10章 魔王

10-1、2人仲良くにゃんにゃんと

 論功行賞の場にて、王は"魔王討伐令"を発した。

 更にその場において、王国参謀長から"魔王討伐作戦"のあらましが語られた。



 王国騎士団と各貴族私設騎士団の混成部隊を編成し、魔王領"へと侵入。しかる後、9人の契約者フィルマたちが魔王の居城へと突入し、これを討つこと。

 更に、この作戦の準備期間は1週間であること……。


 居並ぶ貴族当主たちにわずかな動揺が走ったが、これに反対する者は出なかった。ここから1週間、王国全体は"魔王討伐"に向けて動き出すこととなる。



 論功行賞が行われた日の夜。ルキオニス侯爵に呼び出され、ヴァレトとマテリは侯爵の執務室を訪れた。


「やぁ、聖騎士殿。わざわざお呼びたてして申し訳ない」

 ルキオニス侯爵であるレクトゥスは、これまで以上に気さくな様子で2人を歓迎し、自身が居る応接机の対面を進める。


「閣下、お戯れはおやめください」

「いやいや、あながち戯れでもないのだよ」

 お互いに応接セットに腰を下ろしながら交わした言葉に、ヴァレトは「え?」という様子で片眉を挙げた。

 レクトゥスはそれに応えるように、真剣な様子で続ける。


「禄を得ていない騎士ならば、私設騎士団の一員としておくこともできた。が、聖騎士となれば話は別だ。聖騎士は一代貴族とはいえ子爵相当。その上、100年以上ぶりの叙爵だ。いくら侯爵とはいえ、私設騎士団の一員にしておくことはできない」


 レクトゥスの言葉を反芻し、ヴァレトも真剣な表情で言葉を返す。

「では、僕はもう、お嬢様の従者を続けられないと……、そういうことでしょうか」

「うむ」

 レクトゥスは重々しく頷く。


「……」

 マテリはただ、無言で2人のやり取りを聞いている。


「屋敷を下賜され、今後は王国からの禄を受けることとなる。100年ぶりの聖騎士様をどこの所属にするか揉めているようだが、おそらくいずれかの騎士団団長、もしくは近衛兵団所属の部隊長あたりになるだろうな」

「そう、ですか……。わかりました。では、いつでも出られるように、荷物をまとめておきます」

 ヴァレトは様々言いたいことをグッと飲み込み、絞り出すようにそう告げた。


「……」

 マテリは無言で俯く。

「あぁ、準備はしておいてくれたまえ」

 そんな2人の様子を気に留めないかのように、レクトゥスは淡々と告げる。


「……はい、では、失礼します」

「いや、待ちたまえ。話はまだ終わっていない」

 返事をしつつ立ち上がりかけたヴァレトをレクトゥスが止め、彼の勧めでヴァレトは再びソファーに腰掛けた。


「実は、娘なんだがね。相手側と揉めたために、婚約が解消されてしまったんだ」

 レクトゥスは「元々あまりうまくいってなかったんだがね」などと小声で付け足しつつ、頭を掻く。

「……」

「……」

 それに対し、マテリは非難めいた視線を父に向け、ヴァレトは気まずい表情を向ける。


「娘ももう16だ。貴族令嬢として、この歳で婚約者のいない状態でふわふわとさせておくのもよろしくない。が、侯爵令嬢ともなれば、相手側には伯爵家の長子か、それ以上の家格は必要だ」

