1章最終話、娘もなかなかに罪作りだな

 生き残りの騎士団員を再編成し、負傷者はマテリの慈愛齎す天翼アマレ・ミセリコルディアで治療を行うことで、人員は当初の3分の1になってしまったが、護衛隊を立て直すことはできた。

 そこで、その日は日が暮れてしまったため、野宿となった。


 箱馬車は車軸が破損し、走ることはできなくなったが、一晩の宿にはなった。侯爵夫人であるオーカラと、侯爵令嬢のマテリは馬車で休み、騎士団員が交代で見張りについた。

 ヴァレトは、というと、突然いろいろとあったことによる興奮からか、眠ることができず、一晩中、騎士団員と共に見張りについていた。


 戦闘により血肉が散乱した現場の近くであることもあり、獣や魔物を引き寄せるのではないかと懸念された。が、その夜は魔物どころか、動物一匹姿を現さなかった。


 翌日、動かない馬車は放置し、侯爵家の2人や生き残りの使用人など、各騎馬へと分乗し、一番近くの宿場町へと向かった。

 半日ほどで宿場町に到着した後、オーカラやマテリの身に着けていた宝飾品を換金し、その資金でこの町に滞在し、侯爵領からの迎えを待つこととなった。



「オーカラ! マテリ!!」

 宿場町に到着して4日後、宿の食堂で2人が食事をしているところへ、侯爵が駆け込んできた。

 この町から侯爵領の領都までは早馬でも1日はかかる。騎馬隊を率いてきたとは思えないほどの速さである。

「あなた!」

「お父様!!」

 3人は抱き合い、再会の喜びを体で感じ合っている。

 ヴァレトは彼らの再会を邪魔しないよう、一歩引いて待機している。


「すまなかった。こんなことなら、1か月前に2人も連れて帰るべきだった。"王律"などくそくらえだ!」

「あなた、だめですよ。めっです」

 荒ぶる侯爵に、侯爵夫人がにこやかに窘める。

「そうですよ、お父様。ヴァレトが護ってくれましたし」

 マテリの言葉に侯爵は2人から離れ、ヴァレトに向き直した。


「聞いたよ、ヴァレト君。君が居なければ、2人と生きて再会できなかったかもしれない。ありがとう」

 侯爵は、公衆の面前というのに、ヴァレトに頭を下げた。

「だ、旦那様! もったいないお言葉です! 僕などに、頭をお下げにならないでください!」

 ヴァレトは慌てて侯爵に頭を上げてもらうように告げる。

「いや、私の心からの気持ちだ。君は妻と娘の命の恩人だ。私はこの恩に、必ず報いると誓おう」

「い、いえ、僕の方こそ。旦那様や、お嬢様に救われました。その御恩にくらべれば……」

 だから、頭を上げてください。と告げるヴァレトに、侯爵は苦笑しながら顔を上げる。


「しかし、君が居てくれれば、これからも安心だな。そうだな、マテリの婿にどうだろうか?」

「あら、まぁ」

「なっ! お、お父様!!」

「……」

 侯爵はいたずらに成功した少年のような表情で告げ、侯爵夫人は楽しそうに微笑み、マテリは頬を染めて慌て、ヴァレトは、本心としては吝かではないが、恐れ多い、しかし否定するのも憚るということで、無言で耐えている。


「お、お戯れが過ぎます!!」

「はは、ごめんよマテリ、機嫌を治してくれ」

 怒りか照れか、真っ赤になって膨れるマテリの頭を侯爵は撫で、彼女のご機嫌をとる。


 ヴァレトは、この景色を護れてよかった。と、改めて思った。



****************



 数日かけ、侯爵家は領都へとたどり着いた。

 領都に到着した翌日、ヴァレトは1人、侯爵の執務室へと呼ばれた。


「ヴァレト参りました」

 執務室の扉をノックし、自身の参上を告げると、中から侯爵の声で「どうぞ」との返答があった。

 ヴァレトは「失礼します」と告げつつ、執務室内へと入る。


「わざわざ呼び出してすまないね。掛けてくれ」

 侯爵は執務机から立ち上がり、応接セットの椅子をヴァレトに進めつつ、自分も着席する。

 ヴァレトは再度「失礼します」と告げ、侯爵の対面へと腰掛けた。


「さて、呼び出したのは、君の今後について相談をしたかったからなんだ」

「今後、ですか?」

 オウム返しのように答えたヴァレトに、侯爵はうなづく。


「今回のことで、君も契約者フィルマとなったが、このことは、まだ限られた者しか知らない。今ならば、それを隠すこともできる」

 侯爵は、両膝に肘を置き、それを顎の前で組んだ状態でヴァレトに告げる。その表情は真剣だ。


「隠さないと、どうなりますか?」

契約者フィルマは貴重だ。より、直接的に表現するなら、"貴重な戦力"だ。だから、ウィルゴルディ王国の定める"王律"では、平民の契約者フィルマは一代貴族である"騎士爵"に叙爵するとされている。"騎士爵"はただの騎士ではない。騎士とは、剣を捧げ忠誠を誓う者を言う。忠誠を誓う相手は様々だが、"騎士爵"は、"王"へ直接の忠誠を捧げることになる。普通の騎士よりも遥かに位は上だ」

