第13話【金塊の呪い】
女ギルドマスター・ネルリッタに案内されるまま『ギルド』だという建物の中へ踏み込むと、さすがの天狗騨も足が止まった。
このギルドという場所、表から見れば歴史ある大銀行の本店のようだったが、一歩中へ入ると——。そこはチンピラといかがわしい姿の女達が集う胡乱げな大酒場であった。どう見てもそうとしか見えない。
天狗騨が思わず訊いた。
「ここは例えば入会金さえ払えば誰でも入れるのですか?」と。
「まさか。ここにいる全ては大司卿様がステータスオープンし、組合員となるに相応しい能力があることを認められた方々ばかりです」と女ギルドマスター。
改めてこの場をざっと見回す。やはりどうひいき目に見てもそうは見えなかった。その内心を見透かされてしまったか、女ギルドマスターからこう言われてしまった。
「人を見かけで判断するのだとするとテングダさん、あなたの髭も相当怪しいわね」
(んっ!)と心の内を読まれてしまい、瞬発的なことばも出ない天狗騨。しかし少々不自然なタイムラグの後、女ギルドマスターに言い返した。
「ギルドマスター、ひと言もそんなことは言ってはいませんが」
「確かに。でも『目は口ほどにものを言い』ですよテングダさん。そうそう、わたしのことは『ネルリッタ』と読んで下さってけっこうですわ」
(いったいなんなんだ?)
この建物の中にはまるで銀行のようなカウンターがある。しかし、ただのカウンターではない。鉄格子としか理解できない柵が天井高く届くまで伸びていてまるで留置所か刑務所といった趣き。そんな事を思いながら、
(だがここは留置所でも刑務所でもない。だとするなら——)と天狗騨は思考を続ける。有り体にどう考えても銀行強盗除けにしか見えなかったのであった。
(人を見かけで判断しているのはココじゃないか?)
ネルリッタがすたすたと歩き出す。球体の金塊を抱えたまま天狗騨も後を追い、その後をリンゼとフリーも続く。
「こちらです。見ていてください」と言いながらネルリッタがしゃがみ込む。つられるように天狗騨もしゃがみ込む。しゃがみ込みとっさに(ヤバイ)と感じる天狗騨。ネルリッタはスカートの奥が見えそうな体勢だった。だが今は絶妙に中は見えない。それも手伝って、
(なぜこんなところで?)と天狗騨が思っている傍からネルリッタがカウンター下からハンドルを引き出し時計回り方向に90度ほどガチャリと回す。
重たそうな扉が手前側に開きカウンター下に茶室のにじり口のような口が開いた。天狗騨もその口の中をのぞき込む。その向こうにはやはり鉄格子が見える。
「ではこの入り口の中へ金の球を入れて下さい」ネルリッタが言った。
天狗騨が言われた通り口の中へと金塊をごろりと転がし中へ入れると、ネルリッタは逆の手順で扉をガチャリと閉じる。そして立ち上がった。同じく天狗騨も。
どれほどの時間が経ったろう、待ちくたびれたとも、もうとも言えない絶妙の時間が経過した後、
「テングダさま、テングダさま、」と窓口嬢(?)の声がした。
「あちらへ、」とネルリッタがその方向へと手の平を向ける。言われるまま天狗騨は自身の名を呼んだ窓口嬢前のカウンターへ。
この窓口部分だけは鉄格子はカウンター上面には届いていない。ちょうど駅の切符売り場のような感じになっている。
「ではこれをお受け取り下さい。それから受取証書にご署名をお願いします」
お受け取り下さいと言われ目の前に置かれたのは口を縛ってある白い布袋。そして横長の紙とペン立てに立てられた羽ペンも。
天狗騨が羽ペンを取るとその先は既にインクに浸されているらしく黒々とつやつやしている。
「日本語でいいんですか?」と目の前に座る窓口嬢に尋ねる天狗騨。
「にほんご、?」とおうむ返しに尋ね返す窓口嬢。
