4-2、完全に不敬罪ですね

「うぉぉぉぉん! 制服姿の"まいまいたん"尊い!!」

 侯爵邸の玄関前で、リアが本日何度目かの奇声を上げた。

 彼らが身に着けているのは、いわゆるブレザーの制服である。マテリとリアはプリーツのスカート、ヴァレトはスラックスという違いはあるが、揃いの制服に袖を通し、連れ立って登校すべく、侯爵邸玄関で合流したのだ。


(こればかりは激しく同意……)

 リアのようにリアクションは上げずとも、マテリの制服姿が尊いことには内心全力で同意するヴァレトである。

「リアさん? 学園では、控えてくださいね……」

 マテリは困り顔でリアを嗜めるが、

「はいぃぃぃぃ!!」

 リアの自重する気が無い返事が響き渡った。



 彼らは侯爵邸から徒歩で出発した。

「歩いての移動というのも新鮮ですね」

 マテリは少し楽しそうに告げる。前世の記憶を持つヴァレトとリアにとっては、"学校への登校"とは歩くものという認識があったため、彼女の感想こそがむしろ新鮮に感じられた。

「ただ、歩いて学園に行くのが、今日だけというのはちょっと残念です」

 はにかみつつ、ヴァレトに視線を向けながら、マテリは零す。

「「うぐっ」」

 その仕草の破壊力に、ヴァレトもリアも心を打ち貫かれて呻きを上げた。


 学園では、基本的に寮生活である。既に彼らの荷物は寮に運ばれており、初日の入学式である本日のみ、自宅から学園へと直接登校しなくてはならないのである。


 侯爵邸も学園も、王都の貴族街に存在する。それほどの時間を要することなく、彼らは学園の正面入り口へとたどり着いた。目の前に広がる学園の景色に、三者三様の感想を述べる。

「すごいですね……」

「で、でかい……」

「Wow、ゲーム画面のままだ……」


 3m以上の高さがある正門、ヴァレトはその左右へと伸びていく格子の塀が続く先を目で追うが、塀は遥か彼方まで続いており、彼の目ではその終端を見通すことができなかった。

 さらに、目の前の正面ゲートから先は、見事な飾りに加工された植木が道を形作っており、正面の彼方にはひと際背が高く荘厳さを見せる時計塔、右手奥には煌びやかな装飾を施したダンスホールなど、学校の施設というよりは、どこかのテーマパークにあるアトラクションか?と見紛うような優美な建物が、緑豊かな広い敷地に遠すぎず、かといって景観を損ねない程度の距離感で配置されている。


「おぉ……。ファンタジー……」

 ヴァレトは何度目かになる感嘆の言葉を漏らした。

「そんなに幻想的でしたか?」

 そんなヴァレトに、マテリは興味深そうな様子で問いかける。

「はい……、学園がこのように綺麗な場所だとは思っておりませんでしたので……」

 珍しく感情を露わにしているヴァレトの様子に、マテリは少し楽し気だ。

「でも、いつまでも眺めているわけにもいきませんよ?」 

 マテリは「さぁ、行きましょう」と2人を促し、学園内へと歩を進めた。




「このホールですね」

 ヴァレト達3人は、本日の入学式典が行われる、学園のダンスホールへとやってきた。

 遠巻きに見てもホールはとても煌びやかであったが、間近でみるとただ華美なだけでなく、見事な彫刻や装飾など、非常に緻密で細微な飾りつけが施されていることがわかる。ヴァレトは「ほぇ~」と小さく感嘆しつつ、マテリに付いてダンスホール内へと入っていく。


 エントランス内には、友人知人との会話で盛り上がる者たちや、誰かと待ち合わせしている者など、既に多数の生徒たちがいた。

「エントランスで待つ必要もなさそうですね。ホールへ入ってしまいましょうか──」

 マテリが言いかけたとき、周囲の人々がにわかにざわついた。

 3人が振り返ると、人並みを割るように、4人の男がエントランスへ入場してくるところであった。


「うほっ! スチルで見た、これ!」 

 その4人のあまりに堂に入った姿に、リア感動で声を張り上げた。


 ひと際目立つのは、肩口でそろえた白金の髪を揺らし、きらめくような微笑みを浮かべて歩く貴公子。彼はこの国の王太子であり、マテリの婚約者であるフィデス・レギア・ウィルゴルディ殿下。

