第10話 あの女との接し方をご提案いたしますわ

 「誤解ですわ、ルナリア様!」


 カナリエの鈴を転がしたような美しい声が、悲嘆の色に染まる。


 「私たちは、彼女の横暴なふるまいを注意しようとしただけで」

 「けして、罵ったわけではありませんの」

 「本当ですわ、ルナリア様」


 三人が一斉に、弁解の言葉を述べる。

 ヴィーセンに叱責されたことが、よほどショックだったのだろう。


 当然ですわよね。


 悪いのは、貴族のマナーを知らないリーリエ・ソルアだ。

 こちらの神経を逆撫でしながら歩いているリーリエ・ソルアだ。

 そう賛同してあげたい。

 前世の私ならば「いいぞ、もっとやれ」と言っていそうである。


 「私は、転入の御方を詳しく存じ上げません」


 ルナリアは、優しい声になるよう意識して言葉を紡ぐ。


 「ですが皆さまのお話を聞くに、随分と奔放な御方である様子。カナリエ様たちの苦労が伺われますわ」

 「ルナリア様……」

 「その御方のこと、もっとお聞かせくださらない? 殿下も悩んでおいでですの」

 

 3人の顔が、明るくなった。


 ええ、安心なさって。

 私は貴女方の味方ですわよ。


 ですので、そう!

 リーリエ・ソルアの悪口大会を始めようではございませんか!


 ルナリアは、心の中でそう宣言する。


 どうすれば、カナリエたちを破滅の道に進ませないで済むのか。

 ルナリアは懸命に考えた。

 そして気付いた。


 あの女への負の感情を、洗いざらい吐かせればよいのですわ!


 溜め込むから、リーリエ・ソルアへの負の感情が強まる。

 発散しようとして、矛先がリーリエ・ソルアへ向く。

 そして1年後に爆発して『闇の巫女』とやらになるのだ。


 その心情は大変よくわかりますわ。

 まだ経験はしておりませんけれども。


 しかし、ゲームの記憶を辿ればルナリアの『その時』の感情は痛い程わかる。

 未来のことなのに、過去のことのようにわかる。

 なんとも不思議な感覚だ。


 なので、リーリエ・ソルアにぶつけに行く前に、ここで。

 もといルナリアの前で、全て発散してくれればいい。

 そして、なるべくあの女と関わらないように誘導すれば良い。


 それで、友人の破滅を止めることができるはずだ。


 いえ、とにかくもやってみるしかありませんわ。


 あの女に何も奪わせてはならない。

 私の人生も、友人も。

 何一つ、渡してやるものですか。


 「出自のせいか、随分と粗野な学園生活を送ってらっしゃると仰ってましたわよね」

 「そうなんですのよ、ルナリア様。彼女はまともに椅子を引くことも出来ませんのよ」

 「休憩時間の度に立ち上がるものですから、物音がすごくて」

 「1日中聞かされただけで、頭痛が致しましたの」

 「まあ、落ち着きのない方ですのね」


 ルナリアは同じ教室でなくて良かったと、安堵の息を漏らす。

 毎時間椅子を引きずる音を立てられようものなら、青筋を立てて叱責していただろう。


 というよりも、殿下のお隣の席という設定でしたわよね?

 殿下は何も思いませんの?

 ヴィーセン様は彼女に注意なさりませんの?

 少しでも快適に過ごしていただくための付き人ではございませんの?


