4-3、小生は悪くねぇ!
入学式が終了し、新入学生たちはダンスホールから解放された。
解放感から背筋を伸ばしたリアは、彼女の下腹部で解放を求める"モノ"を察知した。
「う、すみません、マテリ様! 小生ちょっとお花を摘みに……」
リアの言葉に、マテリは何も言わず、軽く微笑む。リアはぎこちない笑みでそれに返し、やや内またになりながらトイレへと急いだ。
「なんか、トイレ周りは
駆け込むように女子トイレへと飛び込み、一瞥して空いている個室に狙いをつけ、そこに向けて速足で接近する。
この世界が前世における"乙女ゲーム"の世界故か、トイレ関係については、前世のような進んだ水洗トイレが存在することに感謝しつつ、その個室の扉に手をかけ──
「ヒストリア・ヴィケコム、さん?」
リアが入ってきた女子トイレの入り口、その扉の影に一人の女子生徒が立っていた。そして、その声は、リアにとって聞き慣れた、懐かしさを覚える声だった。
「なっ!? めずっち!?」
「はぁ? めずっちって誰のこと?」
その女子生徒は、目線に掛かったエメラルドグリーンの髪を手で払いながら、個室前で静止しているリアに近づいてくる。それは、乙女ゲームのヒロインであり、騎士爵のイグノーラ・フェミエスであった。
「こほん。失礼。どうかされまして、イグノーラ・フェミエスさん?」
勢いでヒロインの"中の人"の名を言ってしまったリアだが、現在ツッコミ不在であることで急に冷静になったのか、今更ながらに口調と態度を取り繕う。なお、下腹部は限界2歩手前だが。
そんなリアの下腹部事情などいざ知らず、いや、知っていてあえてなのか、イグノーラはゆっくりとリアに近づき、彼女が個室に入るの遮るように扉に手を当てながら顔を覗き込む。
「ヒストリアさんとは……、一度お話ししてみたかったんです」
言葉の内容はまるで、物語のヒロインが"お友達が欲しかったんです"、と言いたげな内容だ。しかし、そのドスの効いた口調は全く真逆、まるで尋問でもするかのような態度である。
「な、なんの、お話……、です、かね?」
脂汗を流しつつ、リアはチラチラと目線をイグノーラに向ける。
リアは子爵令嬢で、イグノーラは一代当主とはいえ、騎士爵である。当然身分的にはリアが上であるが、2人の今の状況は、完全に逆転している。
「……、あんた転生者?」
「ぶっ!」
一気に脂汗の量が増す。他に転生者が居ることはヴァレトの例でもわかっていた。だからもう1人居ても不思議はないし、予想はしていた。していたが、
「ふ~ん、その様子からすると、本当に転生者なんだ……」
イグノーラは乙女ゲームのヒロインとは思えないほどの冷えた視線をリアに向ける。
(や、ヤバイヤバイヤバイ! この状況がヤバイ!!)
リアはなんと答えるべきか、脳をフル回転させる。が、考えれば考えるほど、下腹部から伝わる危機に、思考が散乱していく。
「あんた"も"ゲームには居ないキャラよね?」
(なんで今、よりによって、この場所なんだ!)
ヒロインに転生している上、"ゲーム"にも詳しい。その上この様子……、
「こんな"シナリオ"は、記憶にないし……」
明らかに前世からの生粋の"女子"である。つまり……
(小生がTSだってバレたらヤバイ!)
元男が、今まさに女子トイレに女子と共に存在しており、そこで用を足そうとしている。この状況に、リアは絶望的危機感を覚えていた!!
