4章 王国立学園入学

4-1、何があっても、お嬢様を護るだけだ

 更に2年の歳月が経った。ヴァレトとマテリは15歳となり、彼らは"王律"の定める成人となった。となれば、ヴァレトは正式に"騎士爵"を叙爵することとなる。

 そして、15歳になった貴族、もしくは貴族子息子女は、ウィルゴルディ王国が直営する学園へと入学する。成人なのに学園入学というのも奇妙に感じるかもしれないが、王国立学園の存在目的は、社交であり、人脈形成であるため、この学園入学こそ、"成人の入り口"なのである。


「いいなぁいいなぁ~、小生も見に行きたいなぁ~」

 ヴァレトがマントの違和感に慣れず、頻りに肩の位置などを直しているところへ、呑気なリアの声が響く。

 いつも着用している燕尾のスーツとそれほど変わらないのに、マントを付けただけでなぜこんなに動きづらくなるのか……。


「今回の叙爵は、王自らが執り行われます。ですから、私たちが同行できるのは、この待合室までですよ」

 ヴァレトがマントを直すことを手伝いつつマテリが述べる。

 本日は、ヴァレトが正式に騎士爵へ叙爵される"叙爵式"である。ヴァレトの晴れ舞台故か、彼の衣服の直しを手伝うマテリもどこか嬉しそうな様子を見せる。二人の様子を、マテリの母、オーカラも優し気な表情で見守る。


「ぬぎぃ! うらやまけしからん! 堂々とオシドリな空気を!」

「なっ、お嬢様に失礼ですよ!!」

 リアは歯ぎしりでハンカチを噛み千切らん勢いで悔しがり、唐突な"夫婦"扱いにヴァレトが慌てる。


「オシドリ? とはなんですか?」

 ただ一人、当事者であるにも関わらず、日本語の慣用句表現がわからないマテリが首をかしげる。

「えっ……、いえ、お気になさらず……、あ、そろそろ時間ですね」

 マテリの問いかけに何と答えるべきか、迷ったヴァレトは強引に話題を逸らし、

「ヴァレト様! ご案内いたします!」

 まさにタイミングよく待合室の扉がノックされ、彼を呼ぶ声がかけられた。


「では、行ってきます」

 ヴァレトは案内に従い、一人叙爵式へと向う。



 リアが叙爵式に参加したがるには理由があった。

 本来、このタイミングでの叙爵式とは、平民ながら"契約者フィルマ"として目覚めた、「乙女ゲームヒロイン」のためのイベントなのである。

 ヴァレトはゲーム未プレイであるため分からないことだが、くだんの乙女ゲームのオープニングムービーは叙爵式から始まる。つまり、本日今日この日が、まさに乙女ゲームの開始を告げるイベントなのである。


(僕以外の参加者がヒロイン、ということか……)

 ゲーム本編では、ヒロインのみ・・が叙爵される。が、今ここには、少なくとももう一人、ヴァレトという叙爵対象者が存在する。とするならば、ヴァレト以外の女性がヒロインということになるのだが……。



 謁見の間、その入り口は高さ4mはありそうな背の高い両開きの扉であった。その前に、案内人に先導された者が3名・・集まった。

 1人は、長く輝くようなエメラルドグリーンの髪を持ち、白くレースで飾られたドレスを身に着けた女性。

 1人は、艶のある黒髪を肩口で切りそろえ、落ち着いた藍のドレスを身に着けた女性。

 最後の1人は、ヴァレトである。


(僕以外に更に女性が2人……?)

 意外ではあるが、それは予想できない話ではなかった。彼自身、ゲーム本編ではありえないイレギュラーな参加者である。ならば、他にもイレギュラーが存在しても不思議はない。

 ヴァレトは一瞬面を食らいながらも、それで表情を変えることもなく、淡々と他2名と並び、扉の前に立った。


 3人が揃うと扉が開け放たれ、謁見の間への道が開いた。3人は揃って中へと足を踏み入れる。

 正面中央、数段高くなった檀上には玉座があるのみで、そこには今は誰も居ない。が、謁見の間両サイドには、今回の式の立会人である諸侯が立ち並ぶ。その中には、ヴァレトの後見人でもあるルキオニス侯爵の姿もあった。

