第23話 殿下との学園生活、再び

 「最後に、ルナリア・エスルガルテ様」

 「はい」


 全ての授業が終わり、帰る前の時間。

 担任に名前を呼ばれたルナリアが、返事をする。


 「明日の昼休みから、武芸大会の実行委員は会議室に集まるようにとのことです」


 ルナリアの心臓が、ドキリとする。

 表情は意地でも変えなかった。


 「よろしくお願いいたしますね」

 「承知いたしましたわ」

 「それでは、本日はこれで終わりです。皆さま、お気をつけてお帰りくださいね」

 

 担任はお辞儀して、教室を出ていく。


 それから、友人と話を始める者。

 さっさと教室から出ていく者。

 各々の行動を取り始める。


 ルナリアは、ため息をつきたい気持ちを我慢して帰り支度を始める。


 まだ作戦が決まっておりませんのに、明日から委員会が始まってしまうなんて……。


 資料集めと、会議室に行くまでの作戦考案。

 どちらを優先させるべきだろうか。

 ルナリアは、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。


 これならば殿下にお会いできる、としか考えておりませんでしたわ。


 慎重に移動しなくてはいけないということを、すっかり忘れていた。

 いかに昼休みを安全に過ごしてきたかが、よくわかる。


 カナリエ様とシェニーネ様に頼り切っていたという証拠ですわね……。


 リーリエ・ソルアが移動してから、彼女たちが迎えに来てくれる。

 そのため、昼休みは安全に移動することが出来ていた。

 教室に戻る時だって、4人で話しているので桃色が視界に入ることはなかった。


 ちらりと見えても、桃色の位置によって速度を速めるか遅くするか。

 彼女たちは事情をよくわかってくれている。

 ルナリアを見て、何も言わずに合わせてくれていた。


 本当に良き学友を持ちましたわ……。

 それはとても嬉しい、嬉しいのですけれども……!


 こんな弊害が出るなんて、思っていなかった。

 今度彼女たちに何か差し入れでも持ってこようか。

 日頃の感謝を込めて。


 それにしても、何かいい案はないかしら……。


 いつも通り訓練場を見ながら、ルナリアは必死に考える。

 しかし、いくら考えても何も思い浮かばない。


 今は一旦落ち着いて、読書をするべきかしら?


 早く読み終わらせて、図書室で資料を借りたい。

 そのことだって忘れていない。


 本日中に何か思い付けばそれで良いのですし、今は頭を冷やしましょう。


 ルナリアは、借りている本を開く。

 教室から、人が減っていく。

 ページをめくる時に窓の外を確認する。

 訓練場には、まだ誰も現れない。


 ルナリアは、読書を続ける。

 3ページほどめくった時だった。


 訓練場に、まばゆい程の光が溢れた。

 いや、リヒャルト殿下が現れたのだ。


 本日は当たりの日ですわ……!


 ルナリアは、学園で殿下と会うことができなくなった。

 稀に訓練場に現れる殿下を見ることでしか、その顔を見ることは叶わない。


 ああ、麗しい限りでございます……。


 明日には、堂々と顔を合わせられるのかと思うと楽しみで仕方がない。

 ルナリアは、うっとりと殿下を眺める。

 しかし、そのひと時を奪う存在も訓練場に現れた。


 あ、あの女……!


 桃色の髪の少女が、リヒャルト殿下に駆け寄る。

 リーリエ・ソルアである。

 笑顔で語り合う2人。

 楽し気に、リヒャルト殿下の肩に触れる厚かましい女。


 さっさと帰りましょう!


 これ以上見ていると、窓からあの女の頭上目掛けて飛び出しそうである。

 不快なものは視界に入れない。

 ルナリアは、教室を出た。


 あら、あの女が訓練場に来たということは……。


 図書室には、あの女は来ない。

 ならば、資料を読みに行くチャンスではないだろうか。


 いえ、帰りのタイミングがわからなくなりますわね。


 資料の貸し出しを頼むとなると、今借りている本を返さねばならない。

 同時に複数冊を借りることはできる。

 しかし、既に本を借りている状態では追加で借りられないのだ。


 読み途中の本を返してしまうか。

 いや、折角だからきちんと読み切ってしまいたい。

 仕方がない。

 諦めて、今日のところは大人しく帰ろう。

 そして今夜中に本を読み終わらせて、朝に資料を借りよう。


 結局のところ、その作戦が一番安全だろう。

 ルナリアは、どうにか桃色の髪を見たことを忘れようとした。


 そうです。

 私は何も見てはいないのです。


 黄金の隣に分不相応にも並ぶ桃色など見ていない。

 だから、あの女が今どこにいるかはわからない。

 図書室にいるかもしれないので、近づけない。


 あの女が訓練場に現れたことなど、私は知りませんわ!