 そのすぐ後ろ、真っ赤な髪を短く刈り揃えた長身の美丈夫。ブレザーをわずかに張り上げる体躯は、鍛えられていることがわかる。彼は数々の騎士団長や近衛兵団長などを輩出してきたレドウィケス子爵家の長子である、ルスフ・レドウィケス。

 そのルスフと並ぶように歩く単身痩躯で青髪の美男子。4人の中ではやや身長が低く、一見すると少年のようだが、その瞳には高い知性をうかがわせる。現宰相であるカムスブルエ伯爵家の次男である、カルリディ・カムスブルエ。

 彼らとは数歩遅れる黒髪の男。長い前髪で顔はやや見づらいが、端正な顔立ちに、やや影のある表情を見せる。文武両道の名家、ビケグレオス子爵家の次男であり、現王国騎士団団長の弟であるラクトゥス・ビケグレオス。


「さすが攻略対象。華があるぅ!」

 リアは興奮からか、全く"ゲーム"についての発言を隠す気がない。

 ヴァレトは、こいつ大丈夫か?と痛々しい目をリアに向けていると同時に、他の視線を感じ、そちらに目線を向けた。こちらを見ていたのは、以前叙爵式にも居た緑髪の少女、イグノーラであった。

 彼女はヴァレトの視線に気が付いたのか、スッと目を逸らした。が、一瞬ではあったが、彼女がリアに対し、憎しみの籠った視線を向けていたように、ヴァレトには感じられた。



****************



 乙女ゲームの世界とはいえ、入学式典とは退屈であることに変わりはなかった。

(前世の学生時代にも、入学式は退屈だったな……)

 妙ななつかしさを覚えつつも、ヴァレトは無心になり、式典が粛々と進むのに耐えた。


 学園長の挨拶が済み、来賓として王弟であるドルクス公爵から祝辞をいただいたところで、新入学生代表の挨拶となった。


「新入学生代表、フィデス・レギア・ウィルゴルディ」

「はい」

 司会進行の男性に呼ばれ、フィデス王太子が檀上へと上がる。


 壇上で、フィデス王太子は新入学生たちをゆっくりと見回し、そして、

「この学園では、"身分"は関係ない!」

 いきなり声を張り上げた。


「おぉ! カズくんの声! なんだか懐かしく感じるわぁ!!」

 フィデス王太子の第一声を聞いたリアが、何やら久しぶりのテンションで騒ぐ。

「えっと、王太子殿下ですが……・?」

「あぁ、お嬢様、リアのいつもの病気なので、気にしてはいけません」

「あぁ……・」

 マテリはいつぞやも見せたような、憐憫の表情をリアに向けた。が、リアは気にした様子がない。


「イケメン声優爆発しろ」

「完全に不敬罪ですね。好みがわかりやすいです」

 "原作"でのフィデス王太子の中の人は、リアの好みではないようだ。


 王太子は、学園では無礼講であるので、自分にも身分関係なく接してほしいという話を、熱く、雄弁に語っていたが、ヴァレト達は全く聞いていなかった。



+++++++++++++++++

<次回予告>


「★がね、要るんですよ」

「突然何を言い出したんですか? この変態は」

「自然な流れで罵倒挟んできた!? 紳士を付けろ! 紳士を!!」

「変態は変態にゃ」

「おっと、出番の無い猫は黙っていてもらおうか!」

(イラッ)

「というわけでへ、★ですよ、★」

「いや、いくら嘘予告だからって、メタ発言ばかりしているのはどうかと……」

「え~? 何がメタですって? ★はヒトデですよ? ヒ・ト・デ」

(イラッ)

「なんだと思ったのかな? かな?」

(イライラッ)

「アルブ」

「了解にゃ!」

 変態はクマのぬいぐるみで撃退されました


 次回:ヒトデを集めよう!


 (これは嘘予告です。あ、いつでも"ヒトデ"待ってます)


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