第7話 殿下との楽しい楽しいお茶会

 待ちに待った週末。

 マナー講師の先生から出されていた課題は合格をもらった。


 まあ、当然のことですわよね!


 その授業が終わったら、待ちに待ったお茶会である。

 殿下と婚約してから定例で開催されている、週末お茶会である。


 エスルガルテの屋敷まで殿下がいらしてくださる。

 つまり、リーリエ・ソルアに怯える必要はない。

 ひたすら好きなだけ殿下を堪能できるのである。


 今日という日を待ちに待っておりましたわー!


 前世の記憶を思い出し。

 自身を破滅へと導く女を見つけ出し。

 破滅エンド回避の方法を探し出し。


 リーリエ・ソルアと会わないようにと気を配ってきたこの数日間。


 怒涛だったこの数日間。

 その疲労を癒す時が来たのだ。


 ルナリアは、お茶会用のドレスへと着替えた。

 身支度を確認して問題がないことを確かめると、自室を出た。


 向かうは庭園に設置されているティールームだ。

 頼んでいたセッティングが出来上がっているか、確認しなければならない。


 今日のお天気は快晴。

 我が家のティールームは全面ガラス張りで、いつでも庭園でお茶を楽しめるようになっている。

 そんなティールームに降り注ぐ光が、部屋中を優しく照らしている。

 ティールームのガラスを縁取るように飾られている多種のプリムラも、心地よさそうに見えた。


 庭園では、マグノリアの木が満開を迎えている。

 白と紫の花が綺麗に並んでいる。

 花壇には、色とりどりのチューリップが植えられている。

 綺麗なグラデーションを描いていて、庭師の腕の良さにルナリアは頬を緩ませる。


 天井を見上げる。

 青く高い空には、白い雲がふわふわと浮かんでいる。

 この様子なら、雨の心配はないだろう。

 美しい庭を殿下にも堪能していただけるはずだ。


 さて、一番重要な場所に目を移す。

 白いテーブルクロスの上には、繊細な銀細工の施された花瓶が置かれている。

 そこには、白と紫のラナンキュラスを中心として花が活けられている。

 ルナリアの指定した花を用いて、綺麗にまとめあげてくれている。

 その華やかさに、思わず頬が綻んだ。

 しかしその中、ある花を見つけた。


 「ねえ、こちらを活けてくださったのはどなたかしら」

 「は、はい。わたしでございます」


 一人の侍女が、前に出る。


 「そう」


 白と紫で彩られた花々はとても綺麗だ。

 ピンクを使うなというルナリアの意向を、組んで仕上げるのはさぞ難しかったことだろう。


 「とても綺麗で、素晴らしいわ」

 「あ、ありがとうございます!」

 「でも」


 ルナリアは一本、花瓶から花を抜く。


 「ラベンダーは、今の私を表現するに不適切ですわね」


 侍女を、抜いた花で指し示す。


 「変わりの花を。そうね、ナズナが咲いていたはずですので、そちらに」

 「申し訳ありません。すぐにお持ちします!」


 侍女が慌てて、ティールームを出て行った。

 折角綺麗に活けてくれたのに申し訳ないとは思う。

 しかし殿下の御前に今、この花を出すことはルナリアにはできなかった。


 「お茶菓子とお茶の準備はいかがかしら」

 「はい。ベリーを用いたスコーンに、多種のフルーツプチタルトをご用意しております」


 ベルーナが、用意したものを口頭にて伝えてくれる。


 「茶葉はキャンディを用い、バニラとフルーツにて香り付けしております。カップは白磁に青い花が描かれたものをご用意してございます」

 「そう」

 

