第28話 リーリエ・ソルアに負けないために
「本日のお昼、武芸大会実行委員は集まるようにとのことです」
先生からの朝の伝達事項。
その中に、武芸大会実行委員の招集があった。
トーナメント表が完成したのだろう。
何年生の分が完成したのかしら。
エシオンの元へ確認しに行こうか。
しかし、彼のいる教室は殿下の隣の教室。
つまり、リーリエ・ソルアの隣の教室である。
確認しに行って、万が一にもリーリエ・ソルアと鉢合わせてしまっては意味がない。
今までの苦労が水の泡だ。
何のために確認しに行ったのか、意味がなくなってしまう。
大人しく、会議を待ちましょうか。
あまり急ぎ過ぎても良くはない。
確実に、事をなさなければ。
そのためには、慎重なくらいで丁度いい。
ルナリアは、大人しく昼休みを待つことにした。
*
昼休みになり、殿下がルナリアのいる教室まで迎えに来てくれる。
自分のためだけに足を運ばせているということが、申し訳なくもある。
しかしそれ以上に、嬉しさが勝っていた。
愛する人のエスコートを受けて、お喋りしながら会議室まで歩いていく。
その時間が、あまりにも幸福に感じられる。
今日も変わらず麗しいですわ、殿下。
話したいことは沢山あるのに、話していられる時間は短い。
あっという間に、会議室までたどり着いてしまう。
2人が、会議室に入る。
一番奥には、既にエシオンが座っている。
そしてその隣に、書記の女生徒が並んでいる。
エシオンの逆隣りに、リヒャルト殿下が座る。
それに並ぶように、ルナリアも座った。
さほど待たずに、委員全員が揃う。
「それでは、会議を始める」
エシオンが、開始の声を上げた。
「早速だが、トーナメント表が1部完成したため、この確認をする」
全員が見えるところに、大きな紙が広げられた。
ルナリアたち最高学年のトーナメント表だ。
成績優秀なものたちが後半で当たるように調整されていますのね。
ゲームの中では、ルナリアとリーリエ・ソルアの対戦がメインであった。
ルナリアは敗北。
リーリエ・ソルアは失格となる。
そのため、どちらも次の試合に進むことはない。
リーリエ・ソルアが観戦している描写が一瞬入るが、それも短い。
それに、総合優勝者はゲーム内で語られない。
リーリエ・ソルアが、ルナリアとその取り巻きに呼び出されるからだ。
敗北し、更にはリーリエ・ソルアが脚光を浴びるためのダシにされたルナリア。
そのプライドが傷付かない筈がない。
当然のようにリーリエ・ソルアは、ルナリアに呼び出され糾弾される。
ルナリアからの嫌がらせが一段階悪化するのも、武芸大会後だ。
なお、悪化する原因のイベントは今後もいくつかある。
いえ、今はそれは置いておきましょう。
改めてトーナメント表を見ると、やはりルナリアは勝ち上がっていきやすいように組まれている。
あとはリーリエ・ソルア、ヴィーセン・モルガルテ、カイト・ユスティガルドも有力候補と思われているのがわかる。
他にも、ゲームのメインキャラではないが、有力と思われている生徒が見られた。
魔法、剣術、学力の成績帯や過去2年間の試合結果を鑑みると妥当と言えるだろう。
最高学年のものが一番最初に上がってきたのも納得ですわね。
データが多い分、作りやすいのだろう。
そう考えると、初学年のトーナメント表が最も作りにくいことだろう。
そしてやはり、私とあの女が対戦することになりそうですわね。
当然、両者が勝ちあがれればの話である。
しかしシナリオで当たるということは、勝ち上がっていくということだ。
ルナリアとリーリエ・ソルアは、準決勝の手前で当たるように配置されている。
魔法の暴走がなければ、どちらかが準決勝に出場することになっていたということだろう。
色々知ってしまった上で見ますと、質の悪い組み方ですわよね。
この場合は、先生というよりもゲームのシナリオを作った誰かを恨むべきだろうか。
人の心がない。
しかしそう思うのも、ルナリアだからだろう。
ヒロインを際立たせるために都合の良い組み合わせと考えれば、こうもなる。
理屈ではわかりますけれど、やはり人の心があるようには思えませんわ。
もしもどちらかが準決勝に勝ち上がって居れば、カイトに当たる予定だったらしい。
つまり彼は、不戦勝で決勝に進むことになる。
まあ、騎士団長のご嫡男ですし、それくらいは出来て貰わないと困りますものね。
そう考えると、決勝戦はヴィーセンとカイトで行ったのだろう。
何せ、メインキャラクターである。
実力もその肩に乗る責任も確かな2人だ。
「特に修正すべき点は見当たらないと思います」
委員の1人が、発言をする。
それに乗じて、他の委員が首を縦に振っていく。
「殿下はどうですか」
「ああ、異論はないよ」
殿下も肯定する。
「では、最高学年のトーナメント表はこれで提出する」
エシオンが、そう宣言する。
これで会議は終わるかに思われた。
しかし。
「少し、お願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか」
ルナリアが、それを止めた。
「ルナリア嬢、何か気になる点があっただろうか」
「いえ、気になる点というわけではありませんの」
ルナリアは、首を横に振る。
「これは、私の個人的なお願いなのですけれども」
そう言って、ルナリアは扇を広げ、やや斜め下に視線を移す。
「学園の催しに私情を挟むことを、お許しいただけますかしら?」
「私情? 君がそんなことを言い出すなんて珍しいな」
リヒャルト殿下が、目を丸くする。
