第24話 何にも代えられない時間

 「ルナリアと並んで校舎を歩くのが、随分久しぶりに感じるよ」

 「まあ殿下、たったの1か月ですわよ」

 「そうか、最高学年に上がってから顔を合わせる時間がなくなったんだったね」


 ルナリアとリヒャルト殿下が、並んで階段を下っていく。

 生徒たちは、邪魔をしないようにと端に寄る。

 そして、うっとりと2人を見ていた。


 そうでしょう、そうでしょう。

 リヒャルト殿下はうっとりするほど美しい御方でしょう!


 ルナリアは、リヒャルト殿下と歩いているといつも鼻が高かった。

 皆がリヒャルト殿下に見惚れている様が、誇らしかった。

 我らが国の王太子殿下は、こんなにも素晴らしいのだと。

 皆に教えて回りたかった。


 まあ、私が教えずとも皆さま理解しておいででしょうしね!


 ちらりと殿下を見る。

 真っ直ぐ前を向いた横顔の、なんと凛々しいことか。


 ああ、いつまでも眺めていたい……。


 「ルナリア」

 「はい、リヒャルト殿下」


 ルナリアは、突然名前を呼ばれて飛び上がりそうになった。

 それでも平静を装って、返事をする。


 「君が実行委員になるのは、初めてだったように思うのだけれど」

 「まあ、殿下。仰る通りですわ」


 覚えていてもらえたこと、気付いてもらえたことに感激する。

 逆に殿下は、様々な学園行事に積極的に関わってきた。

 委員に立候補などしなくても、1年の頃から生徒会長を務めあげているのだ。

 どうあっても関わらざるを得ないというのに。


 なのにリヒャルト殿下は、あえて積極的に関わってきた。

 生徒思いの素晴らしい方である。

 ひいては、国民思いの素晴らしい王になることだろう。

 ルナリアは、その時が来ることを心待ちにしている。


 それを隣で見られるなんて、私は幸せ者でございます。


 婚約破棄されなければの話であるが。

 ルナリアは、行き着いたその考えに少し傷付く。

 しかし、シナリオに抗っているのだ。

 婚約破棄自体がなくなる可能性だって、充分にある。

 今はそれを希望に、生き抜いてみせるしかない。


 「正直なところ、君がこういうものに立候補するのは少し意外だったよ。妃教育を最優先にしていただろう?」

 「もちろん、その気持ちは今も変わっておりませんよ」


 妃教育を疎かにし始めていると思われてしまっただろうか。


 違うのです、殿下。

 そのようなつもりは、断じてないのです。


 今だって、でき得る限り指導を入れてもらっている。

 減ってしまった分は読書で補うようにしている。


 ただ、殿下と少しでも一緒に居たいだけで。

 ただ、殿下と少しでも長くお話したいだけで。


 「ただもう少し、学園生活を楽しんでみたいと思っただけですわ」

 「そうか。最後の学年だからね。その考えは素晴らしいと思うよ」

 「本当ですか!?」


 殿下に褒められた。

 ルナリアの気分が、急上昇する。

 妃教育を疎かにしているという誤解も解けただろうか。


 「あまり時間はありませんけれど、沢山楽しみましょうね、殿下」

 「ああ、そうだね」


 学園生活の醍醐味といえば、なんだろうか。

 考えてみるけれど、思い付かない。


 昼食を共にする。

 沢山お話をする。


 どれも殿下とやってきたことだ。

 そして、今年からできなくなってしまったことだ。

 リーリエ・ソルアに奪われた、ルナリアの日常だったものたちだ。


 やはり、殿下と共に過ごす時間を取り戻すしかない。

 しかしリーリエ・ソルアがいる以上、その時間を作ることはかなりの難題だ。


 いえ、少なくとも1か月は殿下と昼休みを共に過ごせます。


 それだけでも、かなり取り戻したと言えるだろう。


 「殿下、次の会議の時も、こうしてお迎えに来てくださいますか?」

 「まだ始まってないのに、もう次の話かい? はは、ルナリアは気が早いね」

 「それだけ嬉しかったということですわ。笑わないでくださいまし」

 「そうか。それでは、大事な姫をエスコートさせてもらう栄誉をいただこうかな」

 「ええ、喜んで」

 