 レクトゥスは顎に手を当て、「困った困った」といった様子で語る。が、その彼に向けるマテリの視線はどんどんと冷え込んでいく。

 マテリから発せられる冷えたオーラに、ヴァレトは冷や汗が垂れた。


「加えて、娘は"契約者フィルマ"だ。輿入れしたことで相手が妙な"野心"を抱かないとも限らない。と考えると、おいそれと相手を決められなくてね……」

「……」

「……」

 もはや、マテリから発する冷気は絶対零度レベルに冷え込み、侯爵の前でなければヴァレトは震えだすところである。


「どこかに、娘を理解し、大事にしてくれる、良い貴族はいないものか……」

 レクトゥスは、わざとらしいそぶりで額に手を当て、再び「困った困った」と小声で呟く。

 室内の空気密度はすでに限界突破ギリギリである。ヴァレトはいつでも退避できるよう、全身に緊張感を張り巡らせた。


「あーそうそう、一度王家と破談になっているしな、相手が"子爵相当"でも、問題なかろう……。例えば、聖騎士爵とかな」

 その瞬間、室内の張り詰めた空気が、破裂したかのような勢いで霧散した。

「お、お父様!!」

「そ、それは……」

 ヴァレトとマテリは、机から身を乗り出す勢いでレクトゥスに問う。


「どうだろうか。私の勘違いでなければ、2人はお似合いだと思うのだけど」

 レクトゥスは、先ほどまでの芝居がかった様子から一転し、真面目な様子で2人に視線を向けながら問う。

「し、しかし──」

 契約者フィルマで、少々の武功を上げたとは言えヴァレトは平民である。自分ではマテリと釣り合わないとの思いから、彼はそれに異論を──

「はい! 私、ヴァレトと結婚します!」

 それに被せるように、マテリが即答し

「は、速い……」

「ヴァレト!」

「は、はい!」

 マテリは急にヴァレトに向き直り、その手を取り名を叫ぶ。ヴァレトは勢いのまま返事をする。


「わ、私の、だ、旦那様に、なるのですから! も、もっとしっかりしてください!」

「はっ、はい!」

 マテリの苦言に、ヴァレトは姿勢を正して答えた。


「いやぁ、さっそく尻に敷かれてるね。では、早々に書面を仕上げるから、正式な取り交わしは明日にでもしようか」

「は、速い」

 2人の答えは完全に想定されていたようで、レクトゥスはすでに書面を準備していた。細かな取り交わしは明日ということで、2人は揃って執務室を辞した。



 執務室の扉の前。2人は勢いのままに手をつないだ状態で、そこに立っていた。唐突な出来事の高揚感に、2人ともしばし茫然としていた。


 そして、マテリは今更ながらに、ヴァレトの意見を"全く"聞かずに結婚を決めてしまったことに気が付いた。

「あ、そ、その……、迷惑、でしたか?」

 マテリは隣に立つヴァレトの様子を窺うように問いかける。そして、自分が彼とがっちりと手をつないでいる事実に改めて直面し、あたふたし始める。

「迷惑? そんなわけがありません! むしろ、僕がお嬢様の婚約者でいいのかと……」

 ヴァレトの言葉に、マテリは一旦笑顔を浮かべ、そして不満げな表情へと変わった。

「あ、あの、何か?」

「名前……」

「はい?」

 拗ねたようすのマテリに、ヴァレトが問いかける。


「呼び方……。名前で、呼んでください」

「……」

 上目遣いでヴァレトの言葉を待つマテリ。

「ま、マテリモーニア様……」

 マテリは口をへの字に曲げ、返事をしない。

「マテリ様……」

 つん、と顔を背ける。

「……ま、マテリ」

 瞬間、マテリはふわりとヴァレトに抱き着き、顔をその胸にうずめた。

「私、夢みたいです」

「僕もです」

 ヴァレトもマテリの背中にそっと手をまわし、華奢な彼女の体を抱きしめた。


「あぁ、そうそう」

 突然執務室の扉が開き、レクトゥスが顔を出した。抱き合っていた2人は驚きで飛び跳ねるかのように離れた。


「うむ。こんなことを言うのは大変に業腹だ。大変に業腹だが……、2人は1週間後には、王国の、世界の運命を左右する戦いに向かうことになる……」

 口を開きつつも、レクトゥスは言いづらそうに頬を掻きながら、続けた。

「だから、まぁ、その、アレだ。婚前ではあるがー、時と場合と節度を持って……、悔いの無いようにな……。くそっ! 君も娘を持つ父親になって、この気持ちを味わうがいい!! きっと娘に似て美人になるだろうさ!!」

 それだけ言い放つと、レクトゥスは執務室の扉をバタンッと勢いよく締めた。


 2人は顔を見合わせ、再び熱く抱擁し──

『とりあえず廊下で抱き合うな!!』

 執務室内からの怒声に、2人は逃げるように走る、手を繋いで……。



 ──翌日



「……、なんか違う」

 いつも通り。予定調和とも言うべきメンツとして、リアが侯爵邸を訪れた。が、ヴァレトとマテリを見た瞬間、彼女が怪訝な表情で告げた。


「どうかいたしましたか?」

 そんなリアに、マテリが問いかける。

「2人の距離感? 空気感? がなんか違う」

 ヴァレトが動きを止め、マテリの眉が片方ピクリと動く。


「そ、そうでしょうか?」

「……、なんかゾワゾワする」

 目を細め、リアはヴァレトとマテリをまじまじと観察する。


「にゃぁ、そりゃ、2人は昨日、婚約者になったからにゃぁ」

「なっ! なん、だと!?」

 そして、猫のアルブがあっさりとネタバレし、リアは机に手を付き、叫びながら立ち上がった。


「それに、侯爵に"悔いがないように"と言われたから、さっそく昨夜は2人仲良くにゃんにゃんと──」

 さらに、アルブは昨夜の2人の様子を暴露し──

「ギャァァァァァァ!!!」

 マテリがこれまで出したことのないような叫びを上げると、天使アマレの白刃がアルブに襲い掛かった。

「ぎにゃぁぁぁぁ!!」

 アルブはギリギリで白刃を躱す。その太刀筋は、完全にりにきている。


 ヴァレトはマテリを止めることなく、ただ顔を背け、赤面を隠している。


「わかっている! それが最良だと!! わかってはいる!! がっ、しかぁぁぁぁしっ!!!」

 リアは机に両手を叩きつける。

「ぎぃぃぃぃぃ!! 魂が、魂が理解を拒むぅぅぅ!!」

 噛み千切らん勢いでハンカチに食いつきつつ、血涙を流すリア。

「そ、そこまで……」



 ──閑話休題



 いつもと変わらず、ソファーに腰掛けたマテリの背後に控えるヴァレト。


「ヴァレト、もう私の従者ではないのですから、ここに一緒に掛けてください」

 そういいつつ、マテリは自分の横をポンポンと軽くたたく。

「……、なんというか、習慣による慣れで……」

 そう言いかけたヴァレトに、マテリは小首をかしげつつ、艶のある表情で見上げる。


「……」

 マテリの表情に負け、ヴァレトは赤面しつつ彼女の隣へ腰かけた。


「ぐっ! 距・離・感! 友人知人じゃない! 物理的にも精神的にも距離感が恋人以上になってやがるぅぅぅぅ!!!」

 リアは再び血涙を流した。



+++++++++++++++++

<次回予告>


「こうして、聖騎士様たちは魔王を倒すため、旅立っていきましたとさ。さて、そろそろ寝る時間だよ」

「え~、もっとお話聞きたいよ!」

「続きはまた明日だよ」

「ねぇねぇ、おばあちゃん! 聖騎士様って、どんな人なの?」

「ふふ、そうねぇ……、とても強く、優しい人だよ……」

「おばあちゃん、会ったことあるの?」

「さて、どうかしらね……」


次回:エピローグ「未来のための戦い」


 (これは嘘予告です)


「いやっ、まだ10章始まったばっかりだよね!? なんか主人公キャラたちの老後みたいなノリ!? 早くね!?」


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