ルナリアがはっきりと「私情」と言い切ることは、確かに珍しいかもしれない。
いつだって、自分の肩書を重んじて発言してきた。
将来の王太子妃ともあろうものが、容易く私事を優先してはならない。
そんなことは、わかっている。
それでも、生き延びるためにはこれしかありませんのよ。
「私の対戦場所を、こちら側に移してほしいんですの」
ルナリアは、トーナメント表を指差しながら説明する。
準決勝まで進められれば、ヴィーセンと当たる側への移動を願い出た。
「ふむ、理由を聞いてもいいだろうか」
エシオンが当たり前の質問を、投げ掛けてくる。
口にしないだけで、ここにいる全員が疑問に思っていることだろう。
「私は殿下の婚約者、そしてヴィーセン様は殿下の傍仕えでございますわよね」
「ああ、そのとおりだな」
「つまりは、殿下をお支えする両翼と言っても過言ではありません」
常に殿下と共にある。
常に殿下の隣で、役割を全うする。
個人的にはヴィーセンと折り合いはよろしくない。
しかし、客観的に見れば殿下の両隣りに立つ2人なのだ。
「ですが私、ヴィーセン様と手合わせをしたことがありませんの」
2人が殿下の傍にいるようになって、10年近くが過ぎた。
しかし、ヴィーセンと手合わせをする機会は、1度も訪れなかった。
「殿下の隣に立つ者同士、お互いの実力を充分に知っておきたいと望むのは、よくないことでしょうか」
ルナリアは、目を伏せる。
「実力を疑うわけではありません。むしろ、博識であることは重々承知しております」
だけど。
いや、だからこそ。
「私たちが殿下にふさわしくあるために、どれほどの研鑽を積んできたのか」
王太子殿下にふさわしくあれ。
それを、幼き頃からずっと言い聞かされてきた。
そしてルナリアも、そうありたいと望んできた。
「お互いにも、観覧の方々にもお見せすることができればと、そう思いましたの」
そう、ルナリアはずっとずっと努力してきた。
それは、リーリエ・ソルアのかませ犬にされるためではない。
殿下のお役に立つために。
殿下にふさわしくあるために。
そのために、ずっと努力してきたのだ。
世間に見せるべきは、その姿である。
リーリエ・ソルアに回復魔法をつかわせるための駒の姿ではない。
だけれど。
周りは静まり返っていて、反応がない。
やはり、私情でこのようなことを言うのは良くなかっただろうか。
しかし、リーリエ・ソルアに負けないためにはトーナメント表そのものを変える必要がある。
リーリエ・ソルアに当たる前にわざと負けてしまうという作戦も、一応考えた。
しかし、そんなものはルナリア・エスルガルテのプライドが許さない。
ルナリアは、エスルガルテ家のひとり娘である。
ルナリアは、リヒャルト王太子殿下の婚約者である。
軽々しく敗北していい立場ではないのだ。
でも。
トーナメント表を変えることができないなら、他の作戦を考えなくてはいけない。
ルナリアが、そう肩を落とした時だった。
「ルナリア嬢、俺は感動した!」
エシオンが、突然大きな声を出した。
「殿下のための研鑽。大変素晴らしい志だ!」
エシオンが、目を輝かせながら語り始める。
「それに殿下の両翼。その試合が見られることは、この上ない喜びとなるだろう!」
「エシオン様、それでは……」
「素晴らしい大会になること間違いなしだ! その変更を受け入れよう!」
「まあ、ありがとうございます」
ルナリアは、心の中で握りこぶしを作る。
これで、リーリエ・ソルアに負けるという不名誉を回避することができましたわ。
あとは当日、鉢合わせないように細心の注意を払って行動するだけだ。
イベントを順調に回避できそうなことに安堵する。
私の代わりに怪我を負うことになる方には、申し訳ないですけれども。
ご容赦くださいませね。
ルナリアと場所を交換された、あまり親しくもない生徒に謝罪の念を送る。
こうして、今度こそ会議は終了した。
「殿下、お食事になさいましょうか」
「ああ、そうだね」
隣に座る殿下の前に、持参したお弁当を並べる。
その間に、ヴィーセンも会議室に入ってきた。
「なあ、ルナリア」
「なんでしょうか、殿下」
ヴィーセンが食事の準備をしている間に、殿下が話しかけてくる。
その顔は、なんだか苦いものを無理矢理飲み込んだような顔をしていた。
ルナリアは、首を傾げる。
何かあったのだろうか。
「君は……」
殿下が、言い淀む。
「いや、そうだな……」
「殿下?」
「君は、常に先を見据えていて素晴らしいなと思ったんだ」
「まあ!」
殿下に、そのように褒められるとは思っていなかった。
ルナリアの頬が、赤く染まる。
「そんな、殿下の婚約者として当然のことをしているだけですわ」
「そうか。いつも苦労をかけるね」
「とんでもありませんわ。殿下に比べたらまだまだでございます」
殿下こそ、いつだって先を見据えて努力されている。
ルナリアは、それに追いつこうと必死なだけだ。
「武芸大会、楽しみにしているよ」
「はい、お任せくださいませ!」
殿下のためにも、恥ずかしくない試合をしなくては。
ルナリアは、武芸大会への意気込みを強くした。
→
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
面白い! 続きが読みたい! と思ってくださった方は、
広告下↓↓↓にあります「☆」または「応援する」欄を押してくれると嬉しいです。
評価や感想は、今後の励みになります!
よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます