第25話 第1回武芸大会実行委員会議

 ルナリアとリヒャルト殿下が会議室へ入る。

 会議室のテーブルと椅子は、四角の形に配置されている。

 他の生徒は既に着席していた。


 ドアから一番離れた2つの席が開けられている。

 一番最後に来たのは、ルナリアとリヒャルト殿下だったようだ。

 2人は、開けられている席に並んで座った。


 「皆様、集まりましたかね」


 2人が入ったタイミングを見計らったように、先生が会議室に入ってきた。

 確か剣術の先生だ。

 女生徒は剣術の授業を取らない。

 そのため、ルナリアは直接会話したことのない先生である。


 「それでは、1回目の武芸大会実行委員会を始めましょうか」


 先生は椅子に座ることなく、ドアの前で話を始める。


 「本日は、委員長と書記を決めていただきたいと思います」


 確かに、それを決めないと会議は進まない。

 先生はあくまでサポート。

 会議を直接進行するのは、委員長が決まるまでということだろう。


 「まずは委員長ですね。立候補される方はいますか」


 シンっと、会議室が静まる。

 誰も手を上げなかった。


 やる気がないのでしょうか?


 いや、違う。

 全員が、リヒャルト殿下を見ていた。


 殿下がどう出るのか見ている瞳。

 殿下にやってほしいと期待する瞳。

 種類は分かれているけれど、全員が殿下を見ていることに変わりはない。


 確かに、殿下が委員長をなさったら会議は円滑に進むことでしょう。


 それだけの力量を、殿下は持っている。

 ルナリアは、委員長として会議を取り仕切る殿下を想像する。


 格好良いに決まっていますわね!


