9-2、将来の王妃として、王太子を支えていく気持ちはあるか?
ダンスホールに居る人々の視線は、檀上にいるフィデス王太子と、その王太子に糾弾され婚約破棄されたマテリへと集中していた。
しかし、そのような状況を打破するかのように、人々の波をかき分け1人の男が演壇前へと現れた。
マテリの兄、オウェル・レギア・ルキオニスである。
彼は檀上のフィデス王太子、ではなく、厳しい表情で息子の行いを見つめていた国王、エトゥソルス・レクス・ウィルゴルディの前へと向かい跪いた。
「陛下、私めに上奏の許可をいただきたく」
「いいだろう、許可する」
跪き、頭を下げたまま上奏を申し出たオウェルに対し、エトゥソルス王が許可を告げる。
「はっ! ありがたき幸せ」
そう述べたオウェルは、近くの卓上に準備されていた食事を退け、銀盆を手に取り、その上に懐から取り出した紙類を広げ、エトゥソルス王の前へと差し出した。
「こ、これは……」
王はその紙に視線を落とし、戸惑うような声を出した。
「これは"写し絵"と申します。とある能力により、実際の風景や人物などを写し取ったものです」
エトゥソルス王はオウェルの説明を聞いているのかいないのか、震える手でその紙、"写し絵"の一枚を手に取り、唇を震わせる。
「フィデスよ、これを見ることを許可する。これについての説明をせよ」
エトゥソルス王は写し絵を盆へと戻し、一転して毅然とした様子で息子に告げた。
「は? はっ!」
普段見せない父の様子に、フィデスは戸惑いながらも返事をし、演壇から降りて銀盆の写し絵を目にした。
「な、こ、これは!」
フィデスは乱暴に写し絵を掴み上げ、しわが寄るほどに握りしめる。
「ば、バカな! イグノーラ! お前、俺を愛していると言っていたではないか!!」
写し絵には、フィデスとイグノーラ、カルリディとイグノーラ、ルスフとイグノーラが、それぞれ口づけしている姿が写っていた。それも何枚も、異なる場所、異なる状況で……。
そのうちの1枚など、図書館の一画でカルリディとイグノーラが乱れた様子で抱き合っている。お互いの衣服もはだけていた。
「で、殿下!」
「カルリディ! ルスフ! お前たちこれはどういうことなんだ!!」
カルリディは焦りながらも、冷静に分析する。
「落ち着いてください殿下! こんなものはただの絵です! そうです。単なる絵です!!」
「絵……」
カルリディの言葉に、フィデスは冷静さを取り戻す。
「そ、そうです父上。こんな絵など、誰かのいたずらです。捏造だ! なんの証拠にもなりはしない!」
フィデスは振り返り、エトゥソルス王に向け弁明を叫ぶ。それはまるで自分たちの不正を語る"自己紹介"のようである。
「能力で"風景を写し取ったもの"という話であったが? これが誰かの捏造であるというなら、お主らの用意した証拠とやらも、捏造ではないという証明はできぬのではないか?」
「わ、我々の証拠品は、確固たる証言を受けての調書です!」
フィデスは断言する。しかし、瞬間的に視線が泳ぐ様子を数回見せてしまい、更にエトゥソルス王の疑いを深めてしまう。
「陛下、さらに上奏の許可をいただきたく」
「貴様! 今は俺が──」
「良い、許可する申してみよ」
さらなる上奏許可を求めるオウェルに、フィデスが食って掛かるが、それを抑え、エトゥソルス王は許可を出した。その声は有無を言わさぬ強い覇気を帯びていた。
「はっ、それでは失礼して」
そういってオウェルが指を鳴らす。すると、ダンスホールが薄暗くなり、演壇奥のカーテンに映像が映し出された。
動く絵が壁に映しだされている状況に、ダンスホール中から「おぉ……」という低い感嘆の声が挙がる。
映像には学園にあるバラ園が映っていた。
フィデスとイグノーラが腕を組み、そこを散策している。程なくしてイグノーラが躓き倒れかけ、それをフィデスが抱きかかえるように支えた。
二人はそのまま数秒見つめ合い、お互いに静かに瞳を閉じて口づけを交わす。
場面が突然変わり、図書館の本棚。
やや高い位置にある本を取ろうとするイグノーラ。ギリギリ届かない彼女のために、背後からそっと近づいて手を伸ばすカルリディ。
彼は本を手にしたが、実際カルリディとイグノーラでは身長は数cmしか違わない。イグノーラの背後から本を取ったカルリディは、ほとんど彼女と密着するような姿勢となってしまった。自然、カルリディの腕がイグノーラの腰に回され、ゆっくり振り返ったイグノーラと口づけする。
長い長い口づけ。ただ唇の感触を感じ合うだけだったそれは、徐々に動きを伴い、お互いに求めあい、交わり、貪りあうような……。
ドサリと本が床に落ち、イグノーラはしがみつくようにカルリディの首に手をまわし、カルリディは彼女に覆いかぶさるように、そして背中に、胸に、足に、その手を這わせて、服の中へと手を滑りこませ──
そこで場面が切り替わる。会場の一部から「あぁぁぁっ」という惜しむような声が挙がり、直後にビンタの音が響いた。どうやら、パートナーの女性から引っ叩かれたようだ。
「カルリディ! 貴様!!」
フィデスがカルリディに詰め寄り、襟首をつかむ。
「こ、こんなものは幻覚だ!」
掴み上げられながらカルリディは尚も、偽物、捏造を訴える。
続けて映像には、学園内を流れる清流が映し出される。
