8-4、僕の主人にずいぶんなことをしてくれましたね

 魔族の男、インディスは、時計塔の鐘楼から身を乗り出すように学園を見渡し、違和感に顔をしかめた。


「あぁ……? なんだありゃ?」

 彼の約定体アバタルである差別のない世界トトゥム・ムペトゥムが、広域に展開した毒蒸気。それが、白いバリアによって無効化されていく。


「ダメージを軽減する領域が展開されている……」

 インディスと共に、時計塔からその様子を見渡した魔族の女、プラエスィが呟く。


「これだけの領域に軽減を仕掛けるには、相当量の瑪那マナが必要……、やはり"巫女"の存在は邪魔だな」

「くそがっ! これじゃ"巫女"が殺れねぇじゃねぇかぁ! チッ、地道に探すのかよ、めんどくせぇ……」

 プラエスィは白いバリアを見渡しながら冷静に状況を分析し、インディスは苛立ちのままに怒気を吐いた。


「いや、そうでもない」

 そんな苛立つ相方に、プラエスィはある地点を指さす。


「お前の能力同様、この軽減領域も術者を中心に展開されているはず……。そこには当然、」

「"巫女"も居る!」

 ニヤリとするプラエスィに、インディスは獰猛な笑みを返した。


「いいえ、行かせませんよ」

 陽光に煌めく白銀が、インディスへと降りかかる。

 インディスは咄嗟に黒触手トトゥムから伸びる触手2本でそれを受け止めた。

「がっ!」

 1本は切り落とされ、2本目が半ば切断されかかったところで、その凶刃は止まった。

 白銀の刃を握るのは、白く無機質な鉄面皮の天使アマレ、その横には殺意に満ちた表情を見せるマテリが居た。


る!」

 マテリの物騒な掛け声とともに天使アマレが白刃を切り返し、さらなる刃がインディスを襲う。


属性無効レシステ<白>!!」

 プラエスィは能力を起動しつつ、自身の約定体アバタルである母の愛はインバリ・海より深しデフェンデレと共に、刃の前へと躍り出る。

 そして、白銀の剣は、白いオーロラのような防御膜により受け止められた。



「行け! お前は"巫女"を! こいつは私が殺る」

 マテリに相対するプラエスィ。

 後ろのインディスが黒触手トトゥムの触手を使って、時計塔の鐘楼から飛び降りる。


「逃がしません!」

「追わせねぇっての!!」

 下方向から突き上げるような刃がマテリへ向かう。マテリはそれを咄嗟に身を逸らして躱す。ギリギリ掠めた刃が、マテリの腕に一条の切り傷を刻んだ。

 "母の愛はインバリ・海より深しデフェンデレ"は聖母のような慈悲深い表情とは裏腹に、妙に細長い手に刃物を持ち、マテリの死角を突くように刺突を繰り出していた。


「RAFAAA!!」

 天使アマレが刃を斬り返し、聖母インバリに向けて白銀の剣を振るい……、しかし、白い防御膜に遮られて刃が通らない。


「がぁぁぁ!」

「!?」

 聖母インバリの影からプラエスィが飛び出し、獣のように爪を立て、牙を剥いてマテリに襲い掛かった。

 一瞬身構えるマテリ、しかし、本体の攻撃程度では契約者フィルマ障壁クラテスを抜くことはできない。マテリは冷静に、プラエスィの攻撃を腕で受け止める。

「ぐふっ……」

 確かに、プラエスィの攻撃は脅威ではなかった。だが、それはあくまでも陽動であった。

 本命は、聖母インバリのローブから伸びたもう1本の腕。その手の先には逆の手と同様、ナイフサイズの刃物があり、それがマテリの腹に突き刺さっていた。


 突き出された聖母インバリの腕に、天使アマレが白銀の剣を振り下ろす。

「くっ!」

 しかし、再び白い防御膜阻まれ、剣は動きを止める。

 プラエスィがニヤリと笑みを浮かべ、

「SYAAAAA!!」

 聖母インバリがその表情からは想像だにできない声を挙げながら、もう一本の長い腕を再び突き出す。

 天使アマレは盾でその刺突を防ぎ──、白い膜が天使アマレの防御すらも"防ぎ"、その刺突は逸れることなくマテリに突き刺さった。


(攻撃が通らない、相手の攻撃も防げない!? あの白い膜の効果!? 属性無効レシステ<白>と言っていた?)