 ちらりと、ルナリアもリヒャルト殿下に視線を向けた。

 リヒャルト殿下は、皆の視線の意図が分かっているのだろう。

 困ったような微笑みを浮かべている。


 「生憎だが、生徒会長をやっている自分が実行委員長までやってしまうのは、気が引けるかな」

 「まあ、何故ですか?」


 ルナリアは、思わず聞いてしまう。


 「殿下が取り仕切られたならば、良い委員会になると感じますけれど」

 「会議での決定に最終許可を出すのは、生徒会なんだ」


 リヒャルト殿下が、ルナリアの質問に答える。

 ルナリアの方を見て答えて、それから部屋全体に視線を配る。


 「ここで実行委員長になってしまっては、独裁の形になってしまうよ」

 「殿下は、そのようなことはなさりませんわ」


 独裁と聞いて、ルナリアは即座に否定する。

 リヒャルト殿下が、そのような愚かな真似をするわけがない。


 「ですが」


 ルナリアは、他の懸念を示す。


 「兼任することで殿下のご負担が増えることは、避けるべきことかと」

 「うん、ここには優秀な人材が揃っている。他の人に任せたいかな」


 殿下の言うとおり、1人に権力が偏りすぎることは良くないだろう。

 学園とは、社会の縮図だ。

 生徒たちは、それを勉強するために集められている。

 ゆくゆくは貴族として、民草を導く役目を担う者たちが集められているのだ。

 学園側が、生徒の自主性を重んじるのもそのためだろう。


 学園内だから、権力というには随分と小さなものだ。

 しかし、これが実社会であれば。

 確かに殿下の言うとおり、独裁となってしまう。

 また、ルナリアが懸念するように負担が大きすぎる。


 立ち合いの先生が、頷いた。


 「どなたか、立候補される方はいますか」


 もう一度、生徒たちに質問をする。

 先生の問い掛けに、立ち上がる者がいた。


 「殿下がそのように仰るならば、遠慮なく申し出よう」


 殿下の隣に座っていたその殿方に、ルナリアは見覚えがあった。


 「俺の名は、エシオン・ロワヨーテだ。皆、よろしく頼む」


 ロワヨーテ侯爵家の次男。

 殿下の隣のクラスに在籍している殿方だ。


 確か、父君は財政部の長だ。

 長男は父君に似て、頭の切れる人物と聞く。

 変わって次男のエシオンは、剣術を好んでいるらしい。

 家は長男に任せ、騎士団へ入ることを望んでいるという噂だ。


 「殿下は承知されていると思うが、俺は3年間、武芸大会の実行委員を務めてきた」


 殿下が、エシオンの言葉に頷く。

 殿下は3年間、生徒会も武芸大会の実行委員も務めている。

 事実だと皆に伝えるために、頷いたのだろう。


 「是非、このエシオン・ロワヨーテにお任せいただきたい!」


 エシオンが、握り拳で己の胸を叩いた。


 お噂では聞いておりましたが、情熱的なお方ですのね。


 学術を主に学ばせたいと思っていたロワヨーテ侯爵を、説き伏せたと聞いている。

 そうして、剣術を主に学ぶ方向に持って行ったのだと。

 意志が固いと聞くロワヨーテ侯爵を、説き伏せたのだ。

 相当の熱量を抱えたお方なのだと推察する。


 「他に、立候補される方はいますか」


 先生の問い掛けに、答える者はいない。


 「では、エシオン様。よろしくお願いしますね」

 「拝命いたしました! このエシオン・ロワヨーテ、立派に委員長を務めあげてご覧にいれましょう!」


 なんだか、扇で仰ぎたくなってきた。

 本日はそこまで暑いという印象もない、過ごしやすい日だと思ったのだが。


 「それでは、ここからは俺が進行を務めさせてもらおう」


 ルナリアがそんなことを考えていると、立ち上がったままのエシオンが話を進めた。

 

