4-4、なぁ、静かにしてくれよ。俺泣くよ?

 今年度の新入生には、9人の契約者フィルマが居る。そう、9人である。


 従来、契約者フィルマの出現とは非常に稀であり、5年に1人とも、10年に1人とも言われていた。実際、昨年度の学園在学生には契約者フィルマは存在しない。それが、今年度に限って、大量発生しているのである。


 これは、"乙女ゲーム世界"であることの、いわゆる"ご都合主義"的なモノか、あるいは、複数の転生者が存在することによる影響なのか……。



 さしあたり、契約者フィルマが新入生としてこれほどの人数が居る以上、彼ら向けの特別な対応が必要であろうと学園上層部は考えた。そこで、「熟練の契約者フィルマによる特別講座」の時間が設けられた。

 約定スティプラの使い方を習うなら、同じく約定スティプラ使いから。非常に稀とは言っても、王国に既存の契約者フィルマは存在する。そんな先達を講師として迎え、新入生の契約者フィルマ向けに講義を行う。というのが、学園における本講座開設に至った経緯である。が……、

「つまり、戦闘チュートリアルイベントって奴です」

 リアによる、身もふたもない解説によって、小難しい理屈はバッサリと両断された。


 しかし、そこは貴族向けの学園。ただのチュートリアルと侮るなかれ。学園はこの講義のために、なんと専用闘技場を建設したのだ。

 闘技エリアは100mトラックが丸ごと入るほどの大きさで、さらに1000人以上を収容できる観客席まで存在する。


 そんな闘技場に、9名の契約者フィルマが集まった。これから、その、「契約者フィルマ向け特別講義」が始まるのである。


 9名の契約者フィルマは、わかりやすくグループになっていた。

 まずはマテリ、ヴァレト、リアの3人。次に、乙女ゲーヒロインであるイグノーラを中心とした、攻略対象の3人。フィデス王太子、赤髪脳筋枠のルスフ、そして青髪ショタ枠のカルリディが集まったグループ。3人にちやほやされ、イグノーラは実に楽しげである。

 そして、意外にも、もう1人の攻略対象で、陰のある黒髪キャラ枠のラクトゥスは、その輪から外れ1人で孤立していた。他にも、もう1人の騎士爵であるペラム・マギクエスも1人である。



 そんな、思い思いのグループで集まっている契約者フィルマたちの前に、30代中ごろの中年男が現れた。茶色の頭髪はぼさぼさで、顎には髭の剃り残しがあり、ややくたびれた服装の男は、とても実力者には見えない。


「あ~、俺の名はグラリス・カームス。お前たち"契約者フィルマ"用の特別講師としてやってきた」

 中年男改めグラリスは気だるげな声で、新入生の契約者フィルマたちに呼び掛けた。

 "グラリス・カームス"という名に、一同が小さく騒めいた。グラリス・カームスとは、王国近衛兵団の団長であり、"王国最強"と異名をとる人物だからだ。


 グラリスに畏怖や畏敬の視線が向けられる中、ただ1人、異なる反応を示す者がいた。

「と、と、と、と、」

「ど、どうかしましたか?」

 突然奇声を発し始めたリアに、マテリが心配げな声をかけるが、

「あー、たぶんいつものヤツですね」

 ヴァレトはすでに慣れたものである。


「トマケンさぁぁぁぁぁん!! マジイケボすぎぃぃぃぃぃ!! 男の子の小生でもオナカに感じちゃう!! あ、今女子だった」

「お前キモイ。心底キモイ。真面目にキモイ」

 リアのあまりに気色悪い発言に、ヴァレトは飾らない本音が駄々洩れになった。


「ひ、ひどい! まるで汚物を見るような目!!」

「はい、今、僕はまさに、その汚物を見ています」

 リアとヴァレト、主にリアが騒ぎ出したため、グラリスは言葉を止めて彼らに視線を向ける。

「あ~、そこ、ちょっと静かにしろよ~」

 柄じゃないんだけどなぁ、などと思いつつ、仕方なく"注意"をするグラリスだが、

「あ、ふぅん、注意されちゃったぁ~」

 リアは恍惚とした表情で、膝から崩れ落ちた。注意したのに状況が悪化し、グラリスは頭を抱えた。



「……、そ、そいつ……」

 脇からかけられた声にヴァレトが振り向くと、グループの輪から外れていた攻略対象、ラクトゥス・ビケグレオスが立っていた。

「あ、はい、なんでしょうか」

 ヴァレトは従者仕様の表情でラクトゥスに相対する。


「その子、大丈夫……、か?」

 ラクトゥスは、崩れ落ちたリアを指さし、怪訝な表情で問う。

 ヴァレトはリアを見下ろす。"何"について"大丈夫"と問うているのだろうか? これを見て、なぜ「大丈夫か?」などと聞いてくるのか。どこからどう見ても、"大丈夫"な要素が微塵も無い。いや、存在そのものが"大丈夫ではない"。


