1-4、また、家族を失ってしまう……
時が経つのは早いもので。ルキオニス侯爵家の面々と、ヴァレトが王都に来て1年が経った。マテリとヴァレトは8歳になった。
彼らの住むここ、"ウィルゴルディ王国"では、領地貴族は隔年で1年間、王都に滞在することが義務付けられている。そのため、領地貴族は1年ごとに交互で自領と王都を往復している。マテリがヴァレトを拾った、あの雨の日は約1年前、ルキオニス侯爵家が自領から王都へと向かう道中でのことであった。
侯爵家が王都に滞在せねばならない期間の終了まで残り1か月。このタイミングで、ルキオニス侯爵領にて問題が発生した。
「お父様とご一緒できないなんて、寂しいです」
1人出立の準備を進める侯爵に、彼の最愛の娘が寂寥感をにじませて呟く。侯爵は、彼女の言葉による胸の苦しみにぐっとこらえ、言葉を返す。
「領内の魔物増加で、領民への被害も出ているんだ。領主として、対応に向かわなきゃね」
スカートのすそを握り、寂しさに堪える娘の頭を優しくなでる。
「それに、まだ王都の滞在期間が終わっていない。だから、"侯爵家"が自領へ向かうわけにはいかないんだ」
そう、まだ王律で定められた王都滞在期間が1か月残っている。だが、領地での一大事であるため、侯爵は手勢を率いて"治安出動"を行い、しかし、家族は王都に残っているため、対面上"侯爵家"は引き続き王都に滞在していることになる。
「私の留守中、マテリにはしっかり家と、お母さんを守ってほしい。頼んだよ」
侯爵の言葉に、マテリはこくりとうなづく。
「ヴァレト君も、マテリをしっかり支えてあげてくれ」
「はい」
ヴァレトの返事に一瞬笑顔を向け、侯爵は夫人へと顔を向けた。
「オーカラ、行ってくる」
「はい、お気をつけて」
侯爵は夫人としばし抱擁した後、颯爽と自身の愛馬にまたがり、手勢である騎士団を引き連れ、王都の侯爵邸を出立した。
「お父様……」
その後ろ姿を見えなくなるまで、マテリは見送り続けた。
****************
侯爵が王都を発ってから1か月後、特に大きな出来事もなく、ごく普通に日常は過ぎて行った。
ルキオニス侯爵騎士団の伝令により、侯爵は無事自領へと到着したとの報告が、王都の侯爵邸へ齎された。
その後侯爵は騎士団と共に、精力的に領内各地の魔物発生地域を転戦し、この1か月で魔物増加の被害も沈静化へと向かっているとのことだった。
そこからさらに1週間後の今日、魔物討伐のために侯爵と共に自領へと戻っていた騎士団の1部隊が再び王都へと訪れ、"侯爵家"の二人、侯爵夫人であるオーカラと、その娘マテリは、夫であり父であるルキオニス侯爵が待つ侯爵領へと戻るべく、護衛の騎士団と共に王都を出発した。
なお、見送りに来たオウェルお兄様は、"最愛の妹"との別れを惜しむあまり、自分も侯爵領へ戻ろうとしたところを近衛兵団の部下に取り押さえられ、連行されていった。
「わたし、馬車はあまり好きじゃないです。だって、揺れでお尻が痛くなります……」
マテリはサンドイッチのような物を口に運びつつ、馬車への文句を告げる。
王都を出発して半日ほど。現在は街道脇にある広場に馬車を停車し、簡易なテーブルセットを広げて侯爵夫人と共に昼食をとっている。
「昼食後に出発するときには、僕のクッションも使ってください」
ヴァレトは従者であるため、現在は夫人とマテリの給仕を務めつつ、自身の主人にクッションの提供を提案した。
「だめです。それではヴァレトのお尻がぺっちゃんこになってしまいます」
マテリはツンツンとした物言いながらも、ヴァレトを気遣う。
「あら、だったら、ヴァレト君が二人分のクッションを敷いて、マテリはヴァレト君のお膝に乗ったらいいんじゃないかしら?」
そんな2人に、侯爵夫人は「名案だわ!」と言いたげな様子で爆弾を投下した。
「お、お母様! な、なにを仰るのですか!!」
「ぐふ!」