 衆人環視の中、3人は速さを揃えて中ほどまで進み、そこで片膝を付いてこうべを垂れた。


「ウィルゴルディ王国国王、エトゥソルス・レクス・ウィルゴルディ様の御成り!」

 3人が跪いたのを確認し、国王の入室が伝えられる。顔を伏せたままの3人には、檀上を歩く何名かの足音が聞こえるのみである。


「面をあげよ」

 やがて足音が落ち着き、続けて発せられた壮年の男の声で、3人は顔を上げた。ヴァレトはその時初めて、玉座に座したエトゥソルス王の顔を見た。

 玉座には、鋭い眼光の美丈夫が居た。歳は40代前半と聞いているが、濃い色の毛髪には白髪が目立ち、"王"という責務の労苦を感じさせる。しかし、その目には生気が溢れており、少しも"老い"は感じさせない。

 玉座の両脇には、エトゥソルス王と共に入室したであろう数名の人間が立っている。向かって右側には、金髪をアップでまとめ、王に比べて若々しく見える王妃と、その横には"例の王太子"が立つ。反対サイド、王の左側には、現王の王弟であるドルクス公爵が立つ。



「さて、この度、3名もの"契約者フィルマ"を"騎士"として任ずることができることは、望外の喜びである。思えば……」

 エトゥソルス王がそこまで言いかけて、口を止め、

「と、年寄の長話を聞かされても退屈だろう。早速叙爵してしまおうか」

 急に茶目っ気たっぷりに砕けた様子で王が締めた。不敬にも、一瞬王と目を合わせてしまったヴァレトへ、王はウインクすらして見せた。ヴァレトは慌てて顔を伏せた。


「父上……」

 そんなエトゥソルス王へ、列席していた"王太子"が、苦言を呈する。が、

「お前も、そんなところで突っ立ってるのは退屈で疲れるだろう? さて、では、大臣」

 全く動じなかった。ある意味、あの王太子の父なのだなぁと、ヴァレトは妙に納得した。

「はっ!」

 "大臣"と呼ばれた男が、緊張感のある声を上げる。


「そ、それでは……、イグノーラ!」

「はぁいっ」

 大臣に呼ばれ、エメラルドグリーンの髪の女性は、やや間延びした声で答えた。

「貴公を"契約者フィルマ"となった功をもって、"騎士"に任命するとともに、姓名"フェミエス"を授ける!」

「はっ、謹んで拝命しますぅ」

 跪いたまま、イグノーラと呼ばれた女性は、王から剣を受け取り、再び頭を下げた。


「つ、次……、ペラム!」

「はっ!」

 黒髪の女性は、先ほどのイグノーラとは違い、はきはきとした声で答える。

「貴公を"契約者フィルマ"となった功をもって、"騎士"に任命するとともに、姓名"マギクエス"を授ける!」

「はっ! 謹んで拝命いたします!」

 ぺラムは機敏な動作で、王から剣を受け取る。


「最後に、ヴァレト!」

「はっ」

 ヴァレトは固くなりすぎない程度に緊張感を持ち、答えた。

「貴公を"契約者フィルマ"となった功をもって、"騎士"に任命するとともに、姓名"エクウェス"を授ける!」

「はっ! 謹んで拝命いたします」

 ヴァレトも前2人同様に、王から剣を受け取った。


「3人とも、王国のため、貴公らの力を存分に発揮してくれ」

「はっ」

 エトゥソルス王の言葉に、3人は揃って返事を返した。




「ただいま戻りました」

「お疲れ様です」

「おっつー」

 ヴァレトが控室へと戻ると、マテリとリアが彼へ慰労の言葉を投げかけた。リアのそれはあまりに砕けすぎであるが……。


「堅苦しい式典は苦手です」

「これで貴方も正式な騎士ですね」

 早速、着なれないマントを取り外しつつ、愚痴めいたことを零すヴァレトに、マテリが微笑みながら告げる。

「禄も頂きませんので、名だけです」

 それに同じく笑顔で答えるヴァレト。

「ぬぎぃぃ、またイチャイチャしておる! なんか距離感が! 距離感が!」

「い、イチャイチャ!?」

 再び歯ぎしりするリアと、彼女のストレートなセリフ表現に戸惑うマテリ。

