第10話【天狗騨記者、『大司卿』に翻弄される】

 衛兵2名に付き添われ天狗騨とリンゼは城門をくぐり街の中へと入っていった。天狗騨はごろごろと球体の金塊を載せた荷車を引き、荷車の真後ろにはリンゼ。


(とうてい日本の景色とは言えないな)天狗騨は思った。


 街並みは。美しい街並みではあったがどこからか異臭が漂ってくる。門外から眺めた時から分かってはいたが、その街全体を石積みの高い壁がぐるりと取り囲んでいる。それを内側から見ると極めて独特で異様な光景である。ウェブ小説界隈ではとも称される街並みと言えた。

 しかしながら天狗騨はこうした知識には疎い。街並みの方には臭いの他特段引っかかるところが無かったが、やはりこうした壁の方にこそ違和感を感じていた。


 だが衛兵は自分の仕事に忠実なだけで、周囲の景色に気を取られた天狗騨が歩足を緩めると、途端に厳しい声が飛んだ。


(案内役が前を歩くのはいいとして、どうして後ろまで衛兵が着いてくる?)天狗騨は不満たらたらだが『着いてくるな』と言っても言うことはきかなそうである。かといって大声を出しふっとばしたらふっとばしたで余計に面倒な事になりそうだった。

(迂闊に大きな声を出せないというのもストレスだな)と思わざるを得ない。ここはぐっとこらえ、ただごろごろ荷車を引き続ける。


 その辺を歩いている通行人、通行人が視線を向けてくるのは感じるが、距離が詰まってくるとなぜか避けていく。

(ナリではっきり異世界人だと分かるからよけるのか?)天狗騨としてはどうも気分が濁ってくる。


 どれくらい歩いたか、鉛筆立てに尖った鉛筆を目いっぱい立てたような異形な建物の上部が視界に入ってくる。やがて街中にある広場まで来ると全体像が一望のもとに見渡せるようになった。

「あれが大聖堂だ」前を歩く衛兵が天狗騨に告げた。



 『大聖堂』と一般名詞のような名がつけられた建物の、無駄に高く長い細長い扉が衛兵の手によって開かれる。重そうな音とともに。

「中に進め」と前を歩いていた衛兵の方が天狗騨とリンゼに命じた。

「この金塊は持っていっていいんですよね?」と天狗騨が荷車の方を指差しながら確認する。

「お前の物だ。とっとと抱えて持っていけ!」


 相変わらず腹立たしさを覚えながらも天狗騨は言われるまま荷車から球体の金塊を降ろしそれを抱えつつ大聖堂の中へ。入るとそこは円形のロビーのようであった。もちろんフロントなどは無い。当然同じくリンゼも中へと入る。再び重そうな音が響き、バダンとドアが閉められた。衛兵が着いて来たのはここまで。

 さすがにこの球体の金塊をいつまでも抱えてはいられない。ごろりと床へ転がす。ちょうど良い具合に床は木材ではなく石造りであった。


 天狗騨は改めて建物の内部をぐるりと眺め回す。採光窓の位置が計算されているのか、人工灯も無いのに中はそこそこ明るい。


 シンとしたまま。何の音もしない。


「誰もいないんですが」と天狗騨。

「大司卿さまーっ」リンゼが突然そう声を上げた。大聖堂の中余韻を引きずるように声が響く。だが声が響くだけ。

「ところで我々がなんでここに来なければならないのか、リンゼは解りますか?」天狗騨が訊いた。

「大司卿さまの推薦が無ければいかなる者もギルドの組合員にはなれませんから」リンゼは答えた。

(つまり支配人? だが『ギルド』ってのは商人の集まりじゃなかったか? 宗教、関係あったか?)

 さらに天狗騨が掘り下げていく。

「その人についてリンゼは『全てをお見通しになる』と前に言っていたと思うんですが、そうした特殊な力を持っているということですか?」

「そうです」

「しかし神が全てをお見通しになるなら理屈として解りますが、その『大司卿』という人物は立場ではないのですか? それが全てを見通してしまったら神の存在意義はなんなんでしょう?」


「ずいぶんと無遠慮な方のようだ」遥か上方から声が降りてきた。

 天狗騨が薄暗い天井を見上げると壁に貼り付いたようならせん状の階段を降りてくる人間がいる。その姿がだんだんとはっきりしてくるにつれ、といった感想以外の感想を持ち得なくなってくる。

 歳は意外に若い。若く見える。そしてとにかくガタイがいい。筋肉質で肩幅が広く、まるで格闘家のようである。で、ありながら漆黒の法衣をまとっている。だが法衣が体格を隠し切れていない。それ故プラスしているわけでもないだろうが、小脇に焦げ茶色の革張りの重たそうな本を抱えている。


「おや、リンゼ・エントランスではないですか」大司卿は天狗騨の同伴者の名を口にした。

「知り合いですか?」当然の疑問を天狗騨はリンゼへとぶつけた。

「いいえ。会ったのは一度きり。あの方の記憶の力は凄いんです。たったひと言でもお話しをしたなら間違いなく記憶に刻んでくれます」

(本当か?)

「彼女が何女かご存じでしょうか?」天狗騨が試すようなことばを口にした。

「やはりずいぶんと無遠慮な方のようだ。第三十三王女でしょう」大司卿は正確に答えた。


 天狗騨は故意にリンゼが王族の血筋であることを口にしなかったが、大司卿はそれも間違う事がなかった。

「私は本来お喋りは好まない」そう大司卿は口にすると、次の瞬間には意表を突くことばが天狗騨の耳の中を通り抜けた。

「ステータスオープン」

「はあ?」思わず漏れる天狗騨の声。(なぜこんなところで英語?)としか感想がない。しかしこのことば、或る界隈ではスタンダードである。

 大司卿の眼前、宙には既に半透明の長方形が現れている。それはあたかもAR(拡張現実)技術のようであった。

「そなたの声自体が凶器だ。私の前でむやみに喋るでない」大司卿は宙に浮かぶ長方形を見つつ重々しい声で言った。


(あれ? 俺の身体に憑いてしまったこのおかしな力を、見破れる者と見破れない者がいないか?)天狗騨は思った。しかし深く思索する間もなく次にもう大司卿は言った。

「確かに無双の転生者だ。ギルドへの加入を認めよう」


 大司卿はくるりと天狗騨とリンゼに背を向け「しばし待て」と言い残し、今度はらせん状の階段ではなく、このロビーのような空間の奥、黒檀でできたような扉の向こうへと消えていった。

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