 「まずは、書記を担当してくれる者を決めたい。立候補してくれる者はいるだろうか」


 エシオンがぐるりと皆を見回す。

 ルナリアは、目が合わないように視線を逸らした。


 「あの……」


 そう言って、手を上げたのは1つ下の学年の女生徒だった。


 「おお、頼めるか!」


 こくこくと頷く女生徒は、エシオンとは違って物静かな雰囲気だ。


 「では、早速議事録を頼む」

 「あ、はい」


 女生徒は、わたわたと立ち上がった。

 会議室の隅に、紙とペンが置かれている。

 それを手に取り、元に座っていた席へと戻ってきた。

 早速、何かを書き始める。

 委員長と書記の名を書いているのだろう。


 「次は、副委員長を決めたいところだが……」


 エシオンが、時計を見る。


 「空腹では、覇気も下がるというもの。一度、昼食を挟もう」


 エシオンの言葉に、ちらほらと持参したお弁当を開封する者がいる。

 会議の進行は、よくこのように行われているのだろう。


 私もお弁当をいただこうかしら。


 ルナリアは、己のお弁当を開封しようとする。

 ふと、隣のリヒャルト殿下を見た。

 殿下は、何も用意していない。


 「殿下、お食事はどうされるご予定で?」

 「ああ、心配ないよ」


 リヒャルト殿下がそう言ったタイミングで、会議室のドアが叩かれた。


 「失礼いたします」


 学園メイドが、食事を運んできた。

 その後ろにはヴィーセンが付いている。

 運ばれてきた食事は、殿下の前に並べられた。

 並べ終わると、学園メイドは殿下の後ろの壁に立つ。


 「殿下、どうぞお召し上がりください」

 「ありがとう、ヴィーセン」


 他にも、学園メイドに食事を並べてもらっている生徒がいる。

 頼めばここまで持ってきてくれるのか。

 ルナリアは、最高学年になるまで持参したお弁当しか食べて来なかった。

 このシステムを初めて知った。


 「ルナリアも、早く食べると良い」

 「ええ、失礼いたしますわね」


 感心していたルナリアは、殿下の声に我に返る。

 そして、持参したお弁当を広げた。


 委員会には参加していなくても、ヴィーセン様はいらっしゃるのね。


 傍仕えの役目は、委員会に関係ないようだ。

 それも当然か。

 むしろ、ここまで部屋の外で待機していた方が希少なのだろう。


 それでしたら、また殿下の分のお弁当も持ってきてよいかしら。


 昨年まで、ルナリアとリヒャルト殿下は昼食を共にしていた。

 それは、エスルガルテ家のシェフが作ったお弁当を共に食べていたのである。

 そしてその毒見は、ヴィーセンが行っていた。

 いくら婚約者の持参したお弁当といえども、そのまま王太子殿下に口にさせるわけにはいかない。

 また、持参した張本人の毒見では公平性が薄れる。

 なのでヴィーセンがいないと思っていたルナリアは、殿下の分のお弁当を用意していなかったのである。


 「殿下」

 「なんだい、ルナリア」

 「次の会議では、お弁当を用意させていただいてもよろしいでしょうか」


 今年度になって、急に昼食を別にした。

 それなのに、また同じものを食べようとすることは我儘だろうか。

 それとも、会議の妨げだと思われてしまうだろうか。


 「ああ、是非お願いするよ」


 しかし、殿下は承諾してくれた。

 ルナリアは、ほっと微笑みを零す。


 「ありがとうございます、殿下」


 リーリエ・ソルアの登場によって、失われた日常。

 その最たるものが、殿下との昼食だった。


 ルナリアは、それを少しだけ取り戻せた気持ちになる。


 ここは、お気に入りの美しい中庭ではない。

 ここは、殿下とお喋りにふけれる場所ではない。


 あくまで、実行委員会の会議中だ。


 それでも、大切な時間を少しだけ取り戻せた気持ちになる。

 そのことが、嬉しかった。


 その後、副委員長が決められた。

 そして本日の会議はそこで終了とされた。


 次の会議は、2日後に行われる。

 議題は、武芸大会のルール確認するらしい。

 例年のルールの再確認と、変更すべき点がないかの確認だ。


 「それでは、解散とする」


 エシオンの解散の言葉で、生徒たちが立ち上がる。


 「ルナリア、私たちも戻ろうか」


 殿下に誘われ、ルナリアは勢いよく返事をしようとする。

 しかし、時計を見るとまだ昼休みに余裕があった。


 「お誘いありがとうございます、殿下」


 殿下と並んで歩きたい。

 その気持ちは、とても強い。


 しかし。


 「折角ですので、過去の資料を見てから戻るのが良いかと思うのですがいかがでしょうか」

 「過去の資料?」

 「はい、毎年参加しているとはいえ、実行委員は初めてですので」

 「ルナリアは勤勉だね」

 「いえ、私は殿下のように咄嗟に良い案を出せるわけではありませんので」


 ルナリアは、天才型ではない。

 日々の研鑽と、事前の準備が必要だ。

 リヒャルト殿下のような機転を、持ち合わせていない。


 そのことを、ルナリアは負い目に感じている。


 殿下でしたら、資料を読み込む必要などないでしょう。


 リヒャルト殿下は、飲み込みが早い。

 機転も利くし、一度覚えたことは忘れない。

 殿下のようにあれたら、どんなに良かったことだろうか。


 「はは、咄嗟に良い案なんて出せたことがないけれどね」

 「そんな殿下、ご謙遜が過ぎますわ」

 「君は過大評価が過ぎると思うけれど」

 「そんなことありません! 殿下は大変ご立派なお方であると、私よく知っておりますもの!」


 ルナリアの語気が荒くなる。

 殿下を貶すことは、殿下自身でも許せなかった。


 「そうかな。そうだといいのだけれど」

 「そうですわよ。殿下はいつだってご立派なお方ですわ」

 

 殿下が、肩を竦めた。


 「資料を読みたいのだったっけ」

 「ええ、最低限の情報は知っておいた方がよろしいかと思ったのですが」


 もしかして、不要なのだろうか。

 何も初めて参加するのはルナリアだけではない。

 それを言ってしまえば、初年度の生徒たちは武芸大会自体が初参加である。


 委員会で説明していくから、余計なことはしなくて良いということかしら?


 ルナリアは、自分の申し出が軽率だったかと急に不安になった。

 余計なことを言ってしまったのではないかと、不安になった。


 「では、一緒に見に行こうか」

 「え、よろしいのですか?」

 「ああ、まだ時間はあるし。良いよな、ヴィーセン」

 「殿下の仰せのままに」


 そして3人は、隣にある資料室へと移動した。


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