第11話【天狗騨記者、いよいよギルドへ】
どれほど待たされたか。黒檀でできたような扉がゆっくりと開き、大司卿が出てきた。右手に卒業証書を入れるような筒。しかし反対側の左手で、相も変わらず焦げ茶色の革張りの、重たそうな本を抱えている。
天狗騨とリンゼの前とは言い難いほど手前で大司卿は歩くのをやめてしまった。そして厳かそうに語り始めた。
「無双転生者天狗騨誠真よ、これを受け取るがよい」そう言って筒の方を突きだしてきた。
(ここまで取りに来い、ということか)
しょうがないのでその何だか分からない物を受け取るために歩き出す天狗騨。大司卿のすぐ前まで来ると有無を言わさぬといった調子で筒を手渡された。天狗騨がたった今手にした筒に気をとられていると、
「汝、これを携えギルドへ行け。床に転がしてある不浄の物も忘れずにな」と要件のみあまりに端的に告げられた。大司卿は早くも身体をくるりと反転させようとしている。
「ちょっと待って下さい。訊きたいことが、」と新聞記者特有のぶしつけさで天狗騨が口を開いた。
「そこまで私に無遠慮だった者はいなかったが」と大司卿。反転は中途で止まっている。
「肌身離さず手にしているその本はなんです?」と強引に訊いてしまう天狗騨。
一瞬だけ意外な顔をする大司卿。天狗騨はその反応を見逃さない。
「どうかされましたか?」
「訊くのはそこか?、と思ってな」
「この球体の金塊は『縁起の悪い物』なんでしょう。その感覚は解ります」それは極めて日本人的感性であった。なにせ元は怪物である。
「そこまで解っているのなら私からは何も無い」
「それでその手にしている本は何です?」
「『聖典』だ。そういうのは解らないんだな」
「ちょっとその本を見せてくれませんか?」
「なるほど、そういう事か。だがこれは私の物だ。他人に触らせるわけにはいかん。同じ物はあるところにはある。中を読みたければ他を当たるがよい」そう言うや大司卿は天狗騨とリンゼに背を向けた。そして降りてきたらせん状の階段の方へと歩いていく。さすがの天狗騨もこれ以上はこの人物に声を掛ける事ができなかった。
大司卿の姿は大聖堂の上方彼方へと消えていった。ここへ入ったばかりの時と同様、ひと気も感じない大聖堂へと戻った。
(ここは防犯とかはどうなってるんだ?)と天狗騨は思うがそれを訊くに適当な人間は既にいなくなってしまっている。
(異世界だけに分からない事だらけだ)と思いながら天狗騨は床に転がしてあった球体の金塊を抱える。もはややる事はここから出ることしかない。リンゼが気を利かせ無駄に縦に長い入り口の扉を開け放した。
大聖堂の外で待ってたのは衛兵などではなく——
「フリー君か?」天狗騨が声をあげた。
「テングダさん、これからギルドっしょ? 俺がいれば歩かなくて済みますよ」
「それは、便利かもな」フリーの誘いに天狗騨が応えると「えー」と小さくリンゼの声がした。が、「荷車を引いて行くんじゃ時間がかかるだろう」と天狗騨が言うと仕方なくといった調子で同意はしてくれた——といったところでまた天狗騨が口を開いた。
「この荷車はどうすればいいと思う? 衛兵がどこからか調達してきたらしいが」
「ギルドまで持っていけば誰かが返しといてくれますよ」という実にいい加減っぽい返答がフリーから戻ってきた。
(まあいいか)と天狗騨は思った。ともかくこの世界の事情を知るには広く話しを聞く必要がある。ここはパーティーの話ししかしないリンゼとフリー以外の話しを聞きたかった。まったく別の立場の者の。
(『ギルド』という場所にはそうした人間がいるんじゃないか?)天狗騨はそれを期待した。
「じゃあテングダさん。金塊荷車に乗せたらそれ引く体勢のまま俺の肩につかまっちゃってください。リンゼ、オメーも一応仲間だから早くしろ。ギルドまで歩きたいんなら別にいいけどな」
天狗騨はフリーに言われたとおりにした。その後から着いてくるかのようにリンゼも言われたとおりにした。
「じゃ行きますよ」とフリーが左手に持った水晶玉を掲げるとその中に石造りの立派そうな建物が映る。右手でつるりと撫でた。
もう目の前には先ほど水晶玉の中にあった建物があった。
(明治時代に建てられた銀行の本館のようだ)天狗騨はそうした感想を抱いた。
しかし、いかにもな威圧感をまき散らす建物であったため、中に入るのに若干の躊躇も感じていた。
「だいじょうぶですよ、テングダさん」リンゼに声を掛けられた。
10代と思しき少女にそうまで言われると勢い踏み込まざるを得なくもなる。
大司卿から貰った筒を強引に背広のポケットに突っ込み荷車から球体の金塊を抱え上げる。リンゼ・フリーと共に石段を十段ほど上り、ギリシャ神殿につき物のエンタシスの柱のような柱と柱との間を通り抜けると、すでにそこには開け放たれたままの観音開きの扉が。
その開け放たれた扉のすぐ向こう、真ん真ん中も真ん中に背も高くグラマラスな一人の女性が立っている。
率直に美人で、薄い微笑みをたたえている。その服装は決して下品とは言えないが、いわゆる『上流』とも思えない。どこかそうした臭いが消えないと、そう天狗騨は第一印象を抱いた。
(身体のラインが出すぎているせいだろうか?)
また、
(俺より若いか?)とも思った。
「ギルドマスターのネルリッタといいます」女は名乗った。
(マスター? つまり主任? ここの最高責任者なのか?)
到着するなり入り口地点でもうここの一番偉い人の出迎えを受けた天狗騨は当惑するばかりだった。
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