第9話 咲き誇る少女たちの集い

 「本日はお招きありがとうございます、カナリエ様」

 「ルナリア様にお越しいただけて、光栄でございます」


 殿下とのお茶会の明くる日。

 ルナリアは、カナリエ主催のお茶会へと来ていた。

 招待客は他にも数人いて、皆学園の生徒だ。


 「綺麗な色のドレスですね。まるで桃の花の妖精みたいですわ」

 「た、大変申し訳ございません」


 ルナリアにドレスを褒められたカナリエが、顔を青くして謝罪する。

 今日カナリエが来ているドレスは、淡い桃色を基調としたドレスだった。

 ふわふわとした素材を生かした、シンプルな型なのに愛らしいドレス。

 これが春休み中に催されたお茶会であれば、含みを持たせずに誉めることが出来ただろう。


 しかし。


 「何を謝ることがあるのですか。素直に褒めただけですわよ」

 「いえ、配慮が足りませんでした」


 春休みが明けて、転入生が訪れた今。

 桃色は一人の女生徒を思い起こさせる色となってしまった。


 まあ確かにちょっと嫌な気持ちにはなりましたけど。

 怒るつもりなど、なかったですのに。


 「ああ、なるほど。私の方が配慮が足りませんでしたわね」

 「そんな、ルナリア様謝ることなど……」

 「いえ、転入生が桃色の御方であると存じ上げなかった私が、足りておりませんでしたわ」


 ルナリアは、転入生の少女を見ていない。

 顔を合わせたことがない。

 離れた教室に飛んでくる噂しか知らない。


 その設定を、無理矢理にでも通す。


 そりゃまあ、イベントを遠めに見た分は知っておりますけど。


 基本的には、ゲーム知識での彼女しか知らないのである。

 ルナリアがリーリエ・ソルアを憎らしく思っているのは、ゲーム知識によるものなのである。

 この世界においては、接点などないのである。


 なのでカナリエが謝る必要を感じさせてはいけないのだ。


 「そんなことよりも、本日のお茶会は花畑のようで素敵ですわね」


 ルナリアは、リンフォーゲルテ侯爵家の庭園を見る。

 本日のお茶会は、庭園で開催されている。

 リンフォーゲルテ侯爵家の庭園も、またエスルガルテ家の庭園とは違う趣きがあり美しい。


 その庭園の開かれたスペースに、白いテーブルがいくつも置かれている。

 どのテーブルも白いレースのクロスが敷かれていた。

 そしてテーブルや椅子には、緑の蔦を模した装飾がされている。


 なるほど、本日のドレスコードはこのためですのね。


 花が嫉妬する色彩のドレスでお越しください。


 招待状には、そのように記されていた。

 その意味が、このセッティングを見るとよくわかった。


 令嬢たちの色とりどりのドレスが、花のように咲いている。

 春らしい彩りのここは、令嬢たちが生き生きと咲く花壇のようにも思えた。


 「ふふ、遠くで眺めるのもまた楽しそうですわ」

 「そんな、ルナリア様とお話しできることを、皆さま楽しみにしておりましたのよ」

 「あら嬉しい。でもローティ様を見ていると旅先で見た菜の花畑が思い浮かべられて。思い出に浸ってしまいそう」

 「ルナリア様が楽しんでくださるのは嬉しいですけど、私は一緒にお話ししたいです。ねえ、シェニーネ様」


 ローティに話を向けられたシェニーネが、ルナリアに向けドレスの裾をつまみ頭を下げる。


 「はい、ローティ様。ルナリア様の仰る旅先の思い出など聞けたら、よりお茶会に花が咲くというものでしょう」

 「ありがとう、シェニーネ様。ドレスの藤の花は、あなたの優しさを際立たせておりますわね」

 「勿体無いお言葉にございます」


 ルナリアに声を掛けられたシェニーネが、顔をあげた。


 「ルナリア様のお姿を見たら、ブルースターの花たちは逃げ出してしまうかもしれませんね」