「テングダさんの書ける文字でけっこうですよ」と後方からネルリッタの声がする。
どうもさっきから言われるままというのが気に食わないが、通貨に換金しなければこの世界での生活が成り立たぬであろう事は容易に想像できたので、天狗騨は証書と思しき紙片に『天狗騨誠真』とサインをした。
「ありがとうございます」と窓口嬢に言われ天狗騨はおもむろに白い布袋を手に取った。コインらしい鳴る音がした。
(なんだ、これは⁉)それはここまで苦労して運んできた球体の金塊に比べあまりに軽かった。
反射的に白い布袋を結ぶ紐を解き中身を確認する天狗騨。中身は金貨。もう次の瞬間には反射的に手を入れている。じゃらじゃらじゃらとコイン同士がぶつかる特有の音が響く。ざっとだが金貨30枚といったところだろうか。
「これの交換レートはどうなってるんですか?」天狗騨は思わず訊いてしまった。異世界から来た事情を知らぬ者を騙したような気がしなくもない。
「あーら、失礼な」そうネルリッタは言い、「では1枚だけ金貨を手にとってさっき金塊を入れた入り口まで戻ってくださいな」と指示をだした。
天狗騨が白い袋の中から1枚だけ金貨を取ると、残りは鉄格子の向こうへと戻されてしまった。
再び元の場に戻りしゃがみこむネルリッタ。さっきとまったく同じ体勢。今度こそスカートの奥が見えてしまうかもしれない。
天狗騨は多少警戒しながら(この世界にセクハラという概念があるのだろうか?)と思いながらネルリッタの方を見ないようにしてしゃがみ込む。会社員という身分の者にとってはこういうのが命取りとなりかねない。
にじり口が再び開くと、そこにはさっきまで天狗騨が抱えていた球体の金塊がある。
「今金貨を手にしていますね? では空いた反対の手でその金の球にも触れてみて下さい」
ネルリッタに言われた通りにやってみた。
(なんだ⁈ これは⁉)
すぐに解った。
ナニカが違う事に。球体の金塊にはなにかこう、嫌な感じがしたのである。
既にネルリッタも天狗騨の様子から何事かを察したよう。
「それを含めてあなたの能力は無双なんですよ」、そう口にした。
「あの球体の金塊を所有し続けているとどうなるんですか?」天狗騨は小声で訊いた。
「一週間や二週間でどうとなるものでもないですけど、一ヶ月、二ヶ月となると持ち主の寿命を吸い取りますよ。だから
会話を終えるとネルリッタが先に立ち上がった。「ごらんなさい。皆の視線を、」
即座に天狗騨も立ち上がり大酒場の方を見やれば、確かに多数の視線の集中を受けている。
「あなたが思っただろう感覚はあなただけ。あなたが受け取るお金ははした金じゃない」と続けざまネルリッタに告げられた。それどころかまたも
「だから、パートナー選びも気をつけた方がいいですよ」と。
天狗騨は再びさっきの窓口嬢の前へ。再び白い袋が目の前に差し出される。天狗騨は1枚だけ手にした金貨をその袋の中へと戻すと袋の口を縛り背広の内ポケットに。背広の内ポケットに入れるにしては少々こたえる重量。
大酒場中の視線とは別にふと別の視線も感じた。
なぜだかリンゼとフリーの顔におかしな輝きがあるような気がした。
「では、次をご案内しましょう」ネルリッタは言った。
「まだあるのか?」思わず天狗騨の声が出た。少しだけその声は大きかった。
ネルリッタは少々顔を歪めながら、
「テングダさん、あなたの出す声は凶器なんですから、声量には気をつけて下さらないと困りますわ」と口にした。
そう言われてしまっては黙るより他ない。天狗騨はまだまだこのギルドとやらの案内に付き合わされるようだった。
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