3-2、え、お兄様もいらっしゃるのですか?

「マテリ様ぁぁぁぁぁぁ!! ごきげんごぶさたようでございますわぁぁぁぁ!」

 勝手知ったる侯爵邸と言わんばかりに、リアがマテリの私室の扉を壊す勢いで飛び込んできた。


 ちなみに、リアが王都の侯爵邸を訪れたのは今日が初めてなので、当然、勝手を知っているわけはない。しかし、使用人の一部は領都の侯爵邸から同伴しており、彼らがリアを咎めなかったために、彼女は屋敷内を勝手に探し回った結果、マテリの私室を発見し突入したのだ。貴族令嬢とは思えない所業である。

 なお、リアは本日王都に到着したばかりであり、荷解きもしないうちから侯爵邸へと突撃してきている。


「リア、待っていました。早速冒険者ギルドへ行きますよ!」

 例の"王太子"との対面で精神をすり減らしたマテリであったが、その後のヴァレトとのやり取りで一旦はご機嫌になった。が、その後3回にわたる王太子との邂逅により、再びストレスが限界突破寸前であった。


 扉から飛び込み、マテリに抱き着かん勢いだったリアは、マテリによる言葉の迎撃を受けて急速に失速し、華麗に応接セットのソファーへと着地した。

「座っていないで、早速行きますよ!」

 腰かけたばかりのリアを急かすように、マテリの無情な言葉が降りかかる。


「ス○ッガーさんかい? 早い、早いよ!」

「こういうとき、慌てたほうが負けです」

「2人で何の会話ですか?」

「アホだにゃ」

 リアとヴァレト以外には意味不明のやり取りをする2人に、マテリと猫のアルブは呆れ気味である。


「小生、今日王都に着いたばかりなんです! もう少し落ち着いてからでもいいと思います!」

 だからお茶ー! とヴァレトに茶を要求するリア。

「落ち着きたいというなら、王都に着いたその日に他家の屋敷に突撃しないのでは?」

 コレにお茶、出しますか? と主人にお伺いを立てつつ述べるヴァレト。

「それは無理! 重度の"まいまいたん"ロスで死んでしまいます!」

 お茶はよはよ、そして"まいまいたん"成分カモン! と両手で手招きするリア。

「本当に死ぬか試してみたらよかったにゃ?」

 茶化すアルブの挑発にリアは易々と乗り、「この猫が!」とアルブに飛び掛かる。が、猫パンチであっさり返り討ちにあった。


「にゃっはっはっはっ。我輩の勝利にゃ。この喜びを記録に残しておくにゃ」

 カシャッ!という音が鳴り、なんと虚空から写真が出現した。

「なっ! ば、ばかな! 写真だと!?」

 アルブに馬乗りにされ、這いつくばった状態のリアが驚愕と共に述べる。当然写真にも、同じく勝利の笑みを浮かべる猫と、這いつくばる貴族令嬢が写っている。

「ぬがぁ! 小生の名誉のため、それの破棄を要求する!!」

 アルブを弾き飛ばし、全身のバネを使って飛び上がるリア。写真を奪取すべく、再びアルブへと襲い掛かり、

「ぐぼぁっ!」

 再度猫パンチで撃墜された。



「……、まさか、この世界で"写真"にお目にかかることができるとは……」

 写真を手に取り、ヴァレトは唸るように呟く。

「ぐぬぅ……、この猫め、無駄なところで高性能……」

 相変わらずアルブに馬乗りにされた状態のまま、リアが呻く。

「……、これは、絵、ですか?」

 ヴァレトの持つ写真を恐る恐る覗き込みながら、マテリが小声で問う。

「風景、景色を記録しておく"写真"というものです。僕たちの前世に存在していました。最も、本来は"カメラ"という道具を用いますので、何もないところからいきなり写真が出てきたりはしませんが……」


 ヴァレトの説明に、マテリは怪訝な表情を浮かべつつ、恐々とした手つきで、写真の中にいるリアとアルブを指さす。

「こ、これは、その、リアさんとアルブは、写真の中にも居ますが、体に、害はないのですか?」

 マテリのその言葉を聞き、リアががばっと体を起こす。

「そう、この反応ですよ! こういうの大事!」

「これはあくまでも、とても細微な"絵"というだけですから、体には何の影響もありません」

 変にテンションを上げているリアは無視し、ヴァレトは説明を続ける。

「……」

 それを聞いたマテリは口元をモヨモヨと動かし、何かを言いたげな様子を見せた。


「せっかくにゃし、みんなで記念撮影するにゃ」

 言いながらアルブはマテリにウインクして見せる。

「いいですね」

 ヴァレトもアルブに便乗する。

「なら小生、マテリ様の隣!」

「お前は下にゃ」

 飛び起きたリアは、再びアルブにより床へと転がされる。

「せめて並ばせて!! 転倒はいやぁぁ!!」



 3人と1匹?で行った記念撮影。猫のアルブはいつも通り。ヴァレトやリアも前世で慣れているため自然な笑顔を浮かべている。ただ一人、初の写真被写体体験であるマテリだけが、少しぎこちない笑顔で写った。

 アルブは、撮影した写真のコピーをつくり、自分を含め、全員に1枚ずつ渡した。

「ひゃっほ~う! 小生、一生の宝にする所存!」

 リアは写真を両手で掲げ、室内を踊りまわっている。

「私まで入れていただき、ありがとうございます、お嬢様」

 ヴァレトはマテリに頭を下げ、礼を述べる。

「あ、当たり前です!」

 マテリは写真に目を落とす。マテリの隣には、彼女が強引に引き込んだヴァレト。腕を組むような形で2人は写っている。彼女はそれを見て、口の端が吊り上がるのを止められないのだった。