 まあ、ベルの見立てに間違いがあるはずございませんわね。


 ルナリアは、ベルーナの紅茶の見立てを大変気に入っている。

 彼女に任せておけば問題はない。

 いつだって、その時の気分に合わせた最高の茶を出してくれる。


 「あとは、殿下をお出迎えするだけですわね」


 ルナリアは、意気揚々と館に戻るのだった。





 王家の紋章の入った馬車が、エスルガルテ家の門の前に止まった。

 ルナリアを始めとし、全員で頭を下げて降りてくる人を迎える。


 「お招きありがとう、ルナリア」

 「お越しくださり光栄ですわ、リヒャルト殿下」


 毎週恒例のお茶会。

 いつもの通りに、挨拶をする。

 そしていつもの通りに、部屋へ案内する。

 談話室の時もあれば、庭園の散歩のときもある。

 今日案内するティールームは、一体何回目だろうか。


 十年、幾度も繰り返した楽しい時間なのに細かい数字は忘れてしまった。

 ただ楽しかったという気持ちだけが、残っている。


 殿下も、そうであれば良いのですが。


 「何回来ても、ここから見る景色は美しいね」

 「お気に召していただけたのなら、幸いですわ」

 「毎年ここでみるマグノリアの木が、密かな楽しみなんだ」

 「まあ。それはあの花たちも、懸命に咲いたかいがありましょう」


 いつもお手入れしてくれている庭師の方、素晴らしい仕事ぶりですわ!

 後ほど労いの言葉をかけなくてはなりません。

 殿下のこんな優しい微笑みを引き出してくださったんですもの。

 褒美を取らせてもいいほどです。

 ああ、私程度に出せる褒美があれば良いのですが。


 優しい顔でマグノリアを見つめる殿下に、ルナリアは見惚れる。

 花より殿下である。


 「あまり茶には詳しくないけれど、甘くて良い香りがするね」

 「そんな、ご謙遜を」


 殿下ほどの御方が詳しくないだなんて、ならば誰が詳しいというのだろうか。

 いえ、それは勿論それを生業とする方も専門的な方もいらっしゃいますけれども。

 ですが、良いものを良いと判断できるように幼き頃から過ごしてらっしゃったことを知っている。

 殿下がお茶にも造詣が深いことを私はきちんと知っておりますのよ。

 だから、少しも手を抜けなくて張り切ってしまうのですけれども。


 「本日のためにブレンドいたしましたの。お口に合いましたのなら、この上ない喜びですわ」

 「春らしい、良い香りだと思うよ」


 殿下のその笑顔こそが春の風のようですわー!

 

