第28話 リーリエ・ソルアに負けないために

 「本日のお昼、武芸大会実行委員は集まるようにとのことです」


 先生からの朝の伝達事項。

 その中に、武芸大会実行委員の招集があった。

 トーナメント表が完成したのだろう。


 何年生の分が完成したのかしら。


 エシオンの元へ確認しに行こうか。

 しかし、彼のいる教室は殿下の隣の教室。

 つまり、リーリエ・ソルアの隣の教室である。


 確認しに行って、万が一にもリーリエ・ソルアと鉢合わせてしまっては意味がない。

 今までの苦労が水の泡だ。

 何のために確認しに行ったのか、意味がなくなってしまう。


 大人しく、会議を待ちましょうか。


 あまり急ぎ過ぎても良くはない。

 確実に、事をなさなければ。

 そのためには、慎重なくらいで丁度いい。


 ルナリアは、大人しく昼休みを待つことにした。





 昼休みになり、殿下がルナリアのいる教室まで迎えに来てくれる。

 自分のためだけに足を運ばせているということが、申し訳なくもある。

 しかしそれ以上に、嬉しさが勝っていた。


 愛する人のエスコートを受けて、お喋りしながら会議室まで歩いていく。

 その時間が、あまりにも幸福に感じられる。


 今日も変わらず麗しいですわ、殿下。


 話したいことは沢山あるのに、話していられる時間は短い。

 あっという間に、会議室までたどり着いてしまう。


 2人が、会議室に入る。

 一番奥には、既にエシオンが座っている。

 そしてその隣に、書記の女生徒が並んでいる。


 エシオンの逆隣りに、リヒャルト殿下が座る。

 それに並ぶように、ルナリアも座った。


 さほど待たずに、委員全員が揃う。


 「それでは、会議を始める」


 エシオンが、開始の声を上げた。


 「早速だが、トーナメント表が1部完成したため、この確認をする」


 全員が見えるところに、大きな紙が広げられた。

 ルナリアたち最高学年のトーナメント表だ。


 成績優秀なものたちが後半で当たるように調整されていますのね。


 ゲームの中では、ルナリアとリーリエ・ソルアの対戦がメインであった。

 ルナリアは敗北。

 リーリエ・ソルアは失格となる。

 そのため、どちらも次の試合に進むことはない。


 リーリエ・ソルアが観戦している描写が一瞬入るが、それも短い。


 それに、総合優勝者はゲーム内で語られない。

 リーリエ・ソルアが、ルナリアとその取り巻きに呼び出されるからだ。


 敗北し、更にはリーリエ・ソルアが脚光を浴びるためのダシにされたルナリア。

 そのプライドが傷付かない筈がない。


 当然のようにリーリエ・ソルアは、ルナリアに呼び出され糾弾される。


 ルナリアからの嫌がらせが一段階悪化するのも、武芸大会後だ。

 なお、悪化する原因のイベントは今後もいくつかある。


 いえ、今はそれは置いておきましょう。


 改めてトーナメント表を見ると、やはりルナリアは勝ち上がっていきやすいように組まれている。

 あとはリーリエ・ソルア、ヴィーセン・モルガルテ、カイト・ユスティガルドも有力候補と思われているのがわかる。


 他にも、ゲームのメインキャラではないが、有力と思われている生徒が見られた。

 魔法、剣術、学力の成績帯や過去2年間の試合結果を鑑みると妥当と言えるだろう。


 最高学年のものが一番最初に上がってきたのも納得ですわね。


 データが多い分、作りやすいのだろう。

 そう考えると、初学年のトーナメント表が最も作りにくいことだろう。


 そしてやはり、私とあの女が対戦することになりそうですわね。


 当然、両者が勝ちあがれればの話である。

 しかしシナリオで当たるということは、勝ち上がっていくということだ。


 ルナリアとリーリエ・ソルアは、準決勝の手前で当たるように配置されている。

 魔法の暴走がなければ、どちらかが準決勝に出場することになっていたということだろう。


 色々知ってしまった上で見ますと、質の悪い組み方ですわよね。


 この場合は、先生というよりもゲームのシナリオを作った誰かを恨むべきだろうか。

 人の心がない。

 しかしそう思うのも、ルナリアだからだろう。

 ヒロインを際立たせるために都合の良い組み合わせと考えれば、こうもなる。


 理屈ではわかりますけれど、やはり人の心があるようには思えませんわ。


 もしもどちらかが準決勝に勝ち上がって居れば、カイトに当たる予定だったらしい。

 つまり彼は、不戦勝で決勝に進むことになる。


 まあ、騎士団長のご嫡男ですし、それくらいは出来て貰わないと困りますものね。


 そう考えると、決勝戦はヴィーセンとカイトで行ったのだろう。

 何せ、メインキャラクターである。

 実力もその肩に乗る責任も確かな2人だ。


 「特に修正すべき点は見当たらないと思います」


 委員の1人が、発言をする。

 それに乗じて、他の委員が首を縦に振っていく。


 「殿下はどうですか」

 「ああ、異論はないよ」


 殿下も肯定する。


 「では、最高学年のトーナメント表はこれで提出する」


 エシオンが、そう宣言する。

 これで会議は終わるかに思われた。


 しかし。


 「少し、お願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか」


 ルナリアが、それを止めた。


 「ルナリア嬢、何か気になる点があっただろうか」

 「いえ、気になる点というわけではありませんの」


 ルナリアは、首を横に振る。


 「これは、私の個人的なお願いなのですけれども」


 そう言って、ルナリアは扇を広げ、やや斜め下に視線を移す。


 「学園の催しに私情を挟むことを、お許しいただけますかしら?」