そう、完全に冷静さを欠いている。自己申告しなけらばバレようもないのだが、その点には気が付いていない。
「ってことは、騎士爵が3人になったのは、あんたの介入が原因ってこと?」
「え?」
自身の存在への追及を恐れるあまり、話題が自分のことから逸れたことで、リアの警戒フラグが一気にマヒした。
「しょ、小生は何も! だいたい、あの女子については、小生も何が何やら──」
「へぇ~、ってことは、"男の方"は知ってるわけね……、まさか、あの男も転生者?」
リアは口を開けたまま、金魚のようにパクパクと言葉を失う。そこで初めて、彼女はイグノーラを直視した。散々ゲームで見た自キャラのデザインだが、なるほど、ヒロインらしく大変お綺麗でお美形である。
転生による多少の美少女補正があるにも関わらず、ちんちくりんなリアとは大違いだ。
「ちょっと、黙ってないで、何とか言ったら?」
その美少女から、美麗な声が奏でられる。
「はぁ~ん、めずっちの声、癒される~」
先ほどまでの危機感はどこへやら。リアはアッという間に平常運転へと至った。
「はぁ? アンタのために声出してるわけじゃないんだけど!?」
「あ、小生そっち方面の性癖無いんで」
さらに、脳にまで尿素が回ったのか、太々しさも復活した。
イグノーラは「ぶちっ」という音が聞こえそうなほど、顔面を怒りに染める。
「とにかく! 私が"ヒロイン"なんだから、攻略の邪魔しないでよね!!」
そう言い残し、彼女は肩を怒らせてトイレから飛び出していった。
「はぁ、おこっためずっちもいい……、うっ!」
そこで下腹部の限界を思い出したリアは、焦って個室へ駆け込んだ。彼? 彼女? の名誉のため、ここはギリギリアウト寄りのセーフだったと言っておこう。
****************
ここ、"ウィルゴルディ王国立学園"の存在目的は、学生の社交であり、人脈形成である。極端に言えば、この学園には"授業"と呼ばれるようなカリキュラムは存在しない。単位も無ければ、試験も存在しない。
では何をするのか、といえば、友人や知人を増やし、茶会やパーティなど、社交的集まりに参加、開催すること。そのための施設や、備品、果てはお茶やお菓子、食事まで、学園が準備してくれる。必要なら、そういった社交の場を開催するための手順や作法などを教授してくれる講師が在籍しているため、必要に応じて、学生は自身に不足する知識や技術を学ばなければならない。
入学から数日、侯爵令嬢であるマテリは、既に茶会を開いたり、招待されたりと、忙しい毎日である。希少な
そんな中、ヴァレトは相変わらずマテリの従者として、彼女が催す茶会の手配や給仕として忙しくしている。彼自身も爵位持ちの
「それも十分ストーカー気質だよねぇ?」
「何か言いましたか?」
「べっつにぃ?」
ヴァレトから追及の眼を向けられても、リアはどこ吹く風である。
彼らは今、マテリを先頭とし、その後ろに付き従うようにリアとヴァレトが並んで歩いている。本日の茶会予定も終わり、学園寮へと帰るところだ。
学園は全寮制である。王都のルキオニス侯爵邸などは、学園からそれほど遠くない距離に存在するが、学園在籍中は生徒同士の生活環境に差をつけないという"建前"があり、全員が寮で生活を行う。
ただ、当然だが、女子寮と男子寮は別であるため、放課後ヴァレトは、マテリ(とおまけのリア)を女子寮前まで送り、その後に1人で男子寮へ帰るというルートを日課としていた。
女子寮までもう少しというところで、マテリがハタと足を止めた。
マテリが視線を送る先、ヴァレトとリアもその視線を追い、彼女が見ているモノに気が付いた。
「ヒロインと殿下……」
リアは思わずゲームでの呼び名を零す。
遊歩道横にある小さな庭園。そこのベンチに、フィデス王太子とイグノーラがそろって腰かけ、楽し気に談笑していた。その距離感はただの友達とは思えないほどに近い。
「あ……」
リアが何かに気が付き、そしてヴァレトにだけ聞こえるほどの声で「これイベントだ」と囁く。
そう、ゲームでは入学間もないこの時期、ヒロインが攻略対象の1人であるフィデス王太子と談笑していると、そこに悪役令嬢であるマテリモーニアが現れてヒロインに苦言を呈する。が、それを王太子に逆に叱責される。
このイベントにより、ヒロインと悪役令嬢の確執が深まり、まさに、ここから悪役令嬢の"悪役"が始まるのである。
ヴァレトは、何かあれば、どんな方法でもマテリを援護しようと、構えつつ彼女の動きを待った。
リアは、フンスフンスと鼻息荒く、同じくマテリを見守る。
やがてマテリの視線にイグノーラとフィデス王太子も気が付き、3者の視線が交錯した。フィデス王太子はマテリに厳しい視線を向け、イグノーラはおびえるような表情を見せる。
そしてマテリは、少し悲し気な、なんともいえない可哀そうな"モノ"を見るような表情を浮かべ、ため息を漏らした。
「行きましょう」
そして、2人から視線を切り、女子寮に向けて再び歩き始めた。
勝ち誇るフィデス王太子と、片眉を吊り上げ、驚愕と戸惑いが混在した表情のイグノーラ。直後、彼女はリアに視線を移し、怒りの表情を浮かべる。
当のリアは焦って首を振りつつ、しかし、マテリが行ってしまったために、イグノーラに睨まれながらも遠ざかっていく。
「ちょっ! あれ、絶対小生のせいだと思ってるよ! 小生何もしてない! 小生は悪くねぇ!」
+++++++++++++++++
<次回予告>
「次回はなんと温泉回! 小生もサービスしちゃう!」
「あまり期待できないのでは? 貴女、そういった方面の魅力は"それなり"という表現しかされていませんが……」
「はいセクハラぁ~! 性的搾取ぅ~! ポリコレェ~!」
「いや、だったら初めから"温泉回"とか"サービス"とか言ったらだめでしょ」
「勝手なイメージィ~、誰もお色気なんて言ってません~」
「イラァ」
次回:声優オタの悲劇! 学園湯煙殺人事件!
(これは嘘予告です)
「ちょ! 待って!? 声優オタってまさか小生のこと!? 違うよね?」
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