第14話【『クエスト』『クエスト』『クエスト』】

 女ギルドマスターネルリッタが次に案内したのは、ギルドの、或る壁の一面に取り付けられているえらく横長のコルクボード。

 そのコルクボードにはなにやら読めない文字が書き込まれているA5大の紙が何枚も何枚も何枚もピンで留められている。


「ここに貼り付けられている紙を『クエスト』と言いますが、ご覧の通りこの有様です」ネルリッタは言った。


「くえすと?」天狗騨がおうむ返しに訊いた。彼はゲーム知識がほとんど希薄なため、何の事か本気で解らなかった。


 しかしネルリッタは天狗騨に解説をしてくれる。

「クエストとは『依頼』のことですよ。この街は壁で囲まれてはいますが、壁の中だけで生活が成り立つ人ばかりではありません。近くに魔物が出ると困る人もいるわけです。そうした人々の求めに応じ魔物を退治する。そうして報奨金を頂く。私達ギルドはそうやって成り立っているというわけです」


 この解説に思索を巡らす天狗騨。

(『組合員』というだけあって、現代世界で例えるなら農協か漁協かといったところか。この組織の所属者は会社員ではなく個人事業主ということになるんだろうか)そんな事を考えているとネルリッタが回答から一転、逆質問をしてきた。

「時にテングダさん、このボードを見て何か気づくことはありますか?」


「右側ばかりに紙が貼ってあって左側には貼ってありませんね」


 要するにそれは見たままの通り。紙片はコルクボード右側に一方的に集中し、半分より左側には一枚も留められてはいなかった。


「それだけですか?」とネルリッタ。


(回答としてはこれは不十分ということなのか?)


 改めてコルクボードを子細に観察してみるとコルクボード右側にピン留めされた紙片はことごとく重なっていて、『上の紙』の下には常に『下の紙』が存在しているという有り様。下の紙に書かれていることを読み取ろうとすれば、上の紙をめくらなけば読めなくなっている。


「左側に余裕があるのにどうしてここまで詰めて貼ってあるのか、ですよね?」確認するように天狗騨は訊いた。


「その意味はですね、右側は難しいクエスト。右に貼ってあるものほど『難クエスト』なんです。お話しを早くしますと、は誰も引き受けようとはしないんですよ。引き受けられる者がいるとすれば強い者。。つまりテングダさん、あなたです」


「な、に?」

(俺は魔物退治のために呼び寄せられた用心棒なのか?)


「これは世のため人のためになりますし、ここに貼られた分のクエストだけでも、もし全てクリアできたのなら、もうそれだけで豪邸の主になれることはこの私が保証いたします」


 言ってる事は実にもっともらしかったが、が半端ない。


「当然、組合、というかギルドに仕事を紹介して貰っている以上は、いくばくかをギルドに納めるのでしょうね?」天狗騨は訊いた。


「さすがはテングダさん、飲み込みが早いお方で助かります。つまりこれがで、このギルドに加盟する組合員の皆様の、最低限の生活を保障するために使われるというわけです。既にテングダさんにも納めてもらってます」


(なるほど、あの球体の金塊を金貨にした時にその分が差し引かれているのか、)


(——しかし実に断りにくいことを言ってくれるが、ここにいる連中は昼間から酒を呑んでいるようにしか見えないのだが、そのかねは有効に使われているのだろうか?——)


 一抹の疑問を覚えた天狗騨は、だからこう言った。

「しかし、豪邸と引き替えにできるほどの報酬となると、敵はよほど手強い魔物ということになりませんか? 正直そこまで命懸けの仕事をする自信がありませんが」と婉曲に断る姿勢を見せたのである。どうもというものに今ひとつピンと来ない。

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