 記憶から桃色を押しやって、黄金だけを思い出す。

 今日は上から覗くだけだったが、明日は正面から見られる。

 それを楽しみに、ルナリアは帰路についた。





 結局、何も思い付いておりません。


 無事借りた本を読み終わり、図書室に返却した。

 しかし、過去の資料は図書室になかった。

 資料室にあるだろうとの話だった。


 資料室となると、また移動に注意を払わなくてはいけませんわね……。


 今、ルナリアがいるのは教室が並ぶ本校舎だ。

 その本校舎を挟むように、職員棟と多目的棟がある。

 図書室があるのは、多目的棟。

 実行委員会が開かれる会議室があるのは、職員棟だ。

 そしてその会議室の隣に、資料室がある。


 そこから、資料を探さないといけないらしい。

 しかもそれは持ち出し禁止とのことだ。


 我が家の資料は全て製本されておりますから、盲点でしたわ。


 まさか、紙を簡単に束ねているだけなので持ち運び禁止だなんて。

 エスルガルテ家は、その年に領地内で起きたことは本にまとめ上げる。

 何年後に読み返すかわからないからだ。


 企画書や報告書と考えれば、確かに製本はしないですわよねぇ。


 学園の催しだ。

 当然、読み返される想定で製本しているだろうと思い込んでいた。

 これは完全にルナリアの落ち度だ。

 当たり前のことだと、思い込んでしまった。


 どの時間帯でしたら、安全に読むことができますかしら。


 それとも、読まなくてもいいのだろうか。

 読み返される想定をしていない資料だ。

 危険を冒してまで読むようなものではないのだろうか。


 ですが、全く読まずに武芸大会に臨むというのも不安が残りますわね。


 ルナリアは、幼い頃からの研鑽で出来上がっている。

 一度見れば忘れないような天才型ではない。

 毎日こつこつと何度も施行して、やっと身に付けられる。


 作法においても。

 勉学においても。

 魔法においても。


 次の日にはさらりとこなしてしまったリヒャルト殿下とは、違うのだ。


 やはり、事前知識を付けてから会議に臨んだ方がよろしいのではなくて?


 そんなことも知らないのかと思われたくない。

 そんなことも分からないのかと見下されたくない。


 いつだって、リヒャルト殿下の婚約者として恥ずかしくない自分でいたい。

 そもそも、いつどこでどのように値踏みされているのかわからないのだ。

 それが、王太子の婚約者というものだ。

 こんなところで笑いものにされては、リヒャルト殿下の名を汚してしまう。


 とは意気込んでみましても。


 どうすれば安全に資料室に行けるのだろうか。

 そもそも昼休みの安全な移動方法も思い付いていない。


 どうして私は立候補してしまったんですのよ!


 殿下に会いたかったからだ。

 学園でも殿下とお話したかったからだ。

 そんな単純な願いのはずなのに。


 何故こんなにも回りくどいことをしなくてはなりませんの?


 それもこれも、あの女のせいである。

 それとも、このゲームを作った人が悪いのだろうか。

 前世の自分は楽しくプレイしていたようだが。

 ルナリアにとっては疫病神にもほどがある。


 私の人生をなんだと思ってますのよ!


 見も知らぬ誰かに怒りを向けていると、始業のチャイムが鳴った。

 今朝は、本を何も借りてこなかった。

 良い暇つぶしになったと、前向きにとらえよう。


 ルナリアは姿勢を正す。

 自分の悲運を嘆いてばかりはいられない。


 授業は真面目に聞かねばなりませんわ!


 品行方正。

 淑女の鏡。


 それがあるべきルナリア・エスルガルテの姿なのだ。

 ルナリアは、真面目に授業へ取り組んだ。


 そして、午前の授業が全て終わる。


 つまり、昼休みになってしまった。

 武芸大会の実行委員が招集されている、昼休みに。


 結局、何の作戦も思い付かずに時間を迎えてしまいましたわ。


 ルナリアは、教科書を鞄にしまう。

 そして、久しぶりのお弁当を取り出した。


 廊下に出ることがこんなに怖いのは、2度目ですわね。


 うっかりばったりあの女と鉢合わせたらどうしよう。

 このお弁当を叩きつけてしまうかもしれない。

 あの女が料理を頭からかぶってぐちゃぐちゃになるのは、どうでもよい。

 しかし、そうなっては食材と作ってくれたシェフに申し訳が立たない。


 でも、鉢合わせたら絶対に何かしらを投げつけてしまいますもの。


 ルナリアには、その自信があった。

 1か月分の苛立ちや今後への不満を乗せて、何かしら投げつけないと気が済まない。

 淑女とか考えてる場合ではない。

 反射で投げつけてしまう自信があった。


 でも、すぐに教室を出ないと間に合わない。

 なにせ、校舎を移動しなくてはならないのだ。

 考えている時間など、ほとんどない。


 もう潔く、行くしか道は残されておりませんのね……。


 ルナリアは、腹を括る。


 女を見せる時ですわ、ルナリア・エスルガルテ……!


 気合と共に、ルナリアは席を立つ。

 もちろん、こんな時でも椅子を引きずる音なんて立てない。

 何故なら淑女であるから。


 いざ、まいりましょう……!

 

 キッと、ドアを睨んだ時だった。

 教室のドアが、ゆっくりとスライドした。


 「失礼、ルナリアはまだいるかな?」


 ドアの向こうから現れたのは、光だった。

 違う、リヒャルト殿下だった。


 「リヒャルト殿下、どうしてこちらに……?」

 「あ、よかった。まだ向かってなかったんだね」


 ルナリアは首を傾げる。

 カナリエたちの話によれば、殿下も実行委員だ。

 もう会議室へ向かわなければならないだろう。

 なのに、何故1番遠い教室までやってきたのだろうか。


 「カナリエ嬢から、ルナリアも実行委員になったと聞いてね」


 なんということだ。

 あの学友は、そんな親切までしてくれたのか。

 なんて優しい学友に恵まれたのだろう。

 既にどう恩返しすれば良いのか、ルナリアにはわからない。


 「階段までリーリエ嬢と一緒だったんだけど」


 まあ、殿下。

 折角上がりに上がったテンションを下げる魔法の一言を仰るなんて。

 本当に、私の気分は殿下の一言で乱気流のようになりますわ。


 ちなみに、墜落した先には破滅エンドが待っている。


 私の心をこんなにもかき乱せるのは、殿下だけですわ!


 「君のことを思い出して、迎えに来たんだ」


 そう言って、手を差し出してくる殿下。

 まるで絵本の中の王子様や騎士様のよう。

 実際、王太子なのであるが。


 「よかったら、一緒に行かないか?」


 こんな最高の逃げ方、運を使い果たしてしまうのではなくて……!?


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