 つまり囲い込もう、ということだよ。と侯爵は付け加える。


「もっとも、君はまだ8歳で、成人もしていない。だから、今は"准騎士"に任命され、15歳で"学園"に入学するタイミングで"騎士爵"に叙爵されるだろうね」

 急にいろいろな情報を与えられ混乱仕掛けたヴァレトだが、気になる単語に食いついた。

「学園ですか?」 


 ふむ、と一息つき、侯爵は説明を続ける。

「王国の貴族子息子女は、15歳で"ウィルゴルディ王国立学園"に入学することが定められている。これまた"王律"でね。"学園"は社交の場だ。次代を担う若者たちの人脈形成や、結婚相手を探すための場だね」

 "学園"という割には、"学"要素が無いな、というのがヴァレトの素直な感想だった。一瞬、「お嬢様との学園生活」というパワーワードに心が強く惹かれたのは秘密である。


「話を戻すが、爵位を得ることは、しがらみも多い。このまま能力を隠し、自由に生きるのも手だ。むやみに目立つようなことをしなければ、平穏に暮らすこともできるだろう。もちろん、君がどのような道を選んだとしても、私は君の生活を保障するつもりだ」

 侯爵はヴァレトに対し、真摯に告げる。これが先日侯爵が述べた、「ヴァレトの恩に報いる」ということなのだろう。では、ヴァレトはどうしたいのか、といえば、

「僕は、この力で、お嬢様をお守りしたいです」

 ヴァレトの回答に、侯爵は少し難しい顔をし、逡巡する。


「……。娘は侯爵家の息女であり、あの娘もまた"契約者フィルマ"だ。その娘の従者として能力を奮えば、早晩"契約者フィルマ"であることが露見するだろう……。それはつまり、"契約者フィルマ"であることを公開しつつも、娘の従者を続ける、ということになるが?」

「はい、だめですか?」

 侯爵はむむむと唸りつつ腕組みして考える。


「いや、ダメではない。私としても、力ある者に娘の護りを任せられるのは頼もしいが……。良いのかい? 騎士として王国に仕えれば、従者の給与とはくらべものにならないほどの禄を受けることもできるよ?」

 侯爵の問いに、ヴァレトは迷うことなく頷く。

「お嬢様が、侯爵家の皆様が居なければ、僕は生きていませんでした。僕は、お嬢様のために生きたい」

 決意に満ちたヴァレトの表情に、彼の決意の固さを感じ、侯爵もそれを認めた。


「わかった。ならば、私からも頼む。娘を支えてやってくれ」

「はい、よろしくお願いします」

「では、手続きは私のほうでしておこう」

「ありがとうございます」


 用件が終わり、侯爵の執務室を辞するタイミングで、侯爵は小声で告げた。

「君にそこまで言わせるとは、娘もなかなかに罪作りだな」

「え?」

「いや、独り言だ」 




+++++++++++++++++

<次回予告>


「"学園"は、星霜生徒会が支配する伏魔殿なのだ!」

「な、なんだってーっ!?」

「生徒同士で争わせ、★の奪い合いをさせている。君には、そこで★を集め、学園の頂点、生徒会長を目指してもらう」

「生徒、会長……(ゴクリ)」

「だが気を付けろ、星霜生徒会の幹部である、生徒会四天王が、君の前に立ちはだかるだろう!」

「四天王!? ベタな!!」

「さらに、上級幹部の生徒会三貴人にも気を付けろ」

「上級幹部!?」

「それだけじゃない。特級幹部の生徒会十傑には"無敵"の異名を持つ男が居るとか」

「特級!? 10人!? 無敵!? ちょっと情報量多すぎ!」

「だが、もっとも警戒すべきは、超級幹部の生徒会暗部。30人からなる組織で──」

「幹部だらけじゃねぇか!!」


「ということで、★を集めるんだ! ★だ!」

「無理やりまとめた!!」



 次回:学園生徒の半数が生徒会幹部だ!


 (これは嘘予告です)


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