 今日のルナリアのドレスは、昨夜決めた通りにパールブルーのドレスだ。


 「髪飾りの藍色こそ、ルナリア様の幸福な愛の象徴でございましょう」

 「ふふ、ええ、そうなんですの」


 髪飾りに話題を持ってきてくれたシェニーネに、ルナリアは笑みを向ける。

 にやけている口元は、扇で隠して。


 「殿下からいただきましたの。いつも素敵な贈り物をいただいてしまって」


 殿下のセンスは本当に素晴らしいですわ。

 私はその殿下のセンスをより良い形で皆に広めなくてはいけません。

 ああ、責任重大ですわ。


 似合っていないなどと思われてしまったらどうしましょう。

 もしも似合っていないとしたら、私が合わせるセンスが悪いということ。

 けして、けして殿下の贈り物は悪くないんですのよ。

 皆様、絶対に誤解なさらないでくださいませね!


 ルナリアはそんな不安を気取られないように、心持ちいつもより背筋を伸ばす。


 「シェニーネ様の仰る通り、私の幸福は常に傍におりますわ」


 ほほほ、と笑う。

 リーリエ・ソルアのことなど、微塵も気にしていないというように笑う。

 その意図は伝わったようで、カナリエ様の顔色が明るくなっていた。

 ルナリアは、ほっと胸を撫で下ろした。


 うっかりでしたわ……。


 カナリエを辱める意図など微塵もなかったのである。

 単純に、桃色が綺麗だなーと思っただけなのである。

 うまく話を逸らせることが出来て良かった。


 ローティ様とシェニーネ様には感謝しかありませんわね。


 ここはまだ学生といえども、淑女の集まる場所。

 どんな発言や行動が命取りとなるかわからない戦場である。


 実際の社交界に比べたら取り返しのつく程度ではあるが。

 それでも、失敗ができるのは今だけだ。

 学園を卒業してしまえば、言い訳など通用しない。


 うう、真の淑女の道は遠いですわね。


 遠いも何も、学園を卒業する前に取り返しのつかない失敗を積み重ねて破滅する予定なのだが。

 

 いえ、それを回避するための一年です。

 より一層、気を引き締めていかなければ。


 真の淑女を目指す。

 リーリエ・ソルアから逃げきる。


 己の目標を再確認する。


 さて、真の淑女になるためにも重要なことが待っていますわ。


 ルナリアは、カナリエの方をちらりと見る。


 彼女を、悪役令嬢代理にしないこと。

 そのためにも、リーリエ・ソルアに近付けさせないこと。


 本日のお茶会で、どうにか彼女を止めないといけませんわ。


 正直に言ってしまえば、悪役のごとくに「やっておしまい!」と言いたい。

 しかしそうすれば、カナリエが破滅してしまう。

 いや、ルナリアが指示を出してしまえば破滅するのはルナリアだ。

 首謀者ということで断罪され、婚約破棄されるのだろう。


 いっそカナリエを応援したいが、そんなの破滅まっしぐらだ。


 あんな女、やはり関わらないことが最善ですわ!


 ルナリアが密かに怒りを溜めていると、目の前にカップが置かれた。

 用意してくれたカップには、青の花が描かれている。

 見回してみると、どの令嬢もドレスと同じ色の花が描かれたカップを置かれていた。


 これだけの種類を集めているのは、流石ですわね。


 リンフォーゲルテ侯爵家は、芸術品の収集を好んでいる。

 そのセンスは社交界でも一目置かれていた。


 「素敵なカップですわね」

 「恐縮ですわ、ルナリア様」


 ルナリアのカップに紅茶が満たされていく。

 透明感の強い赤橙色が注がれ、優しい甘さのある香りが漂ってくる。


 「それでは、ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 カナリエ様が、他のテーブルへと挨拶に行かれる。

