第12話【天狗騨記者と女ギルドマスター・ネルリッタのかみ合わないお話し】

「なぜ一番偉い方がわざわざ?」天狗騨は訊いた。


「大司卿様から連絡を頂いています」ネルリッタと名乗ったギルドマスターはそう応じた。


(あの大聖堂からここまでの距離がピンと来ないが、何らかの通信手段があるのか?)


「——とは言え全てについてとは参りません。詳しいことを知るため、あなたの手にしている筒を当方にお渡し頂けますか?」

 少し話しが長くなりそうだと感じた天狗騨は球体の金塊を足元にごろりと転がす。

(そう言えば筒の中身を見ていなかった)と少々悔いた。せめてもと改めて手にしたものを今さらながらに観察してみれば、その外装は合成皮革ではなく本物の革張りのようである。と、ここでふと気づいた。(あれ? フタが無いような)

 卒業証書を入れる筒ならスポンと蓋がとれるはずであるが、蓋の切れ目が見当たらない。これでは中の見ようが無い。そもそもこれに中身があるのかどうかも分からない。しょうがないので言われるまま女ギルドマスターに筒を手渡した。


 女ギルドマスターはちょうどオリンピックの行進の旗手が旗を持つ時のように筒を捧げ持ち、こう口にした。

「ステータスオープン」

 あの大司卿が言ったのとまったく同じ台詞を。そしてあの時と同じように宙にAR(拡張現実)技術で作られたが如き半透明の長方形が現れている。

「その怪しげな術、あなたも使えるんですね」特に深くは考えてはいない。天狗騨は実に無造作に訊いた。

「使ってないわ、そんな魔術は」

 少しだけこの女ギルドマスターの地が出たように感じた天狗騨。

「——これは大司卿様が見透したあなたという人間の、潜在能力を含む全ての能力——」ここで女ギルドマスターは意味ありげにリンゼを見た。「——テングダさんか、あなたが今連れているそのの王女様にこそがあるんですけどね」


「それは?」と天狗騨は訊くも女ギルドマスターはそれにはしばらく応えず、ただひたすらに宙に現れている半透明の長方形を目で辿り続けている。そしておもむろに言った。

「確かにあなたは無双転生者です。ではあなたが今有している能力について、今からご説明差し上げます」


「え?」


「まずはあなたの『レベル』ですが無双なのですから当然無限大。次に『パラメータ』ですが——」


「待って下さい。『パラメータ』とは二つ以上の変数間の関数関係を間接的に表示する補助の変数のはずです。人間は数字ではありません。また百歩譲って『人間とはしょせん母集団の特性を表す値である』としても、私はこの世界では異邦人であり、既になんらかの〝母集団〟に含まれているとするのは合点がいきません」


「…………」


 双方、まったく話しが通じていなかった。なにせ天狗騨はゲーム知識ゼロ。『パラメータ』という語彙の中に〔ゲームソフトが定めたキャラクターの能力等を示す数値〕という意味があるとはまったく気づきもしない。

 女ギルドマスターの顔には明らかにといった色が現れていたがそれでもこれが義務らしく、最低限の説明は続けるらしかった。

「では次にあなたの『ステータス』ですが、」


「ステータスですか、私の嫌いなことばです。確かに昔は私の勤めるASH新聞社の社員にもステータスというものがあったようですが、そんなものは今はありません。しかし新聞記者にはそんなステータス意識などむしろ無い方がいいんです」


 『ステータス』もただちに真っ向から否定されてしまった女ギルドマスター。もちろん天狗騨はステータスの事をであるとしか理解していない。


 しかし、それでも女ギルドマスターは一通りの説明を果たさねば考えているのか、ここで説明をやめるつもりは無いようだった。


「ではこれで最後になりますが『スキル』についてです」

 天狗騨は間髪入れず即答した。

「私のスキルはです。私は不合理な考えやそれに基づく決定を否定したくなる性分なんです」


 もちろんそれもまた女ギルドマスターが期待した理解ではなかった。この異世界においてそれらは全てという意味なのである。


「あなたには実戦を通じて理解してもらうほかないようです」遂に女ギルドマスターはさじを投げた。


 言われた天狗騨は(なんで俺が戦うのか?)という思いしかない。女ギルドマスターは宙に現れた長方形を謎の筒の中に格納してしまった。筒は大司卿なる者から運搬を託されただけの物品のようで、天狗騨には返してはくれないようだった。しかしそれでも話しはまだ続くようだった。


「その足元の金塊、換金いたしましょう。では中へ」


 おそらく今天狗騨が最も関心があるであろうことを女ギルドマスター・ネルリッタは口にした。

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