 大事な姫。

 その言葉を、ルナリアは噛み締める。

 何度も何度も頭の中で反芻させる。


 リヒャルト殿下に、そのように言ってもらえるなんて。


 エスコートさせてもらう栄誉だなんて。

 むしろ、エスコートしてもらえる栄誉をこちらが貰っている。

 リヒャルト殿下から、貰ってばかりだ。


 嬉しさも、悲しさも。

 楽しさも、妬ましさも。


 どんな感情だって、リヒャルト殿下にいきつく。


 こんなに沢山のものを、もらってばかりでよろしいのかしら。


 ルナリアに返せるものはあるのだろうか。

 いや、返すために沢山のことを学んでいるのだ。


 いざという時、殿下の役に立つために。


 いつか、殿下に返せる時が来るだろうか。


 でもその時が来るまでに、また沢山のものを貰うのだろう。

 一生を掛けても、返しきれない気がする。


 それくらい、リヒャルト殿下はルナリアの1番大切な場所にいる。

 婚約して間もない頃、まだ幼かった時から。

 ずっとずっと、ルナリアの1番大切な場所を占めている。


 リーリエ・ソルアさえ、いなければ。


 そう思うことは少なくない。

 けれど、現れてしまったものは仕方がない。

 もう今更ルナリアにはどうしようもない。


 やはり、生き延びたいですわ。


 ゲームのような惨めな死に方は嫌だ。

 何もかもを奪われたまま死んでしまうなんて嫌だ。


 なかったことのようにされるなんて、嫌だ。


 『闇の帝王』を倒した後、ルナリアに対する描写は何一つとしてない。

 彼らがルナリアの死をどのように思ったのか。

 そんなものは一切出てこない。


 何事もなかったかのように。

 攻略対象はヒロインに告白をする。

 そして、結ばれて終わり。


 世界の危機なんて、なかったかのように。

 悪役令嬢の死なんて、なかったかのように。


 ヒロインを中心に、世界は進んでいく。


 そんなの、惨めすぎますわ。


 ゲームのような惨めな死に方は、絶対にごめんだ。


 殿下に何も返せないままなのも嫌なのに。

 それなのに。


 絶対に、生き延びてみせますわ。


 そうして、殿下をお支えするのだ。

 婚約破棄されなければ、妃として。


 もしも婚約破棄が回避できないのなら。

 あまりそのことは考えたくないけれども。

 どうしても、回避できないのならば。


 せめて。

 せめて、臣下として。


 殿下のお傍に居させて欲しい。

 これまでいただいたものを、返させてほしい。


 それくらいは、願っても許されますわよね?


 隣を歩くリヒャルト殿下の横顔を見る。


 大丈夫ですわ。

 殿下は、大変お優しくいらっしゃるから。

 だからリーリエ・ソルアを憐れんだだけですわ。

 少しだけ行き過ぎた私の行動や言動を、お怒りになっただけですわ。


 だから、大丈夫ですわ。


 リーリエ・ソルアに関わらなければ、隣にいることをお許しいただけますわ。


 あの忌々しい女と、顔を合わせなければいいだけ。

 それだけで、未来は大きく変わる。


 どうか、殿下と共に歩める未来をくださいませ。


 いや、違う。

 誰かに願うものではない。


 必ずや、殿下と共に歩んでみせましょう。


 そうだ。

 その心意気が大切だ。

 欲しいものは、自分の手で勝ち取らなければ。


 誰かに願ったところで、誰も叶えてはくれない。

 神は救ってくれない。


 だってルナリア・エスルガルテは、ヒロインではないから。


 ルナリア・エスルガルテは、悪役令嬢だから。


 自ら勝ち取りに行かなければ、破滅させられるだけだ。

 抗ってみせると決めた。

 欲しいものはすべて手に入れると決めた。


 「ねえ、殿下」

 「なんだい、ルナリア」

 「我が家のウィステリアの花が、満開を迎えましたのよ」

 「ああ、エスルガルテ家のウィステリアは素晴らしいよね。とても見応えがある」

 「ええ、私の好きな花の1つですの」

 「きっと今年も美しいのだろうね」

 「はい。是非、殿下にも見ていただきたいですわ」

 「次のお茶会が楽しみだ」

 「そう言っていただけると、私も嬉しいですわ」

 

 ルナリアは、ウィステリアの花が好きだ。

 その色は自分の色に似ている。

 もっと瞳に近い色もあるけれど、それでも近しいものを感じている。


 そして、何よりも。


 優しいあなたから、決して離れない。

 確固たる意志で、あなたの隣に立ち続けましょう。


 ルナリアが抱く気持ちに寄り添ってくれるその花を、気に入っている。

 あの花を褒められると、まるで自分のことを褒められているかのように思えるくらいには。


 「楽しみが沢山ですわね、殿下」

 「ああ、そうだね」


 学園で、できなくなったことも沢山ある。

 けれども、楽しみなことだってまだまだあるのだ。


 学園生活を殿下と楽しみたい。


 その思いは変わらない。

 そして、それが難しくなってしまったことも確かだ。


 それでも。

 少しでも多く、殿下と過ごせる日がありますように。

 少しでも多く、殿下と笑い合うことができますように。

 少しでも多く、殿下と同じ時間を過ごせますように。


 与えられた記憶を駆使して、立ち回って見せよう。

 これが幸せなことか、不幸なことかわからないけれど。

 折角、与えられた記憶だ。

 最大限に、使いこなしてみせよう。


 殿下と楽しく過ごせる時を、手にいれてみせよう。


 この委員会は、その一歩だ。


 ルナリアと殿下は、雑談を続けながら会議室へと向かう。


 そんなひと時を、積み重ねよう。

 場所は、お気に入りの中庭ではなくなってしまったけれど。

 座ってゆっくりとお茶を楽しみながらではなくなってしまったけれど。


 例え場所が変わってしまっても、共にいる時間の暖かさは変わらない。


 ルナリアは、そのことに気が付いた。


 勿論、沢山の欲はある。

 けれど、こうして学園内を歩いているのも案外楽しい。

 座る椅子がなくても、喉を潤すお茶がなくても。

 学園という特別な場所で、同じ時間を過ごしている。


 そのことが、心を暖かくする。


 学園生活を楽しむって、こういうことかしら。


 残された時間はあまり長くない。

 武芸大会の実行委員会だって、1か月も経てば解散してしまう。


 そんな限られた時間を、丁寧に楽しむこと。


 それが、学園生活の醍醐味なのだろうか。


 ねぇ、殿下。


 ルナリアは、会議室へ辿り着いてしまうことを惜しく感じた。

 この時間がずっと続けばいいのにと、そう思う。

 でも、終わってしまう時間だから丁寧に楽しめるのだとも、思った。


 殿下は、この時間を楽しんでいただけていますか?


 楽しんでくれていると、嬉しい。

 そして、殿下をもっと楽しませたい。

 そのために出来ることは、己にあるのだろうか。


 ねぇ、殿下。


 殿下は、私との学園生活を楽しんでくださっていますか?


 そうであってくれればいいと、願った。


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