「はい、全然大丈夫じゃないので、大丈夫です。お気になさらず」

「は、え……、え?」

 笑顔でにこやかに答えたヴァレトの回答に、混乱の極みに陥るラクトゥス。そんな戸惑うラクトゥスの声に、当のリアが反応を見せた。

「じゅんくんキタァ!!」

「「「……」」」

 ヴァレトは、もうかける言葉が見つからず、ただただ、無表情でリアを見下ろし、

 ラクトゥスは、謎の反応を見せたリアに、どう反応してよいかわからず戸惑い、

 マテリは、もはや相手にすべきでないと達観し、とりあえず一歩離れて無関係を装っている。


「まぁ? 演技はうまいよね、いろいろな声色も使い分けるし?」

 そんな周囲の反応に動じることなく、リアは淡々と感想を告げる。

「本人? を目の前にしての批評……、度胸があるというかなんというか……。それにしても目に見えてテンション低い。分かりやすい反応ですね……」

「うん。まあ、小生、男性声優好きじゃないし?」

「こんなに説得力の無い言葉がこの世に存在したか……」


「なぁ、静かにしてくれよ。俺泣くよ?」

 グラリスからはついに泣き言が漏れた。



****************



「えぇ~っと、皆、もうよく知っているかもしれないが、契約者フィルマについておさらいだ」

 気を取り直し、近衛兵団団長グラリスによる契約者フィルマの特別講義が始まった。


 すでに契約者フィルマであれば理解していることではあるが、


1、契約者フィルマの体は障壁クラテスと呼ばれるバリアに守られており、並みの攻撃は効かない

2、体内に煌気オドと呼ばれるエネルギーを蓄積する器官が存在し、煌気オドは、最大5つまで蓄えられる。使用した煌気オドは、1つ当たり約1分で回復する

3、約定体アバタルを出現させる場合には、その"等級"に応じた煌気オドを消費する。例えば、3等級の約定体アバタルであれば、煌気オドを3つ消費する

4、約定体アバタルには、追加で煌気オドを消費することで、能力を発動できるものがある

5、使用した約定スティプラや破壊された約定体アバタルは、ゴミ箱ボクスと呼ばれる領域に廃棄される


ゴミ箱ボクスについては、普通に約定体アバタルを使役している時に、意識することはない。が、過去には"ゴミ箱ボクスに干渉する"う能力も存在したと言われているから、知識だけは知っておけよ~」

 グラリスの説明に、ヴァレトは小さく「ほぅ」と感嘆の声を上げた。

 ヴァレトとマテリは、契約者フィルマに覚醒した段階で、その能力について検証していた。そのため、グラリスが語る内容のほとんどは既知の内容ではあった。しかし、最後の"ゴミ箱ボクス"だけは、ヴァレトも気づいていない内容であった。


「と、言うわけで、模擬戦してもらいましょうかねぇ~」

 近衛兵団団長グラリスは、楽しそうに告げる。


 ややあって、


「さぁ! 全力で行くぜ!!」

「いや、これはおかしい」

 ヴァレトの目の前では、脳筋担当の攻略対象であるルフスが、赤い髪が逆立つほど闘気を漲らせ、好戦的な笑みを彼に向けていた。


 模擬戦の第1回戦は、ヴァレト対ルスフとなった。

 

「なんでこうなった!」



+++++++++++++++++

<次回予告>


根暗「な、なぁ……」

変態「ハァハァ、トマケンさんマジイケボ……」

ツッコミ「とてもではないですが、貴族に限らず、女子が見せてはいけない表情をしています。これで顔を隠してください」

変態「身の丈を超える大剣とか、どっから持ってきたの!? それは剣というにはあまりに大きすぎた! 正に鉄塊! っていうか、全身隠れるんだけど!?」

根暗「……、あ、あの……」

ツッコミ「汚物なので、全身隠しておいてください」

変態「さすがに女子に向かって汚物扱いは酷すぎだと思うんだよ!?」

根暗「……、ちょ、ちょっと……」

ツッコミ「"大丈夫"な場所以外を切り落としてしまいますか……、あー、すりつぶした方が速そうですね」

変態「"大丈夫"な場所ってどういうことよ!? 全身コレ安全! 品質保証の小生だよ!?」

根暗「……、ねぇ、じゅんくんって、誰?」


 次回:ご使用前にはトリセツをお読みください


 (これは嘘予告です)

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