3-3、いやだねぇ、"契約者"ってのは
地下水路。王都には下水施設として"地下水路"が都市の隅々まで整備されている。
下水ではあるが、地下水路は非常に清潔な場所である。なぜならば、建屋から出た下水は、まず王都の各所にある"汚水溜まり"に流れ込む。そして、そこに棲む浄化スライムにより汚物や汚れが吸収分解され、浄化された水だけが、地下水路へ流れ込むのである。そのため、地下水路は下水というよりは、ただ水の流れる水路といった場所である。流れた水は、最終的に海に近い河口付近へと排水されている。
そんな地下水路だが、広大な王都を支えるインフラであるため、長大であり、排水口などから侵入した魔物が住み着いてしまう場合がある。浄化スライムは水路をも徘徊し"掃除"をしているが、捕食するに"非生物"のみである。そのため、魔物は人間の手によって処理しなければならない。
この地下水路の魔物討伐依頼だが、インフラ維持という点で定期的に発生し、そして非常に重要である。だが、時間がかかり面倒で、その上、出現する魔物の戦利品も旨味が無いため、非常に不人気な依頼である。
重要度が高く、不人気のミッション。つまり、マテリの大好物である。
「……、小生たちは魔物退治に来たのでは……?」
松明を持ったリアが、薄暗い水路脇の通路を歩きながらぼやく。
「ええ、そうですよ?」
先を行くマテリは、そのぼやきに事も無げに答える。
「その割には、さっきから、全く何にも遭遇しないんですが……」
リアは周囲をキョロキョロと警戒しながら述べる。
「あー、リア嬢は、この依頼は初めてですから……」
「へ?」
最後尾を付いてくるヴァレトが納得気な様子で言う言葉に、リアは間の抜けた声で返す。
「確かに、なにも出てきませんし……、仕方がありませんね。ヴァレト、アレを」
「はい、では──」
マテリの指示で、ヴァレトが背負っていた袋から何かを取り出しかけたとき、
チュー……
一行の先、水路の片隅に、体の大きさが30cmほどのネズミがヨタヨタと歩いている。そのネズミを見たアルブはシャー!と威嚇をする。
「……っと、丁度いましたね。はい、アルブは落ち着いて。ハウスですよ」
「吾輩は猫にゃっ! 犬と一緒にするにゃ!」
ヴァレトはアルブとじゃれあいながらも、
「俺も少しくらいは役に立たんとな」
オウェルも腰の剣を抜き、構える。
「リアさん、用意を」
マテリが落ち着いた声色で告げ、自身も
「え? あのネズミが、そんなに危険な魔物・・・・・?」
全員が突然臨戦態勢を取り始めたことで、動揺するリア。
「いや、そうではなく──」
ヴァレトの声を遮って、水路からザッバァァァァァと水が打ちあがり、
「にゃぁぁぁぁぁぁ!!」
巨大なサメの顎がネズミを一口で捕食し、首をくねらせながら水の中へと戻っていく。
「サァァメェェェェェ!!? なんで地下水路にぃぃぃぃぃぃ!?」
猫のアルブが悲鳴を上げ、リアが大声で驚きの声を上げる。
「アルブさん、この依頼初めてじゃないでしょ?」
「怖いもんは怖いにゃぁぁぁ!!」
ヴァレトのツッコミに、アルブは叫ぶように答える。
「来ますよ!」
マテリの号令が合図のように、水路から3体のサメが一斉に飛び出す。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
その後、次から次へと襲い来るサメをマテリとヴァレトが撃破し続け、30匹ほど討伐した時点で、後続の襲撃が止んだ。
****************
地下水路にて30匹のサメを討伐した一行は、討伐証明である背びれを採取し、帰路についた。
なお、この魔物のサメは臭くて食べることができず、その上、体が素材としても使えないため、討伐の賞金以外の旨味がない。このあたりが一般冒険者に不人気な理由である。なお、生きていなければ、その辺を徘徊している浄化スライムが処理してくれるため、死骸は放置で問題ない。
「……?」
縄に結った大量の背びれを肩にかけて歩いていたオウェルが立ち止まり、周囲の気配を伺う様子を見せる。
「お兄様、どうかされましたか?」
先頭を行くマテリも、立ち止まったオウェルの動きを感じ取り声をかける。
「うむ。なにか妙だ……。薄っすらだが……、これは人の気配?」
突然、リアの持っていた松明、その先端が切断され水路に落ちる。周囲は一気に薄暗くなり、天井にある小さな排水溝から差し込む光だけが水路を照らす。
次の瞬間、オウェルの左腕から鮮血が舞った。
「な、なにぃ!?」
オウェルは鎧を着こんでいる。故に、左腕関節部の隙間を狙って切り裂かれていた。
(いつ切られた!? どこから!? どうやって!? いや、今は!!)
彼は咄嗟に、流血を止めるべく傷口を押さえた。が、手遅れであった。血の匂いに誘われたサメが水中から飛び出し、オウェルの左腕に食らいつく。
「ぐぁっ!」
サメに引かれオウェルは水路へと落ちる。マテリとヴァレトは即座に
「お兄さ──」
水中へと引きずり込まれようとするオウェルに手を伸ばす
「がふ……」
「お嬢様!!」
口から血を垂らしつつ、それでもマテリは背後を睨みつける。
「
口から血を飛ばしながらマテリは叫び、
「ぐっ!」
一瞬マテリ背後の景色がゆがみ、そこから謎の男の呻きが漏れる。
「お嬢様!!」
ヴァレトは
「ぐ、大丈夫です、それよりお兄様が……」
すでに水中に引きずり込まれてしまったオウェルは姿が見えない。が、次の瞬間、水中から厳つい鎧が飛び出す。その肩にはぐったりとしたオウェルが担がれるように乗っている。
「ごばばばっ、お兄様はだいじょぶです!」
リアが鎧の中で水を吐き出しながら叫ぶ。ホッとしたのもつかの間。水路に聞きなれぬ男の声が響いた。
「いやだねぇ、"
水路に反響し、声の方向がわからない。即座にマテリとヴァレトは、お互いに背中を合わせ、それぞれの
「この刃はバジリスクの牙から削り出したモンだぜ? その猛毒は傷つけられただけでも瀕死だってのに、心臓を貫かれてもピンピンしてやがる」
バジリスクの牙から作った刃ならば、"特別な武器"に相当し、
「あ~、でも、そっちの男は普通の人間か。なら、もう死ぬぜ?」
男の声に、マテリとヴァレトはチラリとオウェルを視界に収める。丁度、排水溝からの明りに照らされた彼は、顔色が悪く、土気色を通り越し、紫色になっていた。
+++++++++++++++++
<次回予告>
「浄化スライムは生き物は食べない」
「そうですね」
「でも、死骸なら食べる」
「そうにゃ?」
「これは、完全犯罪の予☆感」
「この変態の死体を捨てたほうがいいにゃ」
「紳士をつけろ! 紳士を!」
「"死体"とか"捨てる"の部分には異論がないんですね」
「いや、それは次でいいかなって」
「次っていつだよ」
次回:エンドレスHENTAI紳士
(これは嘘予告です)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます