1-3、お兄様、語彙力が崩壊してます

 少女は祈るように手を組み、小さく唱えた。

顕現せよレベラータ・アバタル慈愛齎す天翼アマレ・ミセリコルディア

 マテリの声と共に、彼女の体から煌気オドが紡ぎだされ、白銀の髪を持つ天使を形作る。


「飛んでください」

 マテリの指示に応え、天使アマレをその翼を翻し、空へと舞い上がる。そのまま、屋敷の周囲をくるくると飛んでいる。


 マテリが初めて"天使アマレ"を呼び出した夜から、明けた翌日。改めて侯爵邸の庭園にて、マテリは自身の約定体アバタルを披露していた。


「いやぁ、話に聞いたことはあったが、まさか、自分の娘が契約者フィルマになるとは……」

 侯爵は空を舞う天使アマレを見上げ、しみじみとつぶやいた。

「お空を飛べるなんて、すごいわ」

 侯爵夫人は、にこやかに告げる。


 契約者フィルマとは、超次元に存在する何者かと"約定スティプラ"を結んだ者である。

 "約定スティプラ"を結ぶことで、魔法的な力を得たり、自身の化身ともいえる約定体アバタルを使役できるようになる。


 この世界では、極稀に契約者フィルマが出現する。それは5年に1人とも、10年に1人ともいわれる。マテリはそれほどに類稀な力に目覚めたのだ。

 ヴァレトは天使アマレの姿を見上げ、自分の"主人"が急に遠くの存在になってしまったように感じた。


「僕は、もっと、強くなる、ます。お嬢様を……、守れるように」

 幼心に、"マテリの特別"になりたい、そう願った彼は、腰に帯びた剣の鞘を強く握りしめた。

「そうだね……。契約者フィルマともなれば、利用しようとする輩も出てくるだろう。私も全力でマテリを……」

 ヴァレトのつぶやきに、侯爵がそこまで答えたところで、ふと、侯爵はすぐ横に立つ少年を見下ろす。

「今……、何か喋ったかい?」

「……、はい」

 二人の時間が一瞬静止する。


「ヴァレト君が喋った!!」

 そして侯爵は驚愕の表情で大声を上げ、

「まぁ、喋れるようになったなんて、すごいわ」

 侯爵夫人は、にこやかに告げる。


「こりゃ今日はお祝いだ!」

「そうね、すてきね」

 侯爵が高揚しつつ"お祝い"を提案し、侯爵夫人が、にこやかにそれを肯定する。


 この日、ルキオニス侯爵家では、家人と使用人たちを交えてのお祝いが催された。

 ルキオニス侯爵家の面々は、凡そ"貴族"としてイメージされる人物像からはかけ離れていた。そんな侯爵家に、お嬢様に救われたことを、ヴァレトは改めて幸せだと感じた。



****************



 ヴァレトは日々の仕事や修練に加え、マテリの専属護衛であるテガト・ロニッサに請い、さらに剣術に打ち込んだ。

 彼とは別に、マテリの天使アマレには、人の怪我を癒す力があることが分かった。そのため、彼女は約定体アバタル操作の修練として、侯爵家私設騎士団の訓練場へと赴き、日々、団員たちの怪我を癒している。

 "どうせすぐに治るのだから"と、騎士団長の課す訓練内容が過酷化し、団員たちは喜ぶべきか嘆くべきか、複雑な心境との噂である。


「マテリ!!」

 本日も、マテリが訓練場にて騎士団員たちの傷を癒していると、一人の男が大声で彼女の名を叫びつつ、訓練場へと突入してきた。

 端正な顔立ちは、どこかマテリに似た面影があり、同じ金髪を短く刈上げ、近衛兵団の団員であることを示す金で縁取られた鎧を纏っている。背負う家紋入りの赤いマントは、"隊長格"であることを示すものである。

「あら、お兄様」

 その人こそ、次期侯爵であるマテリの兄、オウェル・レギア・ルキオニスである。

 オウェルは近衛兵団に所属し、一隊の隊長を任せられている。そのため大変多忙であり、先日急遽開催された"お祝い"にも、参加することができなかった。そのため、彼にとっては実に数か月ぶりの家族との対面である。


「おぉ、マテリ! あぁっ! 眩しい! いつもながら、まるで天使のような美しさだ!!」

 大仰な仕草で、オウェルはマテリに駆け寄り、朗々と賛辞を告げる。

「お兄様、ありがとうございます。相変わらずお上手ですね」

 当のマテリは、兄の大袈裟な物言いに若干引きつつ、礼儀として礼を述べる。

 訓練場に響き渡る大声に、端っこで一人素振りをしていたヴァレトも素振りを止め、マテリの元へと歩み寄る。


「私は事実しか述べていないよ! ヴァレトも久しぶりだね」

「オウェル様、お久しぶりです」

 マテリ向けには実にハイテンションに。ヴァレト向けには普通の口調で。テンションが乱高下するオウェルの様に、少々困惑しつつもヴァレトは挨拶を述べる。


「うんうん、二人とも元気そうでなによりだ……。それで、我が最愛の妹君は、新たな魅力が開花したとのうわさを聞き、飛んできたのだが……」

「お兄様、兵団のお仕事はちゃんとしてくださいまし」

 マテリは内心で、「ヴァレトが会話していることも、大きな変化なのですけど」と思いつつ、やや冷淡に返す。が……、

「大丈夫だ! この世でマテリ以上の都合などありはしないっ!!」

 オウェルには何の痛痒も無いようだ。

(オウェル様、相変わらずだなぁ……)

 ヴァレトは彼らのやり取りを見、しみじみと感じた。彼の感想に補足するならば、"いわゆるシスコン"である


 マテリはため息を一つ、そして小声で詠唱を行う。すると、彼女の体から力を受けた天使アマレが顕現した。

「……」

 オウェルは、目を見開き、口を開けたまま絶句し、そして顔を伏せ、目頭を押さえた。

「……、我が妹が、天使のようだったマテリが……、本物の天使になるとは……。やはり、天使だったか」

「……、お兄様、語彙力が崩壊してます……」

 お兄様の語彙力が崩壊した。



=================

<情報開示>


契約者フィルマ

・あらゆる時空の外側に在る"何か"と"約定スティプラ"を結んだ者の呼び名である

・体内に煌気オドを溜める器官があり、その煌気オドを使い、"約定スティプラ"を行使する。なお、煌気オドは時間経過で自動回復する

・"障壁クラテス"と呼ばれる力場によって守られており、通常の刃物や鈍器ではダメージを受けない


慈愛齎す天翼アマレ・ミセリコルディア

・3等級(顕現に必要な煌気オドは3ポイント)

・属性<白>

・攻撃力:極低 防御力:並 耐久性:並

・能力1(パッシブ):飛行

・能力2(パッシブ):顕現中は、本体(マテリ)の負傷や状態異常が徐々に回復

・能力3(アクティブ):[煌気オドを1ポイント消費]:対象の人物または約定体アバタルを小回復。併せて状態異常も回復




+++++++++++++++++

<次回予告>


「天使だった。マジ天使だった」

「そうですね、女神かと思っていましたが、天使でした」

「女神か。それもアリだな」

「女神で天使でもいいかもしれませんね」

「略してメガ天使か。すごいな」

「意味不明ですね」

「だから、もうそのネタはやめてください!!」


 次回:激突! 女神派と天使派


 (これは嘘予告です)


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