第20話【消える無双転生者?】

「ハイ、これがフツーの金貨ね」そう大家ミルッキに言われ1枚の金貨を手渡される天狗騨。

 白い袋の中からギルドで換金した金貨を1枚取り出すと、確かに違っていた。


 普通の金貨は直径3センチほど。それに対し『ギルド金貨』と呼ばれる金貨は直径5センチほどある。厚みもギルド金貨の方が厚く、手に持った感覚もギルド金貨の方が重い。

「こちらのギルド金貨はギルドでしか手に入らないのですか?」天狗騨は訊いた。


「そうよ。だけど普通に使えるけどね」との大家ミルッキの返答。


(ギルドというのは造幣局でもあるということか。となるとあのネルリッタというギルドの責任者には、一定以上の政治的影響力があると言えるな……)

 だが天狗騨の知りたい〝本線〟はここではない。


「そんなことより腹減ったんだけど」と突然フリーが言い出した。

「そうですね、わたしもぺこぺこです」とリンゼ。

「あなたたち、あれほどお金持っててどこかで食べてこようって発想無いの?」と大家ミルッキ。

「ギルド金貨ってお釣りの関係でお店で使いにくくて」とリンゼ。

「高級店に行けば良かったじゃない」

「一応まかないも出せるって前の契約の時言ってたじゃんか。家賃の値段同じだぜ?」とフリー。

「チッ」と舌打ちをする大家ミルッキ。続けて「わたしと同じモノだからな、そう高級なモノが出てくるわけじゃないぞ」

「いいよ、いつもので」とフリー。

「じゃあわたし、大家さんを手伝います」そう言ってリンゼが立ち上がる。

「しょうがないな」と大家ミルッキは言い、リンゼと共に屋敷の奥へと消えて行ってしまった。


 この玄関広間に残されたのは天狗騨とフリーの2人だけ。

(何か訊くことはあるだろうか?)と天狗騨は考える。(やはりここは前の無双転生者の様子か)

 だがそれについて天狗騨が訊いてみると、ひたすら、ひたすら前無双転生者の悪口が続く続く。誰にでもありそうな人間の欠陥というものが、まるで一人の人間として具現化したような言い様であった。やはり本線とは遠い。


 そうこうするうちに大家ミルッキを先頭にリンゼを後続に、2人が部屋へと戻ってきた。2人の手には大皿、その上には食パンの上にチーズを載せ焼いたと思われるトースト。ただその枚数がべらぼうに多い。その大皿2枚が低いテーブルの上に置かれた。しかしこの屋敷で食べる食事にしては豪華さという点でアンバランスである。


 チーズを載せたトーストを食べながら天狗騨は切り出した。

「大家さん、私はさっき耳にしたが気になってしょうがないんですが、」

「なに? テングダさんいい歳してオバケが怖いの?」と大家ミルッキに言われてしまう。

「でもそう言われてしまったら気になるでしょう?」

 その天狗騨の返事に〝あはは〟と笑い出す大家ミルッキ。しかしこれは天狗騨の話術であった。記者という仕事は取材対象に喋ってもらわなけば仕事にならない。だてに三十代半ばまで新聞記者をやってはいない。

 〝幽霊怖い〟で大家ミルッキの警戒心を解くことができたらしく、明るい声の調子で饒舌に喋り出してくれた。


「わたしとしては『怖いから出て行く』なんて言われたら生活に困るから、だからハッキリ言っとくけど、この屋敷に幽霊は出ないから」


「借り主が消えた、というのは?」


「なんか魔物退治に出かけて消えるのよね」


「それは魔物にやられてしまった、ということになりますか?」


「そうなんでしょ。わたしに訊かれても困るけど」


「だけど消えたのは転生者なのでしょう?」


「そこがヘンなのよね。アイツ、無双の割に臆病者だったのに。そのくせ人間には横柄で命令調なんだ。このメイド服もアイツの命令なんだ」そう言い始めた大家ミルッキはもう前の借り主の悪口が止まらなくなっている。出てくる出てくる、ろくでなしエピソード。この点フリーの言ったことと妙に重なっている。しかしそれをただ温和しく聞き続ける天狗騨。そのうちに話しの途切れる頃合いとなりその間隙を衝き天狗騨が口を開いた。

「もしかしてその前の借り主も無双?」


「当たり、どうして分かったの?」


「『また消えたのか』って先ほど言っていたので」


「テングダさんって、よく人の話しを聞いてくれてるよね」となぜか上機嫌の大家ミルッキ。「——そいつもね、無双転生者だったんだ」と話しを続けてくれる。それに相づちを打つだけの天狗騨。

「だけどソイツも消えたんだけどね、まあエロいだけのヤナ奴だったけど」


(無双転生者には人格的欠陥があるのか?)と、自らも無双転生者になってしまったらしい天狗騨は同類にされてやしないかと少々苦々しく思う。しかしここはそれどころではない正念場となっているとも感じている。

「つまりその方が消えた後、次に臆病者のかたが来たと、」


「いやー、いいね、『臆病者のかた』って言い方、小馬鹿にしてる感じで笑えるし」と大家ミルッキは言って、本当にけたけた笑い始めてしまった。

「ここは無双転生者の常宿なんでしょうか?」天狗騨は訊いた。


「ああそれね、リンゼちゃんが見つけてきてくれるから。無双転生者っておかしな奴ばかりだけど金離れだけはいいからね、上客は上客だよ」

「ちょっと、大家さん、」とリンゼ。

(そういえば、)と天狗騨がにわかに思い出した。(——俺がこの世界に転生して来るなり『新たなる無双転生者の方が来てくれた』とかなんとか言ってたよな。無双転生者だと見抜く能力の持ち主だというのか?)天狗騨は無自覚に大家ミルッキの隣に座るに視線を送っていた。ここで大家ミルッキが喋りだす。


「そうそう、テングダさんに言い忘れてたけど、払ってくれた家賃はテングダさんとフリーの2人分だからね、リンゼちゃんはタダなんだ」

「ケッ」とフリーが悪態をつく。

「なによ? 今さら文句ある?」

「口に出さないだけでいつでもあっけど」

「リンゼちゃんは王家の血筋なの。もし魔物退治で出世してくれれば我がクロスゲード家の家格も上げてくれるかもしれないし」

「そういうのが嫌なんだよ」

「あら、別れるのが寂しいならその折りには使用人として雇ってやらないでもないけど、まずその口のきき方をどうにかしないとだけどね」

「この家が人を雇えるほど金持ちになる未来なんて見えねーし、俺も今のままでいいわ」


 若者同士のやり取りが始まってしまうと天狗騨的には置いてけぼりを食ったような感覚に陥ってしまう。それに聞き耳を立てつつトーストを頬ばり続ける。頭の中はぼんやりと思考モード。

 ここに、どうしてもぬぐいがたい一つの疑問が生まれていた。


(この世界、俺の他に無双転生者はいるのだろうか?)


 天狗騨の直感では無双転生者は一人しかいないような気がしてならない。

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