 そう叫びたいところを、ルナリアは必死に我慢した。

 殿下の笑顔は、寒かった冬を超えて届く待ち望んだ暖かさを感じさせる。

 春を連れてくるその風は力強いことが多い。

 殿下の笑顔も、ルナリアを吹き飛ばしてしまいそうなほどの威力があった。

 あまりの衝撃に顔を覆いたくなるのを、ルナリアは必死に我慢していた。

 頬が緩んでしまいそうで、それを堪えてティーカップに口をつける。


 甘いけれどフルーツの爽やかさも含んだその香りに、ルナリアは少し心を落ち着ける。

 お茶の力はとても偉大だ。


 「そうだ、ルナ」

 「なんでしょう、リヒト様」


 これは、幼い頃に決めた2人の愛称だ。

 2人きりの時は、ルナリアをルナと。

 リヒャルト殿下をリヒト様と。

 そう呼ぼうと、婚約してすぐの頃に2人で決めた。


 大切な、宝物のような音。


 名前を呼ばれると、くすぐったい気持ちになる。

 愛称を呼ばれると、暖かな幸せな気持ちになる。


 幸せが音を鳴らすのならば、それはきっと「ルナ」という音だ。


 ルナリアは、リヒャルト殿下に呼ばれた愛称を噛み締める。

 何回目かわからないくらいだが、それでも噛み締める。

 二人だけの幸せの音を、心の大事なところに刻んだ。


 「君に渡したいものがあるんだ」


 リヒト様が手だけで合図して、護衛の方を呼ぶ。

 その方から、綺麗に包まれた受け取られた。


 「ありがとう」


 箱を持ってきてくださった護衛の方にも、感謝を忘れない。

 その場でさっとお礼を言えるのは、リヒト様の素敵なところの一つですわ。


 「ルナ」

 「はい、リヒト様」


 淡い水色で飾られた箱が、ルナリアの前に差し出される。


 「これを君に」

 「感謝申し上げますわ、リヒト様。こちらでお開けしても?」

 「ああ。気に入ってくれるといいのだけど」


 可愛く彩られた包装を解いていく。

 箱の蓋をゆっくりと開ける。


 「まあ、きれい……」


 箱の中には、髪飾りが入っていた。

 最も目を引く宝石は深い青色だ。

 リヒャルト殿下の瞳を思わせる、美しい色をしている。


 その宝石は、リボンの真ん中についている。

 両手の中にすっぽりと納まる大きさのリボンの髪飾り。

 リボンも、リヒャルト殿下を思わせる藍色だ。

 太めの藍色のリボンを際立たせるように、細く薄い生地のリボンが幾重にも掛けられている。

 その細いリボンは、淡い紫の色をしていた。

 紫は、ルナリアの色だ。


 誰が見ても、リヒャルト殿下がルナリアのために送ったとわかる色の髪飾りだった。


 この国の貴族は、贈り物をする際に各自を思わせる色を用いる。

 リヒャルト殿下であれば、その理知的さを思わせる瞳の藍色。

 ヴィ―センであれば、繊細さを秘めた瞳の灰色。

 カイトであれば、夏の葉を思わせる髪の深緑。

 レーヘルンであれば、艶やかに華やぐ髪の橙色。


 各家にもそれぞれに宛がわれた色というものが、この世界にはある。

 しかし個人が贈り物をするときは、その人を思わせる特徴的な色の贈り物をするのが習わしだ。

 今までルナリアはそのことに違和感を感じていなかったが、今ならわかる。


 前世的に言えば、キャラクターのイメージカラーを贈り物に使う。

 そう、ここは乙女ゲームの世界なのだ。

 そういう設定という名の習わしが出来てしまったのだろう。


 しかしそれを知ったとて、ルナリアの嬉しい心は変わらない。

 要は、リヒャルト殿下とルナリアのイメージカラーで作られた髪飾りということだ。

 そんな髪飾りを、贈ってくれたということだ。


 「嬉しいですわ、リヒト様」


 ルナリアは、壊れやすいガラス細工を扱うかのように優しい手付きで箱に髪飾りを戻した。


 ああ、頬が緩んでしまいそう。


 しかし、感情を表に出しすぎるのはよろしくない。

 淑女はいつだって、変わらない微笑みを携えてなければならない。

 ルナリアは、頬に力を入れる。


 「明日、カナリエ様からお茶会へご招待いただいてますの。その時に付けさせていただきますわね」


 本当は今すぐにでも付けてみたい。

 けれど、今日は髪を結い上げている。

 髪飾りを付けたら崩れてしまう。


 そもそも、今日の淡い紫のドレスとは合わないだろう。

 いや、ドレスとは他の小物によっては合わせられるかもしれない。

 しかし、今日のルナリアの銀髪には深い紫のリボンが編み込まれている。


 今すぐに付けるのは、難しい。


 大人しく、明日に付けるとしよう。

 ルナリアはこの髪飾りを、一秒でも早く身に付けたくて仕方がなかった。


 「カナリエ嬢か……」

 「いかがなされましたか、リヒト様」


 難しい顔をしているリヒャルト殿下に、ルナリアは首を傾げる。


 「ルナ」

 「はい、リヒト様」


 この世のどんなものよりも美しい音が、殿下の口から奏でられる。


 「君は転入生のリーリエ・ソルアを知っているかな」


 しかし紡いだ音は、世界で最も聞きたくない名前だった。


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