「はっはっ! 攻撃が効かないのも防げないのも不思議かい!?」

 プラエスィは問いかけつつ、聖母インバリに腕の力を強めさせる。ミシリミシリとマテリの腹部へと刃が押し込まれる。

「がはっ」

約定体アバタルには、色がある。私の約定体アバタル母の愛はインバリ・海より深しデフェンデレの能力は"属性無効レシステの付与"。指定した色は完璧に無効化する。だから、貴様は攻撃も防御もできないんだよ!!」

 プラエスィの呟きは、徐々に叫びに変わる。それに合わせるように、聖母インバリはナイフを更にマテリへと押し込み、ひねって傷を広げる。


「厄介な、能力ですね……」

 さらなる出血を強いられたマテリの傷。しかし、その傷が見ている間に回復していく。先ほど腕に受けた切り傷も、既に完全に消えていた。

「高速回復とは聞いていたが、これほどか……」

 有利と感じていたプラエスィだったが、異常な回復力にやや焦りを覚える。


「貴女の相手は時間がかかりそうですね」

 強敵だがプラエスィの聖母インバリには飛行能力は無い。ならば、先に狙うべきは逃げた男。そう判断したマテリは、天使アマレの翼を広げて羽ばたかせ、一気に聖母インバリの攻撃範囲から逃れる。


 距離を取ったことで聖母インバリの刃物から解放されたマテリの傷は、すぐさま塞がり始める。

 そんな"逃げ"を選択したマテリに対し、しかし、プラエスィに焦った様子はない。むしろ、わずかな笑みをマテリに向けていた。そして、マテリの胸部から、黒い触手が生えた。

「なっ!?」

「まぁ、そう急ぐなよ。ゆっくりやろうや」

 逃げたかに見えたインディスは、触手で這うように時計塔の外周をぐるりと回り込み、マテリを背後から急襲したのだ。


「に、逃げたのでは……」

「はっ! 二対一で逃げるかよ! 俺はぁよぉ……」

 更にもう1本の触手がマテリを貫く。

「面倒なのが嫌いなんだよ」

「ぐぁぁ……」

 マテリの口から苦悶と吐血が漏れる。と同時に、プラエスィの聖母インバリにより天使アマレが破壊され消滅した。


「それに見てみな」

 インディスが指し示す景色。フィデス王太子が展開したはずのダメージ軽減領域が薄れ、消えていく。

「……っ!」 

 マテリは口を動かすも、声が出ない。


「そっちの"巫女"が、俺たちにとって邪魔なように、そっちにとっては、こちらの"巫女"様が邪魔ってわけだ。というわけで、いくらお前が頑丈でも──」

 マテリを貫いた触手から黒い毒蒸気が滲み出し、彼女を内側から蝕む。

「あがぁぁぁぁぁぁ!!」

 声がかれていたマテリも、あまりの激痛に喉の奥から異音のような音が漏れる。


「"直接"ならよぉ、無事では済まんだろう?」

 嗜虐的な笑みを浮かべるインディス。直後、その眼前に緑の拳が出現した。


「は?」

 拳は顔面にめり込み、

「が──」

 振りぬかれた拳に吹き飛ばされ、

「──ばぁぁぁぁぁぁ」」

 インディスは天井に衝突し、床へと落下した。


「僕の主人にずいぶんなことをしてくれましたね」

 ボロボロのマテリをその腕に抱き、ヴァレトは怒りに満ちた顔を魔族達へと向けた。



=================

<情報開示>


差別のない世界トトゥム・ムペトゥム

・3等級(顕現に必要な煌気オドは3ポイント)

・属性<黒>

・攻撃力:低 防御力:高 耐久性:並

・能力(アクティブ):[煌気オドをXポイント消費]:全ての生物と、全ての約定体アバタルの命を蝕む毒素をX秒間噴出する。(範囲:半径1000m)


母の愛はインバリ・海より深しデフェンデレ

・2等級(顕現に必要な煌気オドは2ポイント)

・属性<白>

・攻撃力:並 防御力:並 耐久性:並

・能力(アクティブ):[煌気オドを1ポイント消費]:色を1つ選ぶ。母の愛はインバリ・海より深しデフェンデレは、1分間、選んだ色の"属性無効レシステ"を得る。


属性無効レシステ

・指定の色属性に対する耐性である。属性無効レシステ<色>として表記される。例、属性無効レシステ<白>

属性無効レシステを持つ場合、その属性を持つ約定スティプラ約定体アバタルに対し、以下の状態となる。

 1、ダメージを受けない

 2、攻撃や効果は当たらない(対象を取る能力は、対象とすることができない)

 3、攻撃を防御できない(例、約定体アバタルで攻撃を防ごうとしても防げないため、本体に当たる)



+++++++++++++++++

<次回予告>


「このダンジョンの踏破最短記録は1時間10分だそうです」

「ふっ、僕が、その記録を破って見せますよ」

 魔族との死闘の裏で、至極どうでもいい戦いが今、始まろうとしていた!


次回:カルリディのダンジョンアタック!(上級編)


 (これは嘘予告です)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る