夕暮れにその河原で隣り合って座っているルスフとイグノーラ。川に石を投げながら、何事かを告げるルスフ。そしてイグノーラの返事にルスフは彼女を見つめ、そして夕日をバックに、二人の影が重なる。
「ルスフ! お前まで!!」
ルスフは純朴で脳筋であるが故に、今の事態に思考が付いてこず茫然としていた。
フィデスに襟をつかまれ揺さぶられても、無抵抗にそのまま揺さぶられ続けている。
更に場面が切り替わる。
『……、そっか、悪役令嬢に退場してもらえばいいんだ』
映像の中からイグノーラの独白が響く。
『悪役令嬢が婚約破棄されれば、私はハッピーエンドを迎えられる。なら、冤罪でもなんでも擦り付けて、とにかく悪役令嬢には退場してもらわなきゃ……』
映像は終わり、照明が戻る。
ダンスホールには、痛いほどの静寂があった。
「さて。このような証拠を示されたが、これについて申し開きがあるか?」
エトゥソルス王の問いかけで、未だにルスフに掴みかかっていたフィデスが動きを止める。
フィデスはルスフから手を放し、王に顔を向けた。が、その顔は蒼白だ。
「こ、このような……っ、こんなもの、ありえない! 聞いたことが無い! 誰かの妄想を映した幻覚だ! こんなものは証拠になりはしない!!」
あまりにもはっきりとした映像を見せられ、捏造か幻覚と訴えるしかフィデスにも言い訳が思いつかない。
「……ふむ。確かに、我も今日、初めて目にしたものだ。"写し絵"や先ほどの"動く絵"が、どれほど確証の高いものであるのか、確認はとれぬな……、だが、それは、お主らが準備した証言調書も同様であろう。正式な調査官が聴取し作成したものではなく、お主らが独自に作り上げたものである以上、恣意が含まれている可能性は充分にありえる」
「っ……」
王の言葉に、フィデスはそれ以上反論できず、苦々しい表情を浮かべるだけであった。
「つまり、双方"証拠不十分"ということになろうな……、だが……」
そこでエトゥソルス王は、マテリに視線を向けた。
「マテリモーニア嬢よ。このような状況となってしまったが、将来の王妃として、王太子を支えていく気持ちはあるか?」
「王命とあらば」
王のあまりに酷と言える問いかけに、しかしマテリは即座に流麗な礼をもって答えた。
ヴァレトは自然と奥歯をかみしめ、拳を握りしめた。
このまま結婚しても、マテリが幸せになれるわけがない。しかし、マテリは責任感が強い。王に命ぜられてしまえば、それを忠実に、最大限沿うべく、努力する。それが彼女の良さであり、支えたいと思わせるところでもある。が、それでもたぎる憤懣に、彼は血が出るほどに手を握る。
婚約者同士としてお互いの理解や歩み寄りが足りていない。そう感じていたエトゥソルス王は、今回の件は互いに"不問"として、婚約関係は維持し、お互いにもっと話し合い、交流をもって理解を深めるべきと考えた。
「ならば──」
そのようなことを告げるべく、会場を見渡しながら口を開いたエトゥソルス王は、"死"を実感させるほどの凄まじい殺気に貫かれ、その動きを止めた。
その殺気の出所は、1か所ではなかった。
1人は、マテリの背後。騎士爵となりながらも主人の従者を務める少年。
彼は俯き、視線こそ王へと向けてはいない。が、常人である王でも幻視するほどのドス黒いオーラを立ち登らせている。その手からは血の雫が垂れていた……。
1人は、王の目の前に跪き
近衛兵団の隊長であり、本来王を護るべき存在である。が、発する殺気は、今にも抜剣し切りかかってきそうに思える……。
そして最後の1人。
この男、ルキオニス侯爵は、もはや頭も下げてない。完全に同じ目線の高さでまっすぐとエトゥソルス王を射抜いてくる。あまりに鋭い刃のような殺気に貫かれ、王は背中の冷や汗が止まらない。
その目には、これ以上娘に苦を強いるなら、国を割っての内乱も辞さずの意思が込められている。まだ動き出さないのは、王が最後の一線を越えていない、ただそれだけの理由である。
「あ~、マテリモーニア嬢の献身は、非常に美しく尊いものだ。国母たる者にこそ必要なモノであろう。が、王族の結婚というものが、恋や愛だけで成り立たぬものとはいえ、
王の言葉に、ダンスホールは水を打ったような静寂に包まれる。
「はっ」
たっぷり数秒遅れて、フィデス王太子がそれに応え、
「……」
マテリも無言で礼をもって答えた。
エトゥソルス王がゆっくりと侯爵へ視線を向けると、彼はもう何の気配も放っておらず、静かに
「う、うむ、では、引き続き宴を──」
王が小さな安心の吐息を吐きながら、パーティーの再開を促した瞬間、ダンスホールの入り口が乱暴に開け放たれた。
「火急のことゆえ、御前失礼いたします!」
飛び込んできたのは、近衛兵団の情報伝達員であった。
「いかがいたした」
「はっ! 王都内にて魔物が大量発生中です! 現在、憲兵団が対応に当たっていますが、被害が拡大中とのことです!」
「なんだと!?」
+++++++++++++++++
<次回予告>
「た、大変です! 王都のあちこちに★(ヒトデ)が!」
「なんということだ! 王都が★(ヒトデ)に埋め尽くされる!」
「くそっ! 皆! ★(ヒトデ)を拾い集めるんだ!!」
次回:★(ヒトデ)祭り
(これは嘘予告です)
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