マテリは頬を朱に染め、慌てて母に抗議し、ヴァレトはその爆弾の破壊力にこらえきれず、赤面した顔を逸らして堪える。
「あら、名案だと思ったのですけど、だめでしたか?」
「そ、そういう問題では──」
──ガサガサ
広場横にある森、そこにある草むらが揺れる。護衛の騎士団員たちが一斉に剣の鞘に手を当て、警戒する。
草むらをかき分け、小さな人影が出現した。
「!」
その姿を見たヴァレトは瞠目し、知らずに血が出そうな勢いで手を握りしめていた。
「GYAAAA……」
1匹のゴブリンが、草むらをかき分け姿を現した。
一瞬の沈黙。が、騎士団は素早く対応し、1人がそのゴブリンを切り捨てた。
「GYAAA!!」
断末魔の悲鳴を上げ、ゴブリンは倒れる。
「……単独か?」
その騎士が血を払い、そのまま草むらの奥へと視線を向けた瞬間、木々の隙間からゴブリンが飛び出す。
「ちっ!」
騎士はすれ違いざまにもう1体ゴブリンを切り捨てたが、次々と森の中からゴブリンが飛び出し、あっという間に騎士が引き倒され、ゴブリンたちにより蹂躙された。
「隊列! ご夫人とご令嬢を守れ!!」
騎士団の部隊長が指示を飛ばし、一列に整列した騎士たちが、ゴブリンと衝突する。20人以上の騎士たちが、2列横隊で魔物を迎え撃つ。が、ゴブリン以外にも多数の魔物たちが、森の奥からとめどなくあふれ出す。
「スタンピードだ! お2人を逃がせ!!」
「オーカラ様! マテリ様! お早く!!」
部隊長の声に、執事たちが迅速に動き出す。荷物は放置し、二人を馬車に乗せる。
「ヴァレトは馬車の中へ! 私が御者をします!」
執事の指示でヴァレトは箱馬車へと飛び込むように乗り込み、扉を閉める。執事が手綱を打ち、馬車は弾かれたように走り出した。
殿を務める騎士とは別に、騎馬が20ほど、馬車の直掩として並走する。が、そこへボアに騎乗したホブゴブリンが横合いから襲い掛かった。
ボアの突撃で騎馬が吹き飛ばされ、そのままの勢いで箱馬車へと体当たりする。
「きゃぁぁぁ!」
箱馬車が激しく揺れ、社内にはマテリの悲鳴が響く。
二度、三度の体当たりの後、箱馬車が転倒、ヴァレトは外へと投げ出された。
馬車を守るため、騎士たちによる防衛戦が始まった。ゴブリンの他に、ホブゴブリンやオークまで混ざり、騎士たちと乱戦を繰り広げる。やがて空に雷鳴が轟き、雨が降り始めた。
ヴァレトは呼吸が荒くなる。
土砂降りの雨の中、騎士たちは絶望的な防衛戦により、1人また1人と血だまりに沈んでいく。
しっかりと息ができず、浅い呼吸を繰り返すヴァレトは、胸が苦しくなり、右手でみぞおちあたりをぐっとつかむ。しかし、目は魔物たちから逸らせない。
「お母様! おか──」
侯爵夫人のオーカラが、箱馬車の荷台を開き、そこへクッションと共にマテリを押し込んでいる。そして、彼女が出てこないように、見つからないように、しっかりと鍵をかけた。
振り返ったオーカラと、ヴァレトは目があった。オーカラは一瞬驚きの表情を浮かべた後、悲し気に顔を曇らせた。
──あぁ、この人は、死ぬ気なんだ……
ヴァレトは察した。オーカラは娘であるマテリを救うために、自分を犠牲にするつもりであると。そして、巻き込んでしまうヴァレトに憐憫を向けていたのだと。
──だめだ、また、家族が居なくなってしまう。また、家族を失ってしまう……
──嫌だ!
──嫌だ!!!
瞬間、ヴァレトの視界は真っ白に染まった。
+++++++++++++++++
<次回予告>
「お母様。外から鍵までかけるのは、やりすぎなのでは? 私、どうやっても出ることができません」
「ヴァァァァァ、大丈夫ですぅ、僕がゾンビになってもぉぉぉ、お嬢様は、護りますぅぅぅ」
「怖っ!」
次回:ゴブリンVSゾンビ
(これは嘘予告です)
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