 マテリはたっぷり10分ほど写真を眺め……、そして突然立ち上がった。

「んにゃ?」

「マテリ……様?」

 マテリはツカツカと部屋の隅にあったチェストまで移動すると、写真を大事そうな手つきでそこへ仕舞い込み、さらにカギをかけた。

 2人と1匹は、その様子を無言のまま目で追う。


「では、冒険者ギルドに行きましょうか!」

 振り返ったマテリは、満面の笑みで告げた。その表情はすでに、リアが訪れた直後のようなストレスマッハなモノではない。が、それでも"冒険者ギルド行き"は決定事項であるらしい。

「え~、写真でストレス解消できたから、いいじゃないすかぁ~」

「それとこれとは別です!」

 リアの意見を、マテリが"別腹"発言で一蹴する。


「お嬢様にも、いろいろあったのです。いろいろあって、とにかくいろいろなのです」

「いろいろ何もわからん!」

 

「つまり、お嬢様のストレス解消は大事なので、諦めてください」

「小生がはけ口!?」


「ご心配なく。はけ口は魔物の予定ですので」

「それなんてジェノサイド!?」

 マテリの私室に、リアのツッコミはひたすらむなしく響いた。



「話は聞かせてもらった!」

 マテリの私室扉をバーンと展開し、そこにはマテリの兄であるオウェルが立っていた。

「こ、これは! ひろたんの声!」

 直前までツッコミモードだったリアがモードチェンジする。

「あぁ、"ソレ"久しぶりですね……。オウェル様も"そう"なんですか……」

 リアの豹変で察したヴァレトが述べる。

 ここが乙女ゲーム世界であり、その主要な登場キャラクターには声優によるボイスが当てられている。つまり、悪役令嬢であるマテリの兄オウェルもまた、"主要な登場キャラクター"だということだ。が、リアのテンションは"まいまいたんの時"とは異なり、急落した。

「小生、イケメン声優って嫌いなんだよね」

「お嬢様の時とテンション違いすぎです……」



「そちらのご令嬢は、ヴィケコム子爵家のヒストリア嬢とお見受けするが……、大丈夫か?」

 "スンッ"という音が聞こえてきそうなほどフラットなテンションになったリアの様子に、オウェルも異常な何かを感じたのか心配げな様子である。

「少し変わった方なのです」

「大丈夫です。頭が大丈夫じゃないだけなので、そっとしておいてください」

 マテリとヴァレトが、全くフォローにならないフォローを入れる。

「それなら、大丈夫……なのか?」

 オウェルは困惑した。


「それよりもオウェル様、いくら兄とはいえ、男性が女性の部屋にノックもせずに飛び込むのはいかがなものでしょうか」

「ぬぐっ、ヴァレト君も言うようになった……」

 ヴァレトの言葉に、オウェルがひるむ。



「お兄様。止めても無駄です。私は行きます!」

「この私が、それで引き下がるとでも!?」

 直前までのテンションをガン無視し、唐突にマテリとオウェルの間に緊張感が張り詰めた。

「え? この空気感なに? 急に何が始まったの!? なんで一触即発みたいになってるの!?」

 正気に戻ったリアは、突然の展開についていけずオロオロしている。


「通る、通ります!!」

「ならば仕方ない! 通りたければこの俺を倒し──」

 オウェルが言い切るより先にドォォォンという音が響き、オウェルの姿が消えた。後には、大盾を構えた天使アマレだけが居た。


「はっはっはっはっ! また負けてしまったぞ!」

 オウェルの声が響き、そちらに視線を向けると、廊下の壁にめり込んだオウェルの姿があった。

「うぉ、妹容赦ねぇ!! そして兄も元気すぎ!!」

「ただの人間とは思えにゃい頑丈さにゃ」


「これで10勝275敗ですね」

 壁からオウェルを助け起こしつつ、ヴァレトは淡々と彼の戦績を述べる。

「すげぇ! 約定体アバタル相手に10勝してる!!」

「お嬢様が契約者フィルマに覚醒する前の10勝です」

「お兄ちゃん! 大人げなかった!!」



「よしっ! では行くか!」

 体についた埃を落としながら、オウェルは快活に述べる。

「え、お兄様もいらっしゃるのですか?」

 それに、マテリが意外そうな声で応える。

「あっはっはっはっ! 妹よ、そこまで嫌そうな顔を向けてくると、私はゾクゾクしてしまうぞ」

 オウェルは両手を腰にあて、大声で笑い上げながら、堂々と告げる。

「あのお兄様、素の変態だよ?」

 リアはひそひそとヴァレトに呟くが、

「さすがに詳しいですね」

「"蛇の道は蛇"というやつかにゃぁ」

「え? なんで小生が"同類"みたいな扱いなの? いや、わかるでしょ? 小生じゃなくてもわかるよね? え? 小生がおかしいの!?」


 かくして、"契約者フィルマ"3人という圧倒的戦力に対し、領都での冒険と同様、形式上の護衛としてオウェルが同行することとなった。



+++++++++++++++++

<次回予告>


「なぁ、猫」

「なんにゃ変態」

「いきなり失礼な! 小生は変態ではない。紳士をつけろ、紳士を!」

「紳士をつけても変態は変態にゃ。それに淑女の間違いにゃ」

「心は紳士なんだよ!」

「で、なんの用にゃ?」

「マテリ様の写真を横流ししてくれ! この★やるから!」

「やっぱり変態にゃ」


 次回:マテリのブロマイド


 (これは嘘予告です)


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