「リア嬢、一応は女性なのですから、そんなストレートに欲求不満をまき散らすものではありません」

「一応て! 小生、どうみても女子でしょ!? 慎ましさを振りまいてますって!」

「いつも"欲望"が駄々洩れてます」

「愛です! 推しです! もっと崇高なエトセトラです!」

「あ、はい」



(お嬢様の手前、露骨にヒロインのことを聞くわけにもいかないですね)

 戯れはそこまでにし、叙爵式の参加者について、リアに聞いておくべきかと、ヴァレトは逡巡する。

「叙爵式では、僕以外に2人、騎士に任命されていましたよ」

「えぇ、そのようですね」

「え!?」

 ヴァレトの言葉に、マテリが肯定を返し、そして、リアは驚きと困惑の表情を浮かべている。他に2名というのはリアにも想定外であった。


「一人は、長い緑の髪の女性で……」

 ヴァレトの説明で、リアが"うんうん"と張子の虎のように首を振っている。どうやらこちらが乙女ゲームのヒロインであるらしい。

「もう一人は、黒髪で短めの髪型の女性でした」

 この言葉を聞き、リアは「はぁ!?」と声を出しそうなほどの表情を浮かべていた。全く心当たりが無いようである。


「……、契約者フィルマは稀とのことでしたが、こういう珍しいこともあるのですね」

 言葉にしつつ、既にシナリオが大きく変化していることをヴァレトは痛感した。彼自身も"乙女ゲーム"から逸脱した存在であり、更に、叙爵式には彼以外にもイレギュラーが1名増えたのだ。


(何があっても、お嬢様を護るだけだ)

 ヴァレトは改めて、自身の目的、目標をかみしめる。見つめられたマテリは、少しはにかみ、ヴァレトに微笑みを返したのだった。


「ぐぬぅ! また見つめ合ってる!!」

 すでにリアのハンカチはボロボロであった。



****************



(なんで叙爵式に3人もいるの!? ゲームではヒロイン1人のはずなのに!)

 苛立ちで石畳の床に足を叩きつけたい衝動にかられつつも、緑の髪の少女イグノーラは、体面を取り繕い、楚々とした様子で歩を進める。


『邪魔になるなら、消してしまえばいい……』


 その声は、明確な音ではない。イグノーラにも聞こえてはいない。しかし、彼女の魂から響くこの言葉は、自然と彼女の心にしみ込んだ。

(そうね……、まあいい。とりあえず今はイベントを進めましょう)

 イグノーラが向かうのは控室ではない。彼女は王城で"迷った"風を装い、ある特定の場所へと向かう。


 そこは王城の離れへとつながる渡り廊下。その途中に、青年というには年嵩だが、壮年というには若い、20代後半程度の男が立っていた。現王の歳の離れた弟、ドルクス公爵であった。


「イグノーラ嬢、だったかな? こちらには控室は無いはずだが?」

 ドルクス公爵は、優し気な語り口でイグノーラに問いかける。

「あ、そ、その、ごめんなさい。私迷ってしまって……」

 イグノーラは、ゲームでのヒロインの喋り方を思い出し、それを再現するように、朗々と演じた。

「……、そうか、では私が案内しよう」

 ドルクス公爵が手を差し出し、イグノーラはその手を取った。



+++++++++++++++++

<次回予告>


「絡みが! 小生と"まいまいたん"の絡みが足らない! 圧倒的に足りてないと思うのですよ!」

「需要あるのですか?」

「全読者待望ですよ!?」

「例えば、"フィアンセって言ったって、親同士の話し合いよ"的な奴ですか?」

「それ"しがらみ"!」

「山椒は小粒でピリリと──」

「それ"辛味"!!」


「なら、どんな絡みが要るので?」

「それは、ほら……、ぶはっ、ヤバい、尊すぎて鼻血が」

(うわぁ……)


 次回:たっぷり1日マテリとリア


 (これは嘘予告です)

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