 「私情? 君がそんなことを言い出すなんて珍しいな」


 リヒャルト殿下が、目を丸くする。

 ルナリアがはっきりと「私情」と言い切ることは、確かに珍しいかもしれない。

 いつだって、自分の肩書を重んじて発言してきた。

 将来の王太子妃ともあろうものが、容易く私事を優先してはならない。

 そんなことは、わかっている。


 それでも、生き延びるためにはこれしかありませんのよ。


 「私の対戦場所を、こちら側に移してほしいんですの」


 ルナリアは、トーナメント表を指差しながら説明する。

 準決勝まで進められれば、ヴィーセンと当たる側への移動を願い出た。


 「ふむ、理由を聞いてもいいだろうか」


 エシオンが当たり前の質問を、投げ掛けてくる。

 口にしないだけで、ここにいる全員が疑問に思っていることだろう。


 「私は殿下の婚約者、そしてヴィーセン様は殿下の傍仕えでございますわよね」

 「ああ、そのとおりだな」

 「つまりは、殿下をお支えする両翼と言っても過言ではありません」


 常に殿下と共にある。

 常に殿下の隣で、役割を全うする。


 個人的にはヴィーセンと折り合いはよろしくない。

 しかし、客観的に見れば殿下の両隣りに立つ2人なのだ。


 「ですが私、ヴィーセン様と手合わせをしたことがありませんの」


 2人が殿下の傍にいるようになって、10年近くが過ぎた。

 しかし、ヴィーセンと手合わせをする機会は、1度も訪れなかった。


 「殿下の隣に立つ者同士、お互いの実力を充分に知っておきたいと望むのは、よくないことでしょうか」


 ルナリアは、目を伏せる。


 「実力を疑うわけではありません。むしろ、博識であることは重々承知しております」


 だけど。

 いや、だからこそ。


 「私たちが殿下にふさわしくあるために、どれほどの研鑽を積んできたのか」


 王太子殿下にふさわしくあれ。

 それを、幼き頃からずっと言い聞かされてきた。


 そしてルナリアも、そうありたいと望んできた。


 「お互いにも、観覧の方々にもお見せすることができればと、そう思いましたの」


 そう、ルナリアはずっとずっと努力してきた。

 それは、リーリエ・ソルアのかませ犬にされるためではない。


 殿下のお役に立つために。

 殿下にふさわしくあるために。


 そのために、ずっと努力してきたのだ。


 世間に見せるべきは、その姿である。

 リーリエ・ソルアに回復魔法をつかわせるための駒の姿ではない。


 だけれど。

 周りは静まり返っていて、反応がない。


 やはり、私情でこのようなことを言うのは良くなかっただろうか。


 しかし、リーリエ・ソルアに負けないためにはトーナメント表そのものを変える必要がある。


 リーリエ・ソルアに当たる前にわざと負けてしまうという作戦も、一応考えた。

 しかし、そんなものはルナリア・エスルガルテのプライドが許さない。


 ルナリアは、エスルガルテ家のひとり娘である。

 ルナリアは、リヒャルト王太子殿下の婚約者である。


 軽々しく敗北していい立場ではないのだ。


 でも。

 トーナメント表を変えることができないなら、他の作戦を考えなくてはいけない。


 ルナリアが、そう肩を落とした時だった。


 「ルナリア嬢、俺は感動した!」


 エシオンが、突然大きな声を出した。


 「殿下のための研鑽。大変素晴らしい志だ!」


 エシオンが、目を輝かせながら語り始める。


 「それに殿下の両翼。その試合が見られることは、この上ない喜びとなるだろう!」

 「エシオン様、それでは……」

 「素晴らしい大会になること間違いなしだ! その変更を受け入れよう!」

 「まあ、ありがとうございます」


 ルナリアは、心の中で握りこぶしを作る。

 

 これで、リーリエ・ソルアに負けるという不名誉を回避することができましたわ。


 あとは当日、鉢合わせないように細心の注意を払って行動するだけだ。

 イベントを順調に回避できそうなことに安堵する。


 私の代わりに怪我を負うことになる方には、申し訳ないですけれども。

 ご容赦くださいませね。


 ルナリアと場所を交換された、あまり親しくもない生徒に謝罪の念を送る。


 こうして、今度こそ会議は終了した。


 「殿下、お食事になさいましょうか」

 「ああ、そうだね」


 隣に座る殿下の前に、持参したお弁当を並べる。

 その間に、ヴィーセンも会議室に入ってきた。


 「なあ、ルナリア」

 「なんでしょうか、殿下」


 ヴィーセンが食事の準備をしている間に、殿下が話しかけてくる。

 その顔は、なんだか苦いものを無理矢理飲み込んだような顔をしていた。


 ルナリアは、首を傾げる。


 何かあったのだろうか。


 「君は……」


 殿下が、言い淀む。


 「いや、そうだな……」

 「殿下?」

 「君は、常に先を見据えていて素晴らしいなと思ったんだ」

 「まあ!」


 殿下に、そのように褒められるとは思っていなかった。

 ルナリアの頬が、赤く染まる。


 「そんな、殿下の婚約者として当然のことをしているだけですわ」

 「そうか。いつも苦労をかけるね」

 「とんでもありませんわ。殿下に比べたらまだまだでございます」


 殿下こそ、いつだって先を見据えて努力されている。

 ルナリアは、それに追いつこうと必死なだけだ。


 「武芸大会、楽しみにしているよ」

 「はい、お任せくださいませ!」


 殿下のためにも、恥ずかしくない試合をしなくては。

 ルナリアは、武芸大会への意気込みを強くした。


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