 後ほど、ゆっくりとお話できると良いのですが。


 しかし、折角のお茶会だ。

 まずは楽しまなくては、もったいない。


 「ごきげんよう。学園の外で会うと、また気分が変わりますわね」


 ルナリアは、共に招待された学友たちに声を掛けて回った。





 「新しい宝石屋ができたとか」

 「大変すばらしいセンスをお持ちと聞きましたわ」

 「実はお父様におねだりして、一つ作らせているのよ」

 「まあ、流石ですわ。私は注文できなかったの」

 「半年先まで注文がいっぱいと聞きますもの」


 令嬢たちの話は、学園であろうと社交場であろうと大差はない。

 可愛くて綺麗で流行しているものが、大好きである。

 またそれらをしっかりと把握しておくのも、淑女の努めである。


 「マダムラヴィの新作はご覧になりまして?」

 「夏に向けたドレスですわよね」

 「全体にリボンが巻かれたデザインを考案されたとか」

 「彼女の発想にはいつも驚かされますわ」

 「可愛らしいリボンも好きだったのですけれど」

 「綺麗な大人らしいリボンの使い方もあるのだと、感心してしまいましたわ」


 令嬢たちの目が、ルナリアの頭へと移される。


 「ルナリア様の髪飾りも、お美しいですわ」

 「ええ、リボンというと幼気な少女のイメージがありましたが」

 「洗練されたリボン遣いが、ルナリア様の魅力をより引き立てていらして」

 「もう一度リボンを身に付けたくなってまいりましたわ」


 口々に、ルナリアの髪飾りへと賛美を向ける。

 今までリボンといえば、大きなものを胸元に付けるだとか。

 小ぶりのものをドレス全体に散らしてみせるだとか。

 いずれにしても、デビューして間もない少女がまとうイメージがあった。


 「ありがとう。殿下の見立ては、いつも私を輝かせてくださいますの」


 しかし、殿下からのプレゼントは可愛らしいイメージではない。

 綺麗な大人の女性らしい繊細なイメージを持たせる。

 ルナリアの顔は悪役令嬢といえども乙女ゲームの主要キャラクター。

 大変整った顔立ちをしている。

 しかしそれは、愛らしさというよりも美しさといったものだ。

 従来のリボンは似合う傾向にはなかった。


 リボンを身に付けるなんて、何年ぶりかしら。


 殿下の見立てが素晴らしいからだ。

 きちんとルナリアのことを考えて、ルナリアに似合うものを贈ってくださる。

 そのことが、ルナリアの心をいつも暖かくさせるのだ。


 「素敵な婚約者がいて、ルナリア様はお幸せですわね」

 「ルナリア様が素晴らしいのですもの、当然でしょう」

 「リヒャルト殿下とルナリア様以上にお似合いの方々はおりませんわ」

 「あまり褒められると、照れてしまいますわね」

 「だって本当のことですもの」


 ルナリアは、口元を扇で隠して笑う。

 彼女たちは素直に褒めてくれているのだろうか。

 それとも、桃色の御方を想像しているのだろうか。


 その真意は読めなくて、ルナリアの心が少しだけ痛む。


 ゲームの内容を知っているから、深くとらえすぎているだけなのか。

 しかし、実際にリーリエ・ソルアは目に余る行動をしている。

 それは彼女たちも知るところだろう。


 それに、本来の道筋と違ってルナリアは彼女に接触していない。

 嫉妬の炎を燃やしているなど、思われていないと良いのだが。


 「あら、お茶がなくなってしまいましたわ」


 ルナリアは、手元のティーカップへ目を落とす。


 「お茶をいただいてきますから、皆さまはお話を続けてらしてくださいませ」


 ルナリアは一度、集団から外れた。

 学友たちは、また別の話題を咲かせ始めている。


 ほっと胸を撫で下ろす。

 そしてルナリアは、主催のカナリエの元へ移動する。


 「カナリエ様、本日は楽しいお茶会をありがとうございます」

 「恐縮ですわ、ルナリア様。おかわりをご用意いたしますわね」


 トポトポと、暖かな紅茶が注がれていく。


 ちょうど、ローティ様とシェニーネ様もいらっしゃるわね。


 ルナリアは紅茶が注がれるのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。


 「殿下から、お聞きしたのですけれどね」


 カナリエとローティ、シェニーネの肩がぴくりと跳ねあがる。


 「転入された御方と、仲良くされているそうではありませんか」


 ルナリアは扇で隠さずに、その口端を上げた。


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