらご一緒できなくなるかもしれませんわ」


 次の日の昼休み。

 カナリエたちと4人で取る食事が、すっかり当たり前となった。

 なので、実行委員になったことを伝えた。


 「まあ、私たちのクラスはリヒャルト殿下が立候補されましたのよ」

 「お2人とも学園の催しのために尽力されるなんて、素晴らしいですわ」

 「今年の武芸大会は、例年にも増して素晴らしいものになることでしょうね」


 大丈夫ですわ。

 リヒャルト殿下がいる時点で、素晴らしい催しになることは必然。

 つまり、殿下がいらっしゃる3年間の催しの成功は約束されたものなのです!


 そう力説したかったが、口の中に食べ物が入っていてできなかった。


 よく噛んで、飲み下す。


 「皆様、持ち上げ過ぎですわ。ですが、殿下と共に尽力できることは楽しみでございますわね」


 喋りすぎないことも、淑女には必要なことだ。

 ルナリアは、ナプキンで口元を拭う。


 「将来、国の頂点に立つお2人のお力をこんなところで見られるなんて」

 「楽しみが増えましたわ」

 「私たちで貸せる手がありましたら、いつでもご用命くださいませね」

 「まあ、皆さま嬉しいですわ。私は学友に恵まれておりますわね」


 ルナリアは、口元を手で隠して笑う。


 なんだか期待が重いものになってきている気がする。

 確かに、将来の王太子と王太子妃が関わるのだ。

 そのように見られても仕方ないのかもしれない。


 でも、考えてみてもほしい。


 これは、毎年恒例の武芸大会なのである。

 伝統に則って、学園で磨いた腕を認め合うための催しなのである。


 伝統通りに行うつもりしかない。


 新しい催しでもあるまいし、私の出る幕などありませんわよ。


 まあ、何かを決めるのは過去10年分の開催記録を読んでからだ。

 ルナリアは、そう思っている。


 今朝、図書館に行けばよかったですわね。


 まだ借りている本が読み終わっていないからと、図書室へ寄らなかった。

 今借りている本を早く読み終われせて、明日借りるか。

 それとも、放課後に図書室に寄るか。


 でも、そのためにはリーリエ・ソルアの行動を把握しないといけませんし。


 ふと、そこで大事なことに気が付く。

 委員会に招集されるのは、昼休みか放課後である。

 しかし、家業の手伝いや家督相続のための勉学に忙しい生徒が多い。

 放課後に時間を取られることを嫌がる生徒は少なくない。

 そのため、昼休みに招集されることがこの学園の普通だ。


 昼休みという短い時間で会議をしなくてはいけない。


 いや、そうでなくとも始まりの時間は決まっているだろう。

 遅刻していくことなど、ありえない。


 どうやって、リーリエ・ソルアの移動と被らないように招集に応じればよろしいんですの!?


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