 ルナリアの頭の中は疑問でいっぱいになる。

 出来ることなら、ヴィーセンの胸倉を掴んで揺すってやりたい。

 前世の私ならば、怒る相手が違うだろうがと言いながらやっていそうである。


 「カナリエ様とシェニーネ様は、同じクラスなのでしたわね」

 「ええ、そうなのです」

 「苦しい思いをなされましたね。心中お察しいたしますわ」

 「ルナリア様……」


 2人が、目を潤ませながらルナリアを見つめる。

 相当、頭にきていたのだろう。


 「私は、隣のクラスなのですけども」


 次に口を開いたのは、ローティだった。

 リーリエ・ソルアの隣のクラスにして、カイトと同じクラス。

 魔法実技では合同で授業を受けている。


 「あの方、階段を駆け下りてましたのよ」

 「まあ、何があったのでしょうか」

 「わかりませんわ。ただ横を走り抜けられた時はもう、本当に怖くて」


 ローティが、腕をさする。


 「ぶつかられていたらと、あの時の恐怖は今でも鮮明に思い出せますわ」


 そういえば、食堂でそんな話をしていた。

 あの時は単純に見ただけかと思っていたが、真横を走り抜けられたのか。


 一体どんな必要があって階段を駆け下りますのよ。


 魔法実技の授業に遅れそうだったから?

 いえ、同じ授業を受けるローティ様を追い抜かしているのですから、違いますわね。

 ゲームで遅刻しそうになるという描写もありませんでしたし。


 移動についてなど、詳細には語られていない。

 ゲーム内ではただ、教室から訓練場に移動したということが書かれていただけだ。


 ただのゲームの主人公ではないのですものね。


 ここがいくらゲームの世界といえども。

 ルナリアが毎日をきちんと生きているように。

 リーリエ・ソルアとて、毎日を生きている。


 その細かなところは、ゲーム知識では得ようがない。


 「大変な思いをなされたのですね。ですが、ローティ様にお怪我がないのが幸いでしたわ」

 「怖かったのは、階段だけじゃありませんのよ。ねぇ、カナリエ様、シェニーネ様」

 「そうですわね」


 頷いたのは、カナリエ様だった。


 「魔法実技の時間のことでございましょう?」

 「そう、それですわ!」

 「あれは衝撃でした」


 3人が口を揃えて怯えるほどのイベントなどあったろうか。

 ルナリアは、ゲームを思い返す。


 あ、もしかして。


 「彼女、リヒャルト殿下にもヴィーセン様にもカイト様にもお触れになったのですよ!」


 異性に軽々しく触るなど、常識知らずもいいところ。

 ましてや相手は皆、婚約者のいる相手。

 クラスにどよめきが走ったのは想像に難くない。


 「リヒャルト殿下の腕にお触れになった時は、不敬罪で連れていかれるのではないかと怖くて」

 「あれをお許しになられたリヒャルト殿下とヴィーセン様が、今でも信じがたいですわ」

 「殿下は、転入の御方を憐れんでおいでですの」


 ルナリアは、昨日のお茶会でのリヒャルト殿下を思い返す。


 「光魔法の使い手だからと無理矢理学園に入学させられて、生活が一変してしまったと憐れんでおいでですのよ」

 

 殿下は慈悲深いから、そのように感じて仕方ありませんわね。

 そして憐れみを感じておられる殿下が、彼女の行動に文句をつけるわけもなく。

 当然、殿下がそのようなお考えならば、ヴィーセン様もご注意なされないだろう。


 まあ、そんなですからリーリエ・ソルアがつけあがるのですけれどもね!


 ルナリアは、沸々と怒りが湧きそうになる。

 扇で口元を隠して、大きく深呼吸をした。


 「まあ、殿下はなんと慈悲深いお方なのでしょう」

 「お優しすぎますわ」

 「だからあの平民が付け上がるんですわよ」


 ええ、まったくですわよね。

 私も本っ当に、そう思いますわ。


 ルナリアは心の中で、首がちぎれるほどに同意した。


 「カイト様もレーヘルン様も、何が楽しくて彼女に近付くのか」

 「面白いっておっしゃってましたわ。私たちはつまらないってことなのでしょうか」


 カナリエ様が、顔を俯ける。

 今まで彼女はレーヘルン様を遠目に眺めて喜んでいらした。

 アイドルが一人の女を贔屓し始めたら、嫌な気持ちになるのは現代もここも一緒だ。


 「ふふ、私、悪い言葉を思い付いてしまいましたわ」


 ルナリアが笑うと、3人がぱちくりと目を瞬かせる。


 「ルナリア様が?」

 「ルナリア様が考えられる悪いお言葉とは、どのようなものでしょう」

 「どんなお言葉でも、彼女の態度より悪いものなどありませんわよ」


 そう援護してくる3人に、ルナリアは口元に人差し指を当てて笑った。


 「私たちだけの秘密にしてくださいませね」


 そして、4人が顔を近付ける。


 「珍獣扱い、なのではないかしら」


 ルナリアがぽそりと、言葉を落とす。


 全員がさっと顔を離す。

 ルナリアは平然とした顔で立っている。

 しかし、他の3人は扇に顔を隠して、震えていた。


 「ル、ルナリア様ったら……」

 「言い得て妙でございますわ、ルナリア様」

 「やだ、おかしくって、うふふ……」


 3人とも、顔を隠して笑いをこらえていた。


 「ふふ、実は殿下にも進言いたしましたのですけれどもね」


 ルナリアは、笑いの止まらない彼女たちに言葉を続ける。


 「転入の御方のあれは、ある意味で個性で美点だと思いますのよ」

 「個性……」

 「美点、ですか?」

 「ええ、そう」


 ふふふ、とルナリアは目を細める。


 「ただ居るだけで私たちに驚きと刺激を与えてくださるなんて、才能だと思いませんこと?」


 朗らかで。

 自由奔放で。

 不慣れな環境にもくじけない。

 ああ、雑草根性でしたっけ。


 平民の生活で培われた、大事な個性。


 「貴族の風習という型にはめ込んで潰してしまうのは、勿体ないのではないかしら」


 3人が顔を見合わせる。


 ええ、勿論、屁理屈ですわよ。

 貴族と共に過ごす以上マナーを知り、諍いを起こさない方が良いに決まっていますわ。


 殿下は言葉通りに受け取ったこの方便を、彼女たちはどのように受け取るのかしら。


 ルナリアは、3人の反応を待った。


 「ええ、ルナリア様の仰る通りですわ」

 「苛立っている時間が、勿体ないやもしれません」

 「たったの1年でございますしね」

 「劇場まで行かなくても、見世物が見られるのは幸福かもしれませんわ」


 伝わりましたわね。


 リーリエ・ソルアに貴族のマナーを教えない。

 下手に貴族の習慣に慣れさせようとするのではなく、そのままの彼女を見守る。


 苛立ちが募ることはあるだろう。

 頭を抱えたくなることだろう。

 悲鳴を上げたくなることも出てくるだろう。


 それでも、彼女は珍獣で、見世物で。


 だから、触れない。


 外聞上は優しく接する。

 無視などをする気もない。


 けれど。


 彼女には彼女のまま、平民の習慣のままで、学園生活を送ってもらう。


 そう今の内にルナリアが決めてしまえば、彼女たちはそれに連なるだろう。

 同じクラスであるから気苦労は絶えないかもしれない。


 しかし、下手にリーリエ・ソルアに絡んで言いがかりをつけられることはなくなるはずだ。


 「きっと、平民には平民なりの学園生活の楽しみ方がありますのよ」


 ほほほ、とルナリアが口だけで笑う。


 「殿下も、彼女には学園生活を楽しんでもらいたいと仰っておりましたし」


 嘘は言っていない。

 殿下が言っていたのは本当である。


 ただ少し、言葉の順番を変えただけですわ。


 ねえ、殿下。

 このくらいの意地悪は、許してくださいますかしら。


 リーリエ・ソルアを躾けたいのを、すごく我慢しておりますのよ。

 殿下の隣に大きな顔で居座っているのを、すごく我慢しておりますのよ。


 私だって、殿下と学園生活を楽しみたいのを、すごく我慢しておりますのよ。


 ねぇ、殿下。


 ゲームの知識を持つルナリアにしか、この気持ちはわからない。

 いや、ゲームの中で婚約を破棄してきた殿下には、一生わからない。


 私、すごく我慢しておりますのよ。


 だからどうか、これくらいの根回しは許してくださいませんか?


 ねぇ、私の愛する御方。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

面白い! 続きが読みたい! と思ってくださった方は、

広告下↓↓↓にあります「☆」または「応援する」欄を押してくれると嬉しいです。


評価や